北浦町 (茨城県)
日本の茨城県行方郡にあった町
きたうらまち 北浦町 | |||||
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鹿行大橋旧橋 | |||||
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廃止日 | 2005年9月2日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 麻生町、北浦町、玉造町 → 行方市 | ||||
現在の自治体 | 行方市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 茨城県 | ||||
郡 | 行方郡 | ||||
市町村コード | 08424-7 | ||||
面積 |
54.70 km2 (境界未定部分あり) | ||||
総人口 |
10,759人 (推計人口、2005年9月1日) | ||||
隣接自治体 | 鉾田町、麻生町、大洋村、玉造町 | ||||
町の木 | ヒノキ | ||||
町の花 | キク | ||||
町の鳥 | ウグイス | ||||
北浦町役場 | |||||
所在地 |
〒311-1792 茨城県行方郡北浦町山田2564-10 | ||||
外部リンク | 北浦町 (Internet Archive) | ||||
座標 | 北緯36度05分04秒 東経140度31分57秒 / 北緯36.08453度 東経140.53256度座標: 北緯36度05分04秒 東経140度31分57秒 / 北緯36.08453度 東経140.53256度 | ||||
特記事項 | 北浦は水面が境界未定のため、面積に含んでいない。 | ||||
ウィキプロジェクト |
地理
編集茨城県南部、北浦に面する町。
- 河川:武田川、山田川
- 湖沼:北浦
隣接していた自治体
編集歴史
編集年表
編集- 1955年(昭和30年)4月1日 - 武田村・津澄村・要村が合併し、北浦村が発足。
- 1968年(昭和43年) - 鹿行大橋が開通。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 国道354号(館林市 - 大洋村)が制定。
- 1997年(平成9年)10月1日 - 北浦村が町制施行し、北浦町となる。
- 2005年(平成17年)9月2日 - 麻生町・玉造町と合併し行方市が発足。同日北浦町廃止。
行政区域変遷
編集- 変遷の年表
北浦町町域の変遷(年表) | ||
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年 | 月日 | 旧北浦町町域に関連する行政区域変遷 |
1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の村がそれぞれ発足[1]。 |
1955年(昭和30年) | 4月1日 | 武田村・津澄村・要村が合併し、北浦村が発足。 |
1997年(平成9年) | 10月1日 | 北浦村が町制施行し、北浦町となる。 |
2005年(平成17年) | 9月2日 | 麻生町・玉造町と合併し行方市が発足。同日北浦町廃止。 |
- 変遷表
北浦町町域の変遷表 | ||||||||
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1868年 以前 |
明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | ||
小貫村 | 武田村 | 武田村 | 昭和30年4月1日 北浦村 |
平成9年10月1日 町制 |
平成17年9月2日 行方市 |
行方市 | ||
次気村 | ||||||||
両宿村 | ||||||||
内宿村 | ||||||||
長野江村 | ||||||||
成田村 | ||||||||
帆津倉村 | 明治元年 三和村 | |||||||
金上村 | ||||||||
穴瀬村 | ||||||||
繁晶村 | 津澄村 | 津澄村 | ||||||
吉川村 | ||||||||
山田村 | ||||||||
中根村 | ||||||||
南高岡村 | 要村 | 要村 | ||||||
高岡村 | 北高岡村 | |||||||
小幡村 | ||||||||
行戸村 |
地域
編集教育
編集交通
編集鉄道
編集町内を鉄道路線は通っていない。最寄り駅は、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線大洋駅。
道路
編集出身有名人
編集その他
編集- 日本の情報収集衛星のデータ受信局のひとつが町内にある。
脚注
編集- ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 8 茨城県』、角川書店、1983年 ISBN 4040010809より