山本 伊三郎(やまもと いさぶろう、1906年1月25日[1] - 1971年7月8日)は、日本政治家参議院議員(3期)。位階従四位勲等は勲二等。浪華商業学校[2]関西大学専門部卒業[3]

生涯

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大阪市生まれ[2]1918年大正7年)小学校卒業[2]。社会主義理論の原典を知りたいとの思いから大阪キリスト教青年会英語学校入学[2]

1926年(大正15年)、大阪市役所採用[2]1947年昭和22年)、日本社会党入党[2]1948年(昭和23年)、大阪市職員労働組合委員長[2]

1956年(昭和31年)、全日本自治団体労働組合中央執行委員長[2]1959年(昭和34年)、第5回参議院議員通常選挙全国区当選。1965年(昭和40年)、第7回参議院議員通常選挙二選。1967年(昭和42年)、参議院社会労働委員長[4]1971年(昭和46年)6月、第9回参議院議員通常選挙三選。3回目の当選から間もない7月8日、急性白血病のため死去、65歳[2]。死没日をもって勲二等瑞宝章追贈、従四位に叙される[5]

日中友好協会理事、大阪労組生協理事長、大阪労金理事、日中・日ソ国交回復国民会議理事を務めた[2][3]

著書

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  • 『年金制度の理論と現状』労働法令協会、1964年

関連項目

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脚注

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  1. ^ 『国会年鑑 昭和37年版』767頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j 第66回国会 参議院 本会議 第4号 昭和46年7月20日
  3. ^ a b 山本 伊三郎」『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』https://kotobank.jp/word/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%20%E4%BC%8A%E4%B8%89%E9%83%8Eコトバンクより2023年2月23日閲覧 
  4. ^ 第55回国会 参議院 社会労働委員会 第10号 昭和42年5月30日
  5. ^ 『官報』第13367号15-16頁 昭和46年7月13日号

参考文献

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  • 『国会年鑑 昭和37年版』国会年鑑刊行会、1962年。
議会
先代
千葉千代世
  参議院社会労働委員長
1967年 - 1968年
次代
加瀬完