百科全書 (文部省)
『百科全書』(ひゃっかぜんしょ)は、日本の文部省が1873年(明治6年)から出版した、分冊形式の百科事典[1][2]。丸善や有隣堂から改版も出た[3]。19世紀エディンバラのチェンバーズ兄弟(ウィリアムとロバート・チェンバーズ)が出版した百科事典"Chambers’s Information for the People"を、箕作麟祥・西村茂樹ら数十人が分担翻訳したもの[1]。日本における西洋文化の受容史、学術用語の漢訳史、近代日本語史の重要史料として知られる[4][5]。
現代では、文部省『百科全書』[4]、文部省版『百科全書』[6]などと呼ばれる。往時は「チャンブルの百科全書」とも呼ばれた[7]。
経緯
編集本書の出版経緯は複雑であり、不明な点も多い[1]。
原著は、1833年初版 Chambers’s Information for the People の、おそらく1867年刊行の第4版であり、全92項目からなる[8]。本書はそのほぼ全訳(English Grammerの1項目を除く91項目の全訳)である[1][2]。なお、チェンバーズの書籍のいくつかは、福沢諭吉らが先んじて訳していた[2]。
翻訳は、箕作麟祥の差配のもと1871年から始まった[2]。主に洋学者が翻訳を担当し、国学者・漢学者が校正を担当した[9]。
1873年から、木版和綴で1項目1冊または上下2冊として順次出版されたが[2][10]、1884年に財政の都合で打ち切られた[3]。しかし併行して民間に引き継がれ、有隣堂が活版洋装で全20冊に合本・補訳して、1878年から1886年に出版した[11]。また、丸善でも全12冊に合本・補訳して、1883年から1884年に出版した[11]。丸善は同時に全3冊の版も作り、1884年に予約出版した[11]。1885年には、丸善の両版それぞれに索引1冊が追加出版された[11]。
有隣堂や丸善の版には、既訳項目の改訳や、原著第5版の訳も含まれる[1]。
主な訳者と項目
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※長沼 2019, pp. 5–7 に出版年順の一覧が載っている。
訳者 | 項目名(訳) | 項目名(原語) | 内容 |
---|---|---|---|
秋山恒太郎 | 人種篇 | Physical History of Man - Ethnology | 民族学 |
秋山恒太郎 | 修身論 | Practical Morality - Personal and General Duties | |
秋山恒太郎 | 接物論 | Practical Morality - Special Social and Public Duties | |
大槻文彦 | 印刷術及石版術篇 | Printing - Lithography | 印刷、石版 |
大槻文彦 | 言語篇 | Language | |
菊池大麓 | 修辞及華文 | Rhetoric and belles-letters | 修辞学など[12] |
小島銑三郎 | 物理学 | Natural Philosophy | 自然哲学 |
佐原純一 | 算術及代数 | Arithmetic - Algebra | |
佐原純一 | 幾何学 | Geometry | |
柴田承桂 | 地質学 | Geology | |
柴田承桂 | 果園篇 | The Fruit Garden | |
柴田承桂 | 古物学 | Archæology | 考古学[10] |
柴田承桂 | 太古史 | History of Ancient Nations | |
関藤成緒 | 地文学 | Physical Geography | 自然地理学 |
関藤成緒 | 食物製方 | Preparation of Food - Cookery | |
関藤成緒 | 英国史 | History of Great Britain and Ireland | |
関藤成緒 | 建築学 | Architecture | |
薗鑑 | 北欧鬼神誌 | Scandinavian Mythology | 北欧神話 |
塚本周造 | 論理学 | Logic | |
永井久一郎 | 豚兎食用鳥籠鳥 | Pigs - Rabbits - Poultry - Cage Birds | |
永井久一郎 | 水運篇 | Maritime Conveyance | |
永井久一郎 | 希臘史 | History of Greece | ギリシャの歴史 |
永田健助 | 家事倹約訓 | Household Hints | 家政学[13] |
永田健助 | 人口救窮及保険 | Population - Poor Laws - Life Assurance | 人口論、救貧法、生命保険 |
永田健助 | 動物綱目 | Zoology | 動物学 |
西村茂樹 | 天文学 | Astronomy | |
長谷川泰 | 骨相学 | Phrenology | 骨相学 |
長谷川泰 | 植物綱目 | Systematic Botany | |
日原昌造 | 光学及音学 | Optics - Acoustics | 光学、音響学 |
ファン・カステール | 体操及戸外遊戯 | Gymnastics - Out-of-door Recreations | |
ファン・カステール | 戸内遊戯方 | Indoor Amusements | トランプなど室内遊戯[14] |
箕作麟祥 | 教導説
(後に「教育論」と改題[15]) |
Education | 教育 |
箕作麟祥 | 自然神教及道徳学 | Natural Theology - Ethics | 自然神学、倫理学 |
関連項目
編集脚注
編集- ^ a b c d e f 長沼 (2019), p. 4f.
- ^ a b c d e 石川 (2013), p. 281.
- ^ a b 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)、彌吉光長『百科全書』 - コトバンク
- ^ a b 長沼 (2017).
- ^ 石川 (2013).
- ^ 石川 (2013), p. 278.
- ^ 石川 (2013), p. 279.
- ^ 長沼 (2015), p. 137.
- ^ 長沼 (2019), p. 8.
- ^ a b 鈴木廣之『好古家たちの19世紀 幕末明治における《物》のアルケオロジー』吉川弘文館〈シリーズ 近代美術のゆくえ 〉、2003年。ISBN 978-4642037563。62-64頁
- ^ a b c d 石川 (2013), p. 282.
- ^ テレングト・アイトル「東洋における修辞学の変遷: 日中の修辞学の比較を兼ねて」『北海学園大学人文論集』第54号、65頁、2013年 。
- ^ 谷口彩子『永田健助訳『百科全書 家事倹約訓』の原典研究 (第1報)』一般社団法人 日本家政学会、1991年。doi:10.11428/jhej1987.42.103 。
- ^ “四 「西洋かるた」の登場 - 日本かるた文化館”. 2021年7月18日閲覧。
- ^ 長沼 (2015), p. 127.
関連文献
編集書籍
編集- 長沼美香子『訳された近代 文部省『百科全書』の翻訳学』法政大学出版局、2017年。ISBN 978-4-588-44505-7。
- 福鎌達夫『明治初期百科全書の研究』風間書房、1968年。
論文
編集- 石川禎浩「近代日中の翻訳百科事典について」『近代東アジアにおける翻訳概念の展開 : 京都大学人文科学研究所附属現代中国研究センター研究報告』、京都大学人文科学研究所附属現代中国研究センター、2013年 。
- 菊池重郎「文部省における「百科全書」刊行の経緯について : 文部省刊行の百科全書「建築学」に関する研究・その1」『日本建築学会論文報告集』第61号、日本建築学会、1951年 。
- 長沼美香子「文部省『百科全書』における「宗教」」『言語情報科学』第13号、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻、2015年 。
- 長沼美香子「文部省『百科全書』と幕末明治期日本の翻訳ネットワーキング」『Translators as Political Actors: Reception of the Western Intellectual Discourse in Modern East Asia (国際会議予稿集)』2019年 。2021年7月18日閲覧。