応庵曇華
応庵曇華(おうあん どんげ)は、臨済宗虎丘派に属する宋代の禅僧である。虎丘下2世。
応庵曇華 | |
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崇寧2年 - 隆興元年6月13日 (1103年 - 1163年7月15日) | |
生地 | 蘄州黄梅県 |
宗派 | 臨済宗虎丘派 |
寺院 | 天童山 |
師 | 虎丘紹隆 |
弟子 |
密庵咸傑、凰山守詮、禾山心鑑 祥符善登、智者 満、何山 煥 南 書記、侍郎李浩、厳朝康教授 |
著作 | 応庵和尚語録 |
生涯
編集崇寧2年(1103年)、蘄州黄梅県にて生誕する。俗姓は江氏。17歳にして東禅寺にて仏門に入り、随州水南太平興国禅院の水南守遂に就く。後、圜悟克勤に参禅し、その命により虎丘紹隆の許でその法を継いだ。諸方に歴住して慶元府の天童山住持となり、大慧宗杲と共に済下の二甘露門と称された。隆興元年6月13日(1163年7月15日)寂。法臘43年。著名な法嗣に密庵咸傑がいる。語録として応庵和尚語録がある。
参考文献
編集- 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』pp.958-959 1985年
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