堀直教
堀 直教(ほり なおのり)は、越後村松藩の第6代藩主。直寄系支流堀家6代。第5代藩主・堀直堯の六男。
時代 | 江戸時代後期 |
---|---|
生誕 | 宝暦11年7月16日(1761年8月6日) |
死没 | 文化9年9月17日(1812年10月21日) |
別名 | 三十郎(通称)、白翁(号) |
戒名 | 照潭院覚岸真際大居士 |
墓所 | 新潟県五泉市村松甲の英林寺 |
官位 | 従五位下、左京亮、丹波守 |
幕府 | 江戸幕府 |
藩 | 越後村松藩主 |
氏族 | 堀氏 |
父母 | 父:堀直堯 |
兄弟 | 直泰、松平信義、浅野長致、直行、本多成孝、直教、堀直堅正室 |
妻 | 正室:松平頼恭の娘 |
子 |
奥田教明(長男)、娘(田沼意留正室)、娘(六郷政芳正室) 養子:直方 |
安永8年(1779年)、嫡子だった長兄・直泰が死去したため、世子となる。天明5年(1785年)、父の死により家督を継いだ。寛政7年(1795年)隠居し、養子としていた直泰の長男・直方に藩主の座を譲った。その後も直方と次の藩主・直庸の2代にわたって藩政を後見した。文化9年(1812年)に死去した。享年62。
系譜
編集父母
- 堀直堯(父)
正室
- 松平頼恭の娘
子女
養子