小山 雄輝(こやま ゆうき、1988年12月5日 - )は、愛知県知多市出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

小山 雄輝
読売ジャイアンツ時代(2011年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県知多市
生年月日 (1988-12-05) 1988年12月5日(36歳)
身長
体重
187 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト4位
初出場 2011年4月30日
最終出場 2017年5月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

編集

プロ入り前

編集

少年時代は中日ドラゴンズのファンで、小学校5年生で野球を始めた[1]知多市立八幡中学校出身で、小中学校の先輩(4学年上)には浅尾拓也(元中日)がいるほか[注 1][1]、中学の先輩には伊藤敦規(元阪神タイガースなど)・山﨑武司(元中日・東北楽天ゴールデンイーグルスなど)がいる[3]県立大府高校時代はエースとして2年秋に愛知県大会優勝を果たしたが、甲子園出場は無し[1]

関東地方の強豪大学からも勧誘されたが、体育の教員免許を取得するために天理大学へ進学。大学時代は2年次の春に遊撃手コンバートされるが、同年夏に就任した中村良二監督の下で投手とし再起。3年次の春は抑えとして一部リーグ復帰に貢献。4年次には中村監督が招いた山崎慎太郎臨時コーチと投球フォーム改造に取り組み、春季はエースとして4勝をマークし初のベストナインに輝いた[4]。秋季はチームは最下位ながら5勝を記録し敢闘賞を受賞した。阪神大学1部リーグ戦での通算成績は25試合登板し、11勝9敗、防御率1.32、126奪三振。

本格派の右腕として読売ジャイアンツ、阪神、広島東洋カープなど複数球団の注目を集め[5][6]2010年プロ野球ドラフト会議にて読売ジャイアンツから4位指名を受ける。天理大からは初のドラフト指名選手となった[7]。11月に契約金4500万円、年俸720万円で仮契約し、背番号は94に決まった[8]

巨人時代

編集

2011年4月30日の横浜ベイスターズ戦で公式戦初登板し、先発として4回を2失点であった[9]。3度目の先発となった同年5月14日の広島戦でも5回をもたずに降板し[10]、翌日に一軍登録を抹消され、残りのシーズンは二軍で過ごし、最終的に登板3試合で勝敗は付かなかった。

2012年春先に「第二の二軍」を経験した後[11]イースタン・リーグで先発投手として防御率1点台後半と成長を見せる[12]。先発して初めて5イニングを投げきった8月8日の阪神戦では勝敗がつかなかったが[13]、8月31日の横浜戦で7回を3安打無失点に抑え、通算7度目の先発にしてプロ入り初勝利を挙げた[14]。最終的に10試合で2勝2敗・防御率1.87という成績を残した。11月に開催されたアジアシリーズでは初戦のパース・ヒート戦に先発し、6回途中1失点で勝負はつかなかった。

2013年7月14日の中日戦でシーズン初先発し、6回1失点と好投したが勝ち星は挙げられなかった[15]。ローテーションの谷間で5回の先発機会を得て、全体でも10試合に登板したがこの年は勝ち星は挙げられなかった。ポストシーズンは中継ぎ要員としてベンチ入り。楽天との日本シリーズ第3戦では序盤で降板した先発の杉内俊哉に代わって登板し、3回1/3を無失点に抑えた。

2014年6月8日の千葉ロッテマリーンズ戦ではプロ初完投勝利[16]を挙げるなどセ・パ交流戦で3勝を挙げチームの交流戦優勝に貢献する。そのままシーズン最後まで先発ローテーション入りし自己最多の16試合に登板し6勝を記録した。本拠地・東京ドームでは無敗だった。クライマックスシリーズはチームが3連敗を喫して後がなくなった第4戦に先発した。東京ドーム無敗の小山への期待が高まるも初回に一死1.二塁のピンチで好調の4番・マウロ・ゴメスを三振に打ち取るも続く5番・マット・マートンに3ラン本塁打福留孝介にソロ本塁打を打たれて4失点を喫すると2回には一死二塁から西岡剛に2点本塁打を打たれ、1回1/3を6失点でKOされ降板した。そしてそのままチームは敗れクライマックスシリーズ敗退となった[17][18]。小山にとってもこの年唯一の東京ドームでの黒星となった。オフの11月7日に、「日本プロ野球80周年記念試合」の阪神・巨人連合に阪神の梅野隆太郎と共に追加メンバーとして選出された[19]

2015年はわずか7試合しか登板できず2年ぶりの一軍未勝利で終わった。

2016年は初の先発無しの僅か9試合に留まったが、二軍では抑えにも起用され4セーブを挙げた[20]。同年12月4日、東北楽天ゴールデンイーグルス柿澤貴裕との交換トレードが両球団より発表された[21]

楽天時代

編集

2017年4月1日のオリックス・バファローズ戦で1回2失点、4月5日の福岡ソフトバンクホークス戦では2回5失点、4月26日のロッテ戦では2/3回を投げ1失点など、リリーフとして失点を重ねて5月15日に登録抹消。5月21日に一軍登録され、2試合を投げ無失点も6月2日に登録抹消され、シーズンを終えた[22]

2018年は一軍登板がなく、10月1日に球団から戦力外通告を受けた[23]。同月17日をもって現役引退を決断し、19日に任意引退公示された。

引退後

編集

2019年からは古巣巨人の球団職員になることをSNSで公表した[24]。ファン事業部に配属され、イベントの企画・運営や、選手のファンサービスの手伝いなどを担当している[25]

選手としての特徴・人物

編集

187cmの長身からオーバースローで投げ下ろす最速150km/hのストレートを軸とし、カーブで緩急をつけ、フォークを決め球とする[26]。フォークは、カウントを取るスプリット系と握りが深い決め球になるフォークと2種類を投げ分ける[27]。2013年のオフにはカットボールを習得し、春季キャンプでは同年にFA移籍してきた大竹寛からシュートを伝授された[27]。2016年の秋季キャンプでは新たにチェンジアップも挑戦した。

スパイクには、人に感謝する気持ちを忘れないようにと、右足には父、左足には母の名前から一文字ずつ取った漢字が刺繍されている。

2018年1月に一般女性と結婚している[28]

詳細情報

編集

年度別投手成績

編集




















































W
H
I
P
2011 巨人 3 3 0 0 0 0 0 0 0 .000 59 13.0 14 0 7 0 1 8 0 0 5 5 3.46 1.62
2012 10 6 0 0 0 2 2 0 1 .500 168 43.1 29 1 11 0 0 28 3 0 11 9 1.87 0.92
2013 10 5 0 0 0 0 2 0 1 .000 150 35.0 34 4 15 0 1 31 4 0 17 15 3.86 1.40
2014 16 16 1 0 0 6 2 0 0 .750 390 93.1 85 7 28 2 3 71 5 0 27 25 2.41 1.21
2015 7 2 0 0 0 0 1 1 2 .000 68 15.2 18 2 7 0 0 10 2 0 7 7 4.02 1.64
2016 9 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 58 13.0 15 1 5 1 0 12 0 0 7 7 4.85 1.54
2017 楽天 5 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- 32 5.2 11 0 5 0 1 4 0 0 8 7 11.12 2.82
通算:7年 60 32 1 0 0 8 8 1 5 .500 925 219.0 206 15 78 3 6 164 14 0 82 75 3.08 1.30

表彰

編集

記録

編集
投手記録
打撃記録
  • 初安打:2012年8月31日、対横浜DeNAベイスターズ17回戦(東京ドーム)、5回裏に国吉佑樹から中前安打
  • 初打点:2016年6月18日、対千葉ロッテマリーンズ2回戦(東京ドーム)、2回裏にジェイソン・スタンリッジから中前適時打

背番号

編集
  • 94(2011年 - 2012年)
  • 59(2013年 - 2016年)
  • 63(2017年 - 2018年)

登場曲

編集

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ 浅尾は知多市立つつじが丘小学校・八幡中出身[2]。同じチームでプレーしたことはないが小山の姉の同級生で、よくキャッチボールをした仲だった[1]

出典

編集
  1. ^ a b c d 巨人ドラフト4位・小山、中日・浅尾と対戦熱望」『スポーツ報知』報知新聞社、2010年11月3日。オリジナルの2010年11月3日時点におけるアーカイブ。2010年11月3日閲覧。
  2. ^ 監督・コーチのプロフィール 浅尾 拓也(投手コーチ)”. 中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト. 中日ドラゴンズ (2020年). 2020年4月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月24日閲覧。
  3. ^ 中日浅尾うれしい“知多ファイブ”」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2012年12月9日。オリジナルの2020年4月24日時点におけるアーカイブ。2020年4月24日閲覧。
  4. ^ まだまだ続く豊作の“斎藤世代”。巨人の秘密兵器、小山雄輝の反骨心。(1/4) Number Web 2012年9月12日
  5. ^ 広島「岸2世」天理大・小山を上位指名へ 日刊スポーツ 2010年10月15日
  6. ^ 天理大・小山1失点完投!初勝ち点 阪神大学野球 Sponichi Annex 2010年10月14日
  7. ^ 巨人4位小山は天理大から初/ドラフト 日刊スポーツ 2010年10月29日
  8. ^ 【巨人】4位小山仮契約、背番号「94」 日刊スポーツ 2010年11月13日
  9. ^ “坂本世代”ドラ4小山、初先発も4回2失点 日刊スポーツ 2011年5月1日
  10. ^ 【巨人】小山「あと2アウト」で初勝利… 日刊スポーツ 2011年5月14日
  11. ^ 事実上の3軍も経験…小山 7度目先発で念願初勝利 スポニチ 2012年9月1日
  12. ^ まだまだ続く豊作の“斎藤世代”。巨人の秘密兵器、小山雄輝の反骨心。(3/4) Number Web 2012年9月12日
  13. ^ 【ブレーク寸前 この無名選手の正体】元近鉄選手2人が育てた「いてまえ」投手 ゲンダイネット 2012年8月9日
  14. ^ 2年目右腕・小山でかした!!7回0封プロ初勝利!! スポーツ報知 2012年9月1日付記事
  15. ^ 【巨人】小山初先発6回1失点も「失投」 日刊スポーツ 2013年7月14日
  16. ^ 小山、プロ入り初完投勝利に「長く感じました」 スポーツニッポン 2014年6月8日
  17. ^ 小山まさかの3発被弾・・・初のCS先発で2回途中6失点KOSponichi Annex.2014年10月18日
  18. ^ 巨人・小山、二回途中6失点KO「大事な試合で…本当に申し訳ない」SANSPO.COM.2014年10月18日
  19. ^ 巨神連合軍に小山、梅野ら追加 日米野球 日刊スポーツ 2014年11月6日
  20. ^ 楽天移籍の小山 先発でも中継ぎでも「言われたところで」スポニチアネックス 2016年12月7日掲載
  21. ^ 巨人・小山と楽天・柿沢 交換トレード 両球団の思惑一致スポニチアネックス 2016年12月5日掲載
  22. ^ 選手名鑑”. 2018年10月3日閲覧。
  23. ^ <楽天>小山ら6人に戦力外通告” (2018年10月2日). 2018年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月3日閲覧。
  24. ^ “楽天を現役引退の小山雄輝が古巣・巨人復帰を報告 「球団職員として…」”. Full-Count. (2018年12月16日). https://full-count.jp/2018/12/16/post267117/ 2020年6月25日閲覧。 
  25. ^ “元巨人・小山雄輝ら、プロ野球の現場でセカンドキャリアを広げる男たち”. DRAMATIC BASEBALL (日本テレビ). (2019年2月22日). https://www.ntv.co.jp/baseball/articles/34bbzfvyu58hyj4bqk.html 2020年6月25日閲覧。 
  26. ^ 巨人今季5人目プロ初勝利 2年目の小山 日刊スポーツ 2012年9月1日
  27. ^ a b 小山 621日ぶり白星!スパイクに刻んだ両親への「感謝」”. スポニチ Sponichi Annex (2014年5月26日). 2014年8月30日閲覧。
  28. ^ “楽天小山が結婚 師匠内海の前で3度公開プロポーズ”. 日刊スポーツ. (2017年3月25日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1797295.html 2020年6月25日閲覧。 
  29. ^ 巨人・小山、アットホームヒーロー賞に「また選んでいただけるように…」”. SANSPO.COM (2016年7月16日). 2017年7月24日閲覧。

関連項目

編集

外部リンク

編集