野口雅子
野口 雅子(のぐち まさこ 1960年5月10日[1] - )は、日本のアナウンサー。別名須賀雅子[2]。
のぐち まさこ 野口 雅子 | |
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プロフィール | |
本名 | 須賀 雅子 |
出身地 | 日本 埼玉県飯能市 |
生年月日 | 1960年5月10日(64歳) |
最終学歴 | 中央大学文学部 |
職歴 | 元TBSテレビアナウンサー |
活動期間 | 1983年 - 1990年 |
ジャンル | 報道 |
配偶者 | あり |
公式サイト | https://www.makos-salon.com/ |
出演番組・活動 | |
出演経歴 |
『テレポートTBS6』 『3時にあいましょう』 『朝のホットライン』 |
略歴
編集人物
編集学生時代からアナウンサーになることを夢見ていた[1]。1983年4月、TBSにアナウンサー20期生として入社(同期には浦口直樹、有村かおり、牧嶋博子)[5][6]。1990年10月、TBSを退社[7][8]。 TBSを退職後は、TBSアナウンススクールの特別講師を18年間務める。朗読会や朗読イベントに出演。『Mako's話し方サロン』を主宰。弟がいる[4]。父は駅長も務めていた西武鉄道の社員で[9]、プロ野球は西武ライオンズファンでもあった[9]。
出演番組
編集脚注
編集- ^ a b ラジオパラダイス 1988年2月号 特集「がんばれ!女性アナウンサー」35頁
- ^ https://www.makos-salon.com/profile
- ^ a b c 「特集 保存版TV アナウンサーキャスター365人・大集合(下)スポーツ、バラエティー ワイドショー編」『週刊読売 = The Yomiuri weekly』第44巻第43号、読売新聞、1985年10月25日、131頁、全国書誌番号:00010903、2014年10月9日閲覧。
- ^ a b 週刊テレビ番組(東京ポスト)1985年10月4日号「プロフィル」50頁
- ^ a b 東京放送 編「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、239頁。「1983.4<20期生> 4人入社(男1・女3) 浦口直樹 有村かおり 野口雅子 牧嶋博子」
- ^ a b 東京放送 編「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、2002年1月、28頁。「83.4 <20期生>4人入社 浦口 直樹 有村かおり 野口 雅子 牧嶋 博子」
- ^ a b c d e f g 東京放送 編「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、239頁。「野口雅子[1990.10退社] R「山田二郎の土曜だワッショイ(1983)」「大沢悠里のゆうゆうワイド(1987)」 TV「街かどテレビ1100」「3時にあいましょう」「テレポートTBS6」」
- ^ a b c d e f g h i j k 東京放送 編「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、2002年1月、28頁。「野口 雅子…[90.10 退社] R「山田二郎の土曜だワッショイ(83)」「大沢悠里のゆうゆうワイド(87)」 TV「おはようニュース&スポーツ(84)」「歌謡アンナイト(84)」「街かどテレビ1100(84)」「グッドにゅ〜す(85)」「3時にあいましょう(85)」「ホットライン(88)」「テレポートTBS6」 」
- ^ a b 週刊TVガイド 1985年10月25日 90頁「出番です」コーナー
参考文献
編集- 「特集 保存版TV アナウンサーキャスター365人・大集合(下)スポーツ、バラエティー ワイドショー編」『週刊読売 = The Yomiuri weekly』第44巻第43号、読売新聞、1985年10月25日、全国書誌番号:00010903、2014年10月9日閲覧。
- 東京放送 編『TBS50年史』東京放送、2002年1月。
関連項目
編集外部リンク
編集- [1]Mako's話し方サロン