吉沢清次郎
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吉沢 清次郎(よしざわ せいじろう、1893年2月6日 - 1978年4月2日)は、日本の外交官。
長野県東筑摩郡松本町(現松本市)生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、第一高等学校を経て、東京帝国大学法科大学経済学科(現・経済学部)を卒業後、1917年外務省に入省。1937年からアメリカ局長、1940年からカナダ特命全権公使に任じられた。1948年外務次官に就任、同年に退任、同じく1948年世界経済調査会理事長、1955年インド特命全権大使となる。1956年にはネパールとの外交関係樹立に伴いネパール大使を兼任。原子力委員会参与、日加協会会長などを歴任した。
著作
編集- 『ラジェンドラ・プラサド インド共和国初代大統領』新樹社、1958年。著作
- ディーン・アチソン『アチソン回顧録』全2巻、恒文社、1979年。訳書
- 『現代史を語る5 吉沢清次郎 内政史研究会談話速記録』渡辺昭夫監修、現代史料出版、2008年
栄典
編集- 1940年(昭和15年)8月15日 - 紀元二千六百年祝典記念章[1]
脚注
編集- ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。
参考文献
編集- 『長野県歴史人物大事典』 郷土出版社、1989年
- 『A Century of Encounters Between Japan and Nepal』 在ネパール日本国大使館、1997年
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