古城山城
古城山城(こじょうやまじょう)は、広島県三次市和知町にあった日本の城(山城)。国広山にある築城年代の異なる4つの城群の1つ。
古城山城 (広島県) | |
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築城主 | 広沢与三実高 (後の和智氏) |
築城年 | 鎌倉時代 |
主な城主 | 和智氏 |
廃城年 | 応安年間(1368-1375年)? |
遺構 | 土居 |
指定文化財 | 未指定[1] |
位置 | 北緯34度48分40.1秒 東経132度55分49.9秒 / 北緯34.811139度 東経132.930528度 |
地図 |
概要
編集現在は城跡を中国縦貫自動車道が通っている。また、その南に土居跡があり、鎌倉幕府から下ってきた地頭・広沢与三実高(後、地名の和智氏を名乗る)の住居跡と推測されているが、未調査のためはっきりしない[2][3]。
この付近に和智邸があったと仮定すると、1302年(正安4年/乾元元年)冬、後深草院二条が厳島神社詣での帰途、和智邸及び江田邸に立ち寄ったことが日記『とはずがたり』に書かれている[4][5][6]。
和智氏は、室町時代初期の応安年間(1368-1375年)に広島県三次市吉舎町の備後・平松山城、更に南天山城へ移ったとされる。