国鉄ホキ10000形貨車
国鉄ホキ10000形貨車(こくてつホキ10000がたかしゃ)は、1980年(昭和55年)から1981年(昭和56年)に272両が製作された、35 t積の石炭専用の私有貨車(ホッパ車)である。
国鉄ホキ10000形貨車 | |
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ホキ10000形、オホキ10032 2006年8月23日、熊谷貨物ターミナル駅 | |
基本情報 | |
車種 | ホッパ車 |
運用者 |
日本国有鉄道 日本貨物鉄道(JR貨物) |
所有者 | 秩父セメント、電気化学工業 |
製造所 | 日本車輌製造、川崎重工業、富士重工業 |
製造年 | 1980年(昭和55年) - 1981年(昭和56年) |
製造数 | 272両 |
常備駅 | 武州原谷駅、青海駅、他 |
主要諸元 | |
車体色 | 黒 |
専用種別 | 石炭、石灰石 |
化成品分類番号 | なし |
軌間 | 1,067 mm |
全長 | 13,900 mm |
全幅 | 2,700 mm |
全高 | 3,290 mm |
ホッパ材質 | 耐候性高張力鋼 |
荷重 | 35 t |
実容積 | 46.6 m3 |
自重 | 18.9 t |
換算両数 積車 | 5.5 |
換算両数 空車 | 1.8 |
台車 | TR213C |
車輪径 | 860 mm |
軸距 | 1,650 mm |
台車中心間距離 | 9,800 mm |
最高速度 | 75 km/h |
本項では派生形式でセメント及び石炭専用車のホキ7600形についても記述する。
登場の経緯
編集1979年(昭和54年)、第2次オイルショックによる原油高騰により、セメント業界では製造用燃料を重油から石炭に切り替える動きがあった。これを受けて石炭輸送用の貨車が必要となり、計画時点では私有無蓋車との併用も検討され、本形式を製作するに当たっては車種を石炭車かホッパ車かに分類するかで議論されたこともあったが、国鉄では石炭車の私有貨車による編入を認めなかったためホッパ車となった。
概要
編集ホキ10000形は、1980年(昭和55年)から1981年(昭和56年)にかけて日本車輌製造・川崎重工業、富士重工業の3社にて3ロット272両(オホキ10000 - オホキ10271)が製作された。
記号番号表記は特殊標記符号「オ」(全長が12 m をこえるホッパ車)を前置し「オホキ」と標記する。
富士重工業製作車は他2社と側面の補強リブの本数に違いがあった。これは側板厚を他2社の3.2 mmから4.5 mmと厚くしたためである。
落成時の所有者は、秩父セメント、電気化学工業の2社でありその常備駅は、秩父鉄道秩父本線の武州原谷駅、北陸本線 の青海駅であった。秩父セメントはその後、秩父小野田を経て太平洋セメントと社名が変わった。秩父小野田時代でも車体の所有者名は「チチブセメント」のままであり太平洋セメントに変更して10年後の2008年(平成20年)に「太平洋セメント」と標記された。
ホッパ本体は底開き式で材質は耐候性高張力鋼である。塗色は、黒色、全長は13,900 mm、全幅は2,700 mm、全高は3,290 mm、台車中心間距離は9,800 mm、自重は18.9 t、換算両数は積車5.5、空車1.8、台車はスリーピース形状台車の左右側枠をつなぎ梁で連結し走行性能を改善したTR213Cである。
年度別製造数
編集各年度による製造会社と両数、所有者は次のとおりである。(所有者は落成時の社名)
- 昭和55年度 - 272両
- 日本車輌製造 155両 秩父セメント(オホキ10000 - オホキ10154)
- 川崎重工業 95両 秩父セメント(オホキ10155 - オホキ10249)
- 富士重工業 22両 電気化学工業(オホキ10250 - オホキ10271)
運用の変遷・現況
編集秩父セメント所有車は太平洋セメントになった後でも使用されており、2020年(令和2年)3月14日まで鶴見線扇町駅 - 秩父鉄道三ヶ尻駅間で運用されていた。 2000年(平成12年)から2002年(平成14年)にかけて97両が専用種別を石灰石に、常備駅を三岐鉄道三岐線東藤原駅にそれぞれ変更して中部国際空港の土砂輸送に使用され、同輸送完了後は97両中30両が武州原谷駅へ復帰し、残存した67両は2012年2月29日まで骨材輸送として東藤原駅 - 四日市駅で引き続き運用されていた。
なお、石炭輸送列車廃止後の本系列の処遇に関しては発表されていないものの、製造後40年を経過しており、近年は老朽化が顕著である。
電気化学工業所有車は北陸本線青海駅 - 信越本線黒井駅間で運用されていたが、1996年(平成8年)6月に全車廃車となった。
ホキ7600形
編集国鉄ホキ7600形貨車 | |
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国鉄ホキ7600形、オホキ7600 1991年11月23日、郡山駅 | |
基本情報 | |
車種 | ホッパ車 |
運用者 |
日本国有鉄道 日本貨物鉄道(JR貨物) |
所有者 | 日本石油輸送 |
製造所 | 富士重工業 |
製造年 | 1982年(昭和57年) |
製造数 | 1両 |
消滅 | 1999年(平成11年) |
常備駅 | 郡山駅 |
主要諸元 | |
車体色 | 黒 |
専用種別 | セメント、石炭 |
化成品分類番号 | なし |
軌間 | 1,067 mm |
全長 | 13,400 mm |
全幅 | 2,700 mm |
全高 | 3,734 mm |
ホッパ材質 | 耐候性高張力鋼 |
荷重 | 33 t / 32 t |
実容積 | 28.2 m3 / 40.0 m3 |
自重 | 20.5 t |
換算両数 積車 | 5.0 |
換算両数 空車 | 2.0 |
台車 | TR213C |
車輪径 | 860 mm |
軸距 | 1,650 mm |
台車中心間距離 | 9,300 mm |
最高速度 | 75 km/h |
備考 | 荷重、実容積はセメント、石炭の順 |
33 t積セメント及び32 t積石炭専用車。1982年(昭和57年)2月22日に富士重工業で1両(オホキ7600)が製作された。
記号番号表記は特殊標記符号「オ」(全長が12 m をこえるホッパ車)を前置し「オホキ」と標記する。
日本石油輸送が所有し、郡山駅を常備駅とした。往路での空車を解消するため、往路ではセメント、復路では石炭を輸送するために製作された。
外見こそホキ10000形と酷似するが、構造は大きく異なりゴム隔膜を用いた有蓋・無蓋切り替え式であり、セメント輸送時は有蓋、石炭輸送時は無蓋となる構造であった。
九州地方で試用され、1984年(昭和59年)1月19日に荷役装置を富士重工業で改造したが、その複雑な構造が災いし、長期休車となった。日本貨物鉄道(JR貨物)にも継承されたが、1999年(平成11年)11月に廃車となり形式消滅した。
脚注
編集- ^ 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』No.840 増刊 鉄道車両年鑑 p.107
参考文献
編集- ネコ・パブリッシング「プロフェッサー吉岡の私有貨車図鑑」Rail Magazine 1997年6月号増
- 『日本の貨車-技術発達史-』(貨車技術発達史編纂委員会編著、社団法人 日本鉄道車輌工業会刊、2008年)
- 吉岡心平『RM LIBRARY 141 有蓋ホッパ車のすべて(下)』(ネコ・パブリッシング、2011年)ISBN 978-4-7770-5307-0