テレビ寿都放送
テレビ寿都放送(てれびすっつほうそう)は、北海道寿都郡寿都町にある地元家電販売店の株式会社田中電機商会が運営するケーブルテレビ局。前身は、1962年(昭和37年)に難視聴解消目的で設立された「山の手地区テレビ共同受信施設組合」。略称はTVS[1]
テレビ寿都本社社屋 | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
市場情報 | 非上場 |
略称 |
テレビすっつ TVS |
本社所在地 |
日本 〒048-0404 北海道寿都郡寿都町大磯町77 北緯42度47分35.5秒 東経140度14分0.3秒 / 北緯42.793194度 東経140.233417度座標: 北緯42度47分35.5秒 東経140度14分0.3秒 / 北緯42.793194度 東経140.233417度 |
設立 | 1962年 ※山の手地区テレビ共同受信施設組合 |
業種 | 情報・通信業 |
法人番号 | 4440001006667 |
事業内容 | 有線テレビ放送事業 |
外部リンク | テレビ寿都放送 |
概要
編集寿都町は山間部に囲まれている上、日本海側に面しているため、周辺中継局の電波を受信することが困難だった。このため、各地区で共同アンテナを設置して、そこから有線放送で配信していた。
寿都町内で電器店「田中電機商会」を営んでいた田中勲千代(たけちよ)が「テレビを売っている手前、ちゃんと客の面倒を見よう」との思いのもと[2]、共同有線事業に乗り出し[3]、1962年に「山の手地区テレビ共同受信施設組合」を設立[2]。1978年には北海道電波監理局からの認可を受け、1979年から北海道では初めてのケーブルテレビ自主放送を開始[3]。同年1月の第1回放送では寿都中学校の陸上記録会や寿都小学校の100周年式典を取り上げた[2]。その後1981年には日本電子工学院を卒業し音響メーカー・アキュフェーズに務めていた息子の田中則之が帰郷し[4]、息子も番組制作に加わり[2]、2008年には創業者の勲千代が退き則之が中心となり家族の支援を受けながら運営を続けている[5]。電器店裏に倉庫を改装し放送スタジオを置き選挙時には生放送も展開し2014年時点ではビデオテープやハードディスクで3000本以上の記録映像のアーカイブを持ち[5]、2016年時点では年間約50件の町内行事を撮影・編集していた[6]。
2006年6月には「情報発信基地として住民生活向上と情報化推進に多大な貢献をした」として、自主番組重視の姿勢が評価されたこともあり、北海道総合通信局から局長表彰を受賞した[3]。
サービスエリア
編集- 寿都町全域
主な放送チャンネル
編集デジタル チャンネル |
放送局 |
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011 012 013 |
HBC 北海道放送 |
021 022 023 |
NHK 札幌Eテレ |
031 032 |
NHK 札幌総合 |
041 | - |
051 052 053 |
STV 札幌テレビ放送 |
061 062 063 |
HTB 北海道テレビ放送 |
071 072 073 |
TVh テレビ北海道 |
081 082 |
UHB 北海道文化放送 |
091 | - |
101 102 103 |
寿都情報カメラ[8] 寿都道の駅カメラ ショップチャンネル |
111 112 |
自主放送(テレビすっつ放送)[9] QVC |
121 | - |
- テレビ北海道(TVh)は、アナログ放送の中継局が設置されていなかった。他局は隣町・蘭越町港町の尻羽岬に寿都中継局を設置し、寿都町をカバーしている。地上デジタル放送の中継局は、アナログ放送が未開局だったTVhを含めて、アナログ放送の中継局がある隣町・蘭越町との共同緊急総合事業で設置された。
- 光ファイバーではなくメタル(同軸ケーブル)のためBS及び上述以外のCSは配信されていない。
- アナログ時代からの契約上、アナログ9chと11chで歌謡ポップスチャンネルとスカイAのCS放送2局をデジタルからアナログに変換して再放送しているが、アナログ放送が受信できるデジタルテレビでのみ視聴可能。。
- 2010年2月からVHFの3chと4chの間にあるミッドバンド(C14 - C20)で、地上デジタル放送の同時再送信をはじめている。
- コミュニティチャンネルとQVCは2011年にデジタルに移行している。
- (デジタル11ch)表記「田中電機商会1」はマルチ編成で111chテレビすっつ放送がHD(ハイビジョン)、112はQVCがSD放送。
- (デジタル10ch)表記「田中電機商会2」はSD3マルチ編成で101ch局の鉄塔にお天気カメラ、102ch寿都道の駅カメラ、103chショップチャンネル。
自主放送の放送内容
編集主に、寿都町内で行われるイベントを撮影し放送している[6]。放送時間は夕食時に楽しんでほしい思いから19時から開始する形とし[3]、短いときは20時頃まで、長いときは21時を過ぎることもある。イベント映像に関しては「できる限り編集しない」の方針のもと大きなアクシデントがない限りノーカットで放送しており[5]、地域の人そのものを記録する思いのもと運動会では全員の顔が映るようにする等配慮しており、また花火大会など定例イベントの前には前年の映像を再放送し盛り上げている[6]。また、イベント以外には、テレビ寿都放送が他の大手放送局から取材を受けた際のテレビ番組を録画して放送したり、家庭医療関係のビデオを放送したりしている。また、これらの放送時間以外は、テレビ寿都放送からのお知らせ、寿都警察署による交通安全の呼びかけ、CDの売り上げランキングなどが静止画のかたちで放送されている。自主放送番組表は一ヶ月分の放送予定がまとめられており、毎月5日頃に新聞に折り込まれて町内に配布されている。なお、自主放送のビデオは1978年分から保存されており、依頼があれば有償でVHSもしくはDVDにダビングしている。
- 町内外のイベント関係
- 行政関係
- 他局の番組録画の放送
- 既成ビデオの放送
- 寿都民話デジタル絵本
- 家庭医療
- スポーツカイトの世界
- 気象庁の津波防災ビデオ
- 人権啓発アニメ 五等になりたい
テレビ寿都放送を取り上げた番組
編集テレビ寿都放送は、人口の少ない寿都町にあるケーブルテレビ局であること、北海道で初めて個人局として認可を受けたケーブルテレビ局であること、町の電気店の親子がたった二人で取材・撮影・編集・放送を行っていることなどから、注目を集めている。そのため、大手放送局の番組で寿都町を取り上げる際には、テレビ寿都放送も取り上げられることが多い。これまでに、テレビ寿都放送を取り上げた主な番組は以下の通りである。
関連項目
編集- ケーブルテレビ局の一覧
- 豊浜トンネル岩盤崩落事故 - 委託報道カメラマンとしてトンネル出口を事故発生後最も早く撮影[6]
脚注・出典
編集- ^ テレビ埼玉とは無関係。
- ^ a b c d 発信 寿都たった1人のケーブルテレビ局(中) - 北海道新聞2016年8月17日朝刊26面
- ^ a b c d 日曜ぷりずむ 寿都の足跡映像に27年 田中さん親子2人でケーブルテレビ運営 - 北海道新聞2006年8月20日朝刊29面
- ^ 寿都・神恵内核ごみ対話3年1 まちの将来議論は熱帯びた 田中則之さん(68) - 北海道新聞2024年4月17日小樽後志版15面
- ^ a b c ぶらり街角 寿都を歩く4 「すっつテレビ」 「街の記憶」収録3000本 - 北海道新聞2014年8月16日朝刊小樽後志版25面
- ^ a b c d e f 発信 寿都たった1人のケーブルテレビ局上 - 北海道新聞2016年8月16日朝刊28面
- ^ テレビ寿都放送業務のホームページ(2013年2月7日参照)
- ^ マルチ編成で、101chは寿都お天気カメラ(2012年10月1日運用開始)、102chは寿都町Webカメラ(2016年4月1日運用開始)、103chは漁港カメラ(今後運用開始予定)。
- ^ マルチ編成で、112chはQVC(2012年10月1日運用開始)、113chは未使用。