西村博巳
西村 博巳(にしむら ひろみ、1958年5月20日 - )は、和歌山県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 和歌山県伊都郡高野口町 |
生年月日 | 1958年5月20日(66歳) |
身長 体重 |
176 cm 82 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 外野手 |
プロ入り | 1982年 ドラフト3位 |
初出場 | 1983年6月28日 |
最終出場 | 1986年9月1日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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来歴・人物
編集伊都高では1975年、2年生の時に左腕エース福田浩二(近大-拓銀)を擁し、外野手として春の選抜に出場。しかし1回戦で札幌商に敗退。同年夏は県予選を勝ち抜き、紀和大会決勝に進出するが、天理高に0-1で惜敗。翌年も甲子園出場には届かなかった。
高校卒業後は、社会人野球の住友金属に入団。中心打者として活躍し、1978年の都市対抗野球では優秀選手賞を獲得。1979年には日本選手権で2年ぶりに優勝、同年の社会人ベストナイン(外野手)に選出された。1981年の第5回インターコンチネンタルカップ日本代表となる。1982年の都市対抗野球ではエース石井毅を擁し、決勝で日本鋼管福山を降しチーム初優勝を飾る。
1982年のプロ野球ドラフト会議で横浜大洋ホエールズから3位指名を受け入団。
即戦力として期待され1年目の1983年から一軍に定着し、打席数は少ないものの打率.295を記録するなど戦力になる。翌1984年も17試合に先発出場、5月27日の阪神戦では代打でサヨナラ打を放った。3年目以降は新外国人の加入もあり出場機会が減少。1987年にはイースタンリーグで盗塁王になるものの、一軍出場を果たせずに同年限りで現役を引退。
詳細情報
編集年度別打撃成績
編集年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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1983 | 大洋 | 50 | 64 | 61 | 10 | 18 | 6 | 0 | 1 | 27 | 5 | 2 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 5 | 1 | .295 | .328 | .443 | .771 |
1984 | 77 | 113 | 100 | 9 | 25 | 3 | 1 | 1 | 33 | 4 | 4 | 3 | 1 | 0 | 11 | 0 | 1 | 18 | 2 | .250 | .330 | .330 | .660 | |
1985 | 11 | 17 | 14 | 4 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 1 | .214 | .267 | .214 | .481 | |
1986 | 12 | 13 | 12 | 1 | 2 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .167 | .167 | .333 | .500 | |
通算:4年 | 150 | 207 | 187 | 24 | 48 | 9 | 2 | 2 | 67 | 9 | 6 | 3 | 4 | 0 | 15 | 1 | 1 | 26 | 4 | .257 | .315 | .358 | .674 |
記録
編集- 初出場:1983年6月28日、対広島東洋カープ10回戦(広島市民球場)、7回表に五月女豊の代打で出場
- 初打席:同上、7回表に白武佳久の前に三振
- 初安打・初打点:1983年7月10日、対中日ドラゴンズ14回戦(草薙球場)、7回裏に門田富昭の代打で出場、鈴木孝政から左前適時打
- 初先発出場:1983年7月21日、対広島東洋カープ13回戦(横浜スタジアム)、7番・中堅手で先発出場
- 初本塁打:1983年7月29日、対ヤクルトスワローズ16回戦(明治神宮野球場)、7回表に辻恭彦の代打で出場、梶間健一から決勝ソロ
背番号
編集- 28 (1983年 - 1986年)
- 66 (1987年)
関連項目
編集外部リンク
編集- 個人年度別成績 西村博巳 - NPB.jp 日本野球機構