和錦克年
和錦 克年(かつにしき かつとし、1946年7月2日 - 2008年11月17日)は、静岡県静岡市清水区(現役当時は、同県庵原郡由比町)出身で春日野部屋に所属した大相撲力士。本名は和田 歳夫(わだ としお)。最高位は西前頭13枚目(1976年1月場所)。得意手は右四つ、上手投げ、寄りなど。現役時代の体格は185cm、112kg。
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基礎情報 | ||||
四股名 | 和田錦 → 和錦 克年 | |||
本名 | 和田 歳夫 | |||
生年月日 | 1946年7月2日 | |||
没年月日 | 2008年11月17日(62歳没) | |||
出身 | 静岡県庵原郡由比町(現在の静岡県静岡市清水区) | |||
身長 | 185cm | |||
体重 | 112kg | |||
BMI | 32.72 | |||
所属部屋 | 春日野部屋 | |||
得意技 | 右四つ、寄り、上手投げ | |||
成績 | ||||
現在の番付 | 引退 | |||
最高位 | 西前頭13枚目 | |||
生涯戦歴 | 421勝397敗29休(87場所) | |||
幕内戦歴 | 5勝10敗(1場所) | |||
データ | ||||
初土俵 | 1963年9月場所 | |||
入幕 | 1976年1月場所 | |||
引退 | 1978年3月場所 | |||
備考 | ||||
2019年7月14日現在 |
来歴
編集由比中学校を卒業後、小糸製作所に1年数ヵ月ほど勤務。退職後の1963年9月、春日野部屋に入門し、同年9月場所で初土俵を踏んだ。
当初の四股名は、本名と師匠(元横綱・栃錦)の現役名に因んだ「和田錦」。その後、幕下時代の1970年3月場所より「和錦」に改名した(「田(=田んぼ)は足を取られるから…」という理由で、四股名を改めた、という)。
以後は暫く幕下に在ったが、1972年7月場所で十両に昇進。そして、1976年1月場所で待望の入幕を果たした。序ノ口に付いてから74場所目での新入幕で、これは当時大相撲史上2位のスロー入幕記録であった。
しかし、場所中の負傷により振るわず、5勝10敗と大きく負け越して1場所で十両へと逆戻り。
十両には通算で27場所在位したが、幕内は結局、上述の1場所しか務まらなかった。
現役晩年は幕下13枚目まで番付を落とし、1978年3月場所後、31歳で廃業[1]。 廃業後は、静岡市内で相撲料理の店を経営した後、運送会社に勤めたという。
主な成績・記録
編集- 通算成績:421勝397敗29休 勝率.515
- 幕内成績:5勝10敗 勝率.333
- 現役在位:87場所
- 幕内在位:1場所
場所別成績
編集一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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1963年 (昭和38年) |
x | x | x | x | (前相撲) | 西序ノ口13枚目 4–3 |
1964年 (昭和39年) |
東序二段92枚目 4–3 |
東序二段74枚目 6–1 |
西序二段28枚目 4–3 |
西序二段8枚目 2–5 |
西序二段35枚目 6–1 |
東三段目72枚目 2–5 |
1965年 (昭和40年) |
東序二段14枚目 4–3 |
東三段目88枚目 3–4 |
東序二段筆頭 6–1 |
西三段目39枚目 2–5 |
東三段目62枚目 4–3 |
東三段目40枚目 6–1 |
1966年 (昭和41年) |
東三段目4枚目 3–4 |
東三段目12枚目 5–2 |
西幕下84枚目 2–5 |
西三段目3枚目 4–3 |
東幕下89枚目 5–2 |
西幕下64枚目 3–4 |
1967年 (昭和42年) |
東幕下75枚目 1–6 |
西三段目8枚目 5–2 |
東三段目35枚目 5–2 |
東三段目7枚目 4–3 |
西幕下57枚目 3–4 |
東三段目2枚目 3–4 |
1968年 (昭和43年) |
西三段目8枚目 3–4 |
西三段目12枚目 6–1 |
東幕下45枚目 5–2 |
西幕下30枚目 3–4 |
西幕下36枚目 5–2 |
西幕下17枚目 休場 0–0–7 |
1969年 (昭和44年) |
西幕下46枚目 3–4 |
東幕下53枚目 5–2 |
西幕下34枚目 2–5 |
東幕下50枚目 4–3 |
西幕下38枚目 2–3–2 |
東幕下58枚目 4–3 |
1970年 (昭和45年) |
東幕下52枚目 5–2 |
西幕下33枚目 6–1 |
東幕下14枚目 5–2 |
西幕下6枚目 休場 0–0–7 |
東幕下37枚目 2–3–2 |
東幕下56枚目 5–2 |
1971年 (昭和46年) |
西幕下37枚目 5–2 |
西幕下22枚目 5–2 |
東幕下11枚目 3–4 |
東幕下17枚目 3–4 |
西幕下23枚目 4–3 |
東幕下20枚目 6–1 |
1972年 (昭和47年) |
東幕下5枚目 5–2 |
西幕下筆頭 3–4 |
東幕下4枚目 5–2 |
西十両12枚目 8–7 |
東十両8枚目 7–8 |
東十両9枚目 8–7 |
1973年 (昭和48年) |
西十両7枚目 7–8 |
西十両11枚目 8–7 |
東十両9枚目 9–6 |
東十両5枚目 5–10 |
東十両11枚目 8–7 |
東十両10枚目 3–12 |
1974年 (昭和49年) |
東幕下9枚目 5–2 |
西幕下4枚目 5–2 |
東十両13枚目 4–11 |
東幕下6枚目 5–2 |
西幕下2枚目 4–3 |
東幕下筆頭 4–3 |
1975年 (昭和50年) |
東十両13枚目 9–6 |
東十両10枚目 8–7 |
東十両9枚目 8–7 |
西十両5枚目 8–7 |
東十両3枚目 8–7 |
東十両2枚目 9–6 |
1976年 (昭和51年) |
西前頭13枚目 5–10 |
東十両3枚目 3–8–4 |
西十両12枚目 8–7 |
西十両10枚目 7–8 |
西十両12枚目 8–7 |
東十両8枚目 7–8 |
1977年 (昭和52年) |
西十両8枚目 9–6 |
東十両4枚目 5–10 |
西十両10枚目 8–7 |
東十両9枚目 8–7 |
西十両6枚目 5–10 |
西十両12枚目 5–10 |
1978年 (昭和53年) |
東幕下8枚目 3–4 |
東幕下13枚目 引退 0–0–7 |
x | x | x | x |
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
=== 幕内対戦成績 ===
力士名 | 勝数 | 負数 | 力士名 | 勝数 | 負数 | 力士名 | 勝数 | 負数 | 力士名 | 勝数 | 負数 | |||
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北瀬海 | 0 | 1 | 琴乃富士 | 0 | 1 | 大受 | 0 | 1 | 玉輝山 | 1 | 0 | |||
玉ノ富士 | 0 | 1 | 天龍 | 1 | 0 | 播竜山 | 1 | 0 | 二子岳 | 0 | 1 | |||
双津竜 | 0 | 1 | 丸山 | 1 | 0 | 陸奥嵐 | 0 | 1 | 若獅子 | 0 | 1 |
改名歴
編集- 和田錦(わだにしき、1963年11月場所-1970年1月場所)
- 和錦 克年(かつにしき かつとし、1970年3月場所-1978年3月場所)
関連項目
編集参考文献
編集- 『戦後新入幕力士物語 第四巻』(著者:佐竹義惇、ベースボール・マガジン社刊、1993年、p126-p131)
出典
編集- ^ 『大相撲力士名鑑 平成13年版』(水野尚文・京須利敏共著、発行元:共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709)より