福永吉之助
日本の海軍軍人
福永 吉之助(ふくなが きちのすけ、安政3年12月5日[1](1856年12月31日) - 昭和20年(1945年)7月31日[2])は、日本の海軍軍人。階級は海軍主計中将[3]。貴族院勅選議員。
経歴
編集薩摩藩士福永直之丞の二男として生まれる。1875年(明治8年)に海軍主計生徒となり、1883年(明治16年)に海軍少主計に任官し[1]、海門、大和、厳島など諸艦の主計官を務めた[3]。さらに海軍省経理局第二課長、横須賀鎮守府経理部長、横須賀鎮守府主計長を歴任した[1]。
1907年(明治40年)、海軍主計総監に昇進し、翌年には海軍省経理局長に就任した。1912年(明治45年)、予備役編入とともに[4]、同年5月27日、貴族院議員に勅選され[5][6]、死去するまで在職した[7]。
栄典
編集- 位階
- 勲章
脚注
編集参考文献
編集- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 『貴族院要覧(丙) 昭和12年12月増訂』貴族院事務局、1937年。
- 『貴族院要覧(丙) 昭和21年12月増訂』貴族院事務局、1947年。