大伴宿奈麻呂
奈良時代前期の貴族・歌人
大伴 宿奈麻呂(おおとも の すくなまろ)は、奈良時代前期の貴族・歌人。大納言・大伴安麻呂の三男。官位は従四位下・右大弁。
時代 | 奈良時代前期 |
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生誕 | 不詳 |
死没 | 不詳 |
官位 | 従四位下、右大弁 |
主君 | 元明天皇→元正天皇→聖武天皇 |
氏族 | 大伴氏 |
父母 | 父:大伴安麻呂、母:不詳 |
兄弟 | 旅人、田主、稲公、坂上郎女、宿奈麻呂 |
妻 | 大伴坂上郎女 |
子 | 田村大嬢、坂上大嬢、坂上二嬢、古麻呂? |
経歴
編集元明朝の和銅元年(708年)従六位上から三階昇進して従五位下に叙せられる。その後、和銅5年(712年)従五位上、霊亀3年(717年)正五位下、養老4年(720年)正五位上と元明朝から元正朝にかけて順調に昇進する。またこの間、和銅8年(715年)左衛士督、養老3年(719年)7月には備前守在任中であったが、安芸国・周防国の按察使に任ぜられている。
神亀元年(724年)聖武天皇の即位後間もなく従四位下に叙せられた。没年は不詳だが、おそらく神亀4年(727年)頃までに亡くなったと想定される。
神亀元年(724年)より以前、宮仕えする恋人に対する歌があり、『万葉集』にはこの2首が採録されている[1]。また『万葉集』(4-759)によれば田村里(現在の奈良県奈良市尼辻町)に住んでいたことが知られ、時に右大弁だった。
官歴
編集『続日本紀』による。