周山満蔵
周山 満蔵(すやま みつぞう[1]、1882年(明治15年)12月6日[2] - 1941年(昭和16年)9月7日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
周山 満蔵 | |
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生誕 |
1882年12月6日 日本 山口県 |
死没 | 1941年9月7日(58歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 |
1904年 - 1938年 1938年 - 1939年 |
最終階級 | 陸軍中将 |
経歴
編集1882年(明治15年)に山口県で生まれた[2]。陸軍士官学校第16期、陸軍大学校第28期卒業[2]。1928年(昭和3年)3月8日、陸軍歩兵大佐進級と同時に歩兵第78連隊長に着任し[1]、1930年(昭和5年)8月に近衛師団参謀長に転じた[1]。
1932年(昭和7年)12月7日に陸軍少将進級と同時に歩兵第5旅団長に着任[1][2]。1935年(昭和10年)8月に第3師団司令部附となり[2]、1936年(昭和11年)8月1日に陸軍中将に進級し[1]、旅順要塞司令官に着任[2]。1938年(昭和13年)7月15日に待命[2]、7月27日に予備役に編入されたが[2]、即日召集され、留守第10師団長に就任し[2]、1939年(昭和14年)1月31日に召集解除となった[2]。
栄典
編集- 位階
脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。