広告宣伝車
広告宣伝車(こうこくせんでんしゃ)とは、訴求したい事柄の広告や宣伝を主たる目的として運行・設置される陸上の乗り物をいう。トラックの架装の側面に広告を提示するなどといった形態が代表的であるが、自転車やリヤカーのような軽車両でもそれは可能である。
多くは、人目の多い繁華街などを走行しながら通行人等の目に触れさせることで宣伝活動を行うべく運用される。音声や映像(動画像)などによる宣伝を伴う場合もある。この方法による広告は「車体広告」と呼ばれる。
用語
編集英語(事実上の国際共通語)では "mobile billboard" という語のカテゴリーに含まれる。"mobile" すなわち「可動性のあるもの」に掛かる語であるから、ここでは広告・宣伝の用途であるとは限らないし、「可動性のあるもの」が乗り物であるとは限らない。後述してもいるが、最広義では人間もまた「可動性のあるもの」に含まれる。
日本語でも、この語意に該当する用語として「モバイルビルボード」と「ビルボードモバイル」が見られる。ほかにも、「移動媒体」はここでの語意に近いと考えられる。
なお、21世紀初期の世界において、"mobile billboard" や「モバイルビルボード」は「可動性のある電光掲示板」全般の呼称として用いられてもいるので留意する必要がある。この意味では、携帯できる電光掲示板を使ったサンドイッチマンまでもが含まれている。もっとも、表現としては「サントウィッチマン」というより英語圏でいう street backpack banners の電光掲示板バージョンというべきかも知れない。幟(バナー)をリュックサックに装着して背負った人が街中を練り歩くわけであるが、幟に替えて縦長の電光掲示板を使う新業態ということになる。日本語では提示面を看板と捉えて「ストリートバナーリュック看板」などと呼ばれている例がある。
広告宣伝車と全く同じ形状の車両でも、広告や宣伝ではなく交通安全の告知など非営利目的で運用する場合、そのような車両を指す日本語の用法としては、「モバイルビルボード」や「ビルボードモバイル」が確認できる。特にそれがトラックである場合は、「モバイルビルボードトラック」などと呼ばれる[2]。
そして、ここまで挙げてきた用途ではなく広告や宣伝を目的とする車両に限定した呼称であるが、英語では "advertising vehicle" といい、日本語では「広告宣伝車」という。また、日本語と同じ漢字文化圏の中国語では「流動廣吿車(簡体字:流动广告车)」「流動宣傳車(簡体字:流动宣传车)」「戶外展覽車(簡体字:户外展览车)」などという。中国語圏では営利と非営利を区別せずにこれらの用語を使う。例えば、告知宣伝する消防車は「消防流動宣傳車(簡体字:消防流动宣传车)」といった具合[3]。
さらに、広告や宣伝を目的とする車両がトラックである場合、英語では "advertising truck"、略して "ad truck"という語が用いられる。"ad truck" の初出と見られるのは、アメリカ人作家ジョン・ダルトン (en) が2004年に著した小説 "Heaven Lake (en)" [4]の449ページ[5]。日本語では「広告宣伝トラック」「広告トラック」などというほか、英語由来の外来語「アドトラック[6]」が業者間で好んで用いられている。一方、中国語では該当する語を見つけることができない。
概要
編集広告宣伝車は、商品やサービスを掲示・広告しながら繁華街などを繰り返し低速走行するなどによって、歩行者や通行車両などに周知することを目的としている。自動車が登場した時代から[疑問点 ]使われている古典的な方法であり、広告媒体としても古い部類に入る。1936年には米国企業オスカー・マイヤーが宣伝のために自動車「ウィンナーモービル」を採用している。日本では1909年(明治42年)に明治屋がキリンビールの宣伝のためにビール瓶の形の架装を施した自動車を採用している[7]。
広告宣伝車は、掲示による広告を主たる目的としている点で、搬送業務を行っているトラックの荷台に商品や会社名が記されている例や、旅客輸送を行うバスが車体広告を掲載(ラッピングバスを含む)、音声による広告を主目的とする街宣車(選挙カーを含む)などは異なる。
広告宣伝車として使用される車両はトラックが一般的であり、大型トレーラーから軽トラックまで様々であるが、広告宣伝車として改造されたバスが用いられる例もある。広告される商品は、芸能・テレビ番組、ウェブサイト、性風俗、パチンコ店など多岐に亘る。
日本で広告宣伝車が運行される場合、すべての車両と同様に、道路交通法や道路運送法のほか、自治体が定める屋外広告に関する条例などに則る必要がある[8]。運行される自動車が他の用途で使われる場合でも、外装は基準に従う必要がある。
架装
編集トラックのような車両は、車体(シャーシ)と車体に積載される装備の組み合わせで構成されている[9]。積載される装備を「架装」といい、俗に「上物」「ボディー」ともいう[9]。車体と架装の製造者はそれぞれに違っているのが普通で[10]、架装は改造・改装・架装などを専門に行う業者が手掛けている[9]。
外装が市販のままのトラックを使う場合、訴求内容の提示面としては、荷台の左右の側面が最も重要視される(■該当する画像:自民党, HKT48)。電光掲示板が普及して廉価になって以降はこのスペースに嵌め込んだり[11]、荷台の面にかぶせて取り付けたりすることも多くなった。次に大きなスペースを確保できるのは後部の面で、通り過ぎたのに気づいて後追いする人の目や後続車からの目線を考えれば、重要なのが分かる。また、運転に支障がなくて人目に触れる場所であれば、わずかなスペースであっても利用されている場合が多い[11]。車両全体におけるデザイン的バランスを事由に、許されるスペースの全てに手を加えている場合もある(■該当する画像:ライフガード, ツール・ド・フランス, うなぎパイ)。
架装を大きく作り変えることを「二次架装」というが(※そうしないのは『一次架装』)、二次架装の場合、架装の形状については、その国の道路交通規則や道路運送規則等以外の制約は無い(■該当する画像:グランドアルト, ひよこちゃん)。コンテナ型の荷台の形状に限定されない架装の形態もあり、例えば、荷台に替えてただ1枚の掲示板を真ん中に立てただけの架装や、2枚の掲示板を左右に配して互いの上辺を合わせて三角形を形作る架装、車体と密着しないリヤカー方式で牽引するもの、特殊な形状の架装など、多種多様な形態を見ることができる。
広告宣伝用の提示スペースには、[いつ?]ごろ以降の日本では、訴求したい内容を掲載したシートが取り付けけられる。2010年代(※2020年代も)において、シートの素材の多くは FFシート(フレキシブルフェイスシート;flexible face sheet)やターポリン[注 1] であり、大型インクジェットプリンターを用いて内容が印刷されている。シートは、テントを張るような鳩目方式や、アメリカ製のクイックジップ方式などによって、提示スペースに取り付けられる。また、日没後の注目度を高める目的から、提示スペースの裏側に照明装置を装備していることもある。
多くの広告宣伝車には拡声装置が備え付けられ、音楽、ナレーション、キャッチフレーズなどを流す。下の画像で示した政党の遊説用アドトラックやレコード会社の移動宣伝用アドトラックには、音響設備が欠かせない。中国語でいう「流動宣傳車」はちょうどこれに当たる。
他方、3つ目にあげた画像は、ディスプレイそのものが訴求物であって、音響設備は重要でない。イベント会場に姿を見せたり、市中で目撃されたりして、話題に上がることに存在意義がある。中国語でいう「戶外展覽車」はちょうどこれに当たる。
LED方式の電光掲示板の開発と軽量化によって架装の形態にも多様性が高まったが、リモコン方式やAIを使った自動運転方式を採用することで運転席の無い車体が開発されると、企業展示会などを皮切りに市中へ投入されるようになり、架装の形態はさらに簡略化する方向へ発展しつつある。モニターと移動装置からなる「移動式掲示板」に限りなく近づいていき、今や、車輪が付いているかいないかの違いだけになっている。車輪が付いていて移動能力のある土台(※むろん、運転席などというものは無い)にLED方式のモニターを搭載した形態の「移動式掲示板」は、すでに様々な大きさと形状のものが市中で運用されており、どこからが「広告宣伝車」なのかについて、定義されてはいない。
批判と規制
編集2010年代前期の日本において、広告宣伝車が用いる広告の手法では次第に色やライトの使い方がエスカレートし、なかには風俗店の広告もあるなど、街の景観を悪化させていることが問題になった[12]。この時期、東京都区部でも渋谷・新宿・秋葉原などといった繁華街に広告宣伝車が増加し[13]、大型トラックの荷台に蛍光色や原色をちりばめたり眩しい照明を使ったりして若者の目を引こうとする派手な広告には、都民から苦情が相次ぐようになった[13]。また、有識者による東京都の広告物審議会でも、「最近の広告宣伝車は公序良俗の面から見ても行き過ぎ」との指摘が相次いだ[13]。このため、東京都は2011年(平成23年)3月付で「屋外広告物条例施行規則」を改正し、電車・バス業界がかねてより取り組んできた広告デザインの自主規制を広告宣伝車でも始めることとした[13]。これは、広告宣伝車が公道での走行許可を得る際にデザイン審査を受ける制度で[12]、118社が加入する公益社団法人「東京屋外広告協会」によるデザイン審査をパスして「審査済証」を交付されなければ区市町村からの許可が下りないという内容である[13]。この改正条例は同年10月に施行されたが、これには罰則がなく、また、東京都外の広告宣伝車には適用されないなど、欠陥が指摘されている[12]。実際、事業者を対象として改正条例施行前に東京都内で開催された事前説明会では、参加者から「(都内の繁華街を)都外ナンバーがたくさん走るようになるだけで、まじめにやっている業者の仕事が無くなる」との訴えがあった[13]。2023年には都外ナンバーへの規制を検討していることが報道された[14]。
2024年6月30日、トラックの荷台などに広告を掲示する宣伝車の規制が拡大され、東京都内を走行するすべての車でLEDで映像を流すなどの広告が禁止となった[15]。ただ、派手な色や過度な光を伴う都外ナンバーの車が都内の繁華街などを走り、景観や交通への影響が問題になっているとして都は条例の規則を改正し、規制が拡大された[15]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ “『グランドアルト体験イベント』を実施”. 公式ウェブサイト. 伊藤ハム (2014年6月10日). 2020年3月28日閲覧。
- ^ “P5 P6 P8デジタル広告の鉛は、モバイルビルボードトラックを導いた”. Mokes. 2020年3月28日閲覧。
- ^ “消防流動宣傳車 (MPU)”. 公式ウェブサイト. 香港消防處. 2020年3月29日閲覧。
- ^ Dalton 2004.
- ^ “ad truck”. Weblio英和辞書. ウェブリオ株式会社. 2020年3月28日閲覧。
- ^ “アドトラック”. Weblio和英辞書. ウェブリオ株式会社. 2020年3月28日閲覧。
- ^ “1909年 : 明治屋の宣伝カー、「ナンバーワン自動車」が登場”. キリン歴史ミュージアム > 酒・飲料の歴史 > コラム. キリンホールディングス. 2016年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月19日閲覧。
- ^ 広告宣伝車、車体利用広告等のデザイン審査基準 平成23年4月1日改正
- ^ a b c “特装車・車体架装とは? 架装する意味と種類を解説①”. 株式会社トノックス. 2020年3月29日閲覧。
- ^ “車体架装とは”. 一般社団法人 日本自動車車体工業会 (JABIA). 2020年3月29日閲覧。
- ^ a b c 「東京都、広告宣伝車のデザインを規制へ」『日テレNEWS24』日本テレビ放送網、2011年9月19日。2012年1月28日閲覧。
- ^ a b c d e f 柳澤一男「告宣伝車: 街の景観を損なう 東京都、派手な広告制限」『毎日新聞』毎日新聞社、2011年9月28日。2020年3月27日閲覧。[出典無効]
- ^ “派手なデザイン「広告トラック」、4都県・5政令市が統一規制検討へ”. 読売新聞オンライン (2023年4月27日). 2023年4月30日閲覧。
- ^ a b “都内走行すべての広告宣伝車 LEDで映像流すなどの広告禁止に”. 日本放送協会. 2024年6月30日閲覧。
参考文献
編集- Dalton, John (2004/3/16) (英語). Heaven Lake: A Novel. New York City; Toronto: Simon & Schuster. OCLC 865215035 ISBN 0743246349, ISBN 978-0743246347.
関連項目
編集外部リンク
編集- 広告宣伝車による広告の取扱いについて(東京都都市整備局、2011年9月9日)