ザ・ヤクザ
『ザ・ヤクザ』(The Yakuza)は、1974年のアメリカ合衆国の犯罪アクション映画。監督はシドニー・ポラック、出演はロバート・ミッチャムと高倉健など。製作・配給はワーナー・ブラザース。旧友の娘を救出するために日本にやって来たアメリカ人の元刑事が義理堅い寡黙な日本人の男と協力してヤクザ組織と対決するハリウッド版仁侠映画である[3]。2005年に『イントゥ・ザ・サン』としてリメイクされた。
ザ・ヤクザ | |
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The Yakuza | |
監督 | シドニー・ポラック |
脚本 |
ポール・シュレイダー ロバート・タウン |
原作 | レナード・シュレイダー |
製作 | シドニー・ポラック |
製作総指揮 | 俊藤浩滋 |
出演者 |
ロバート・ミッチャム 高倉健 |
音楽 | デイヴ・グルーシン |
撮影 |
岡崎宏三 デューク・キャラハン |
編集 |
ドン・ガイデス トーマス・スタンフォード |
製作会社 |
ワーナー・ブラザース 東映(クレジット無し)[1] |
配給 | ワーナー・ブラザース |
公開 |
1974年12月21日 1975年3月15日 |
上映時間 |
122分 112分[2] |
製作国 | アメリカ合衆国 |
言語 |
英語 日本語 |
ストーリー
編集ロサンゼルスで私立探偵をしているハリー・キルマーは旧友のジョージ・タナーから、日本の暴力団・東野組に誘拐された娘を救出してほしいと依頼される。タナーは海運会社を営んでいるがマフィアでもあり、武器密輸の契約トラブルで東野組と揉めていたのだった。
東野が殺し屋・加藤次郎をロスに送り、娘のドレスの切れ端をタナーに渡して4日以内にタナー自身が日本に来なければ娘の命はないと通達。タナーは、かつて進駐軍憲兵として日本に勤務していた旧友のハリーに相談した。ハリーは日本語が堪能な上、田中健という暴力団の幹部と面識があった。
田中健は、ハリーには大きな義理があるので東野との交渉もうまく行くだろうというのがタナーの目算だった。こうして仕方なくハリーは二十年ぶりに東京へ向かう。ハリーにはボディガードで監視役のダスティが同行していた。ハリーとタナーの共通の友人のオリヴァー・ウィートの邸に滞在することになる。オリヴァーは日本文化に惹かれ、大学で米国史を教えていた。
ハリーはバー「キルマーハウス」を訪れる。戦後の混乱のさなかに田中英子と知り合い、子連れの英子が娼婦にならずにすんだのもハリーの愛情のおかげだった。別れた理由は米軍は日本軍だった兄の敵だったからとされていた。実は英子の夫・健が奇跡的に復員。健は妻と娘が受けた恩義を尊び、二人から遠去かる。ハリーには健と英子の関係を兄妹と話した。軍の命令で日本を去らなければならなくなったハリーはタナーからまとまった金を用意してもらい、バーを英子に与えたのだった。娘・花子も今は美しく成長して、心からハリーを歓迎した。
ハリーは健に会いに京都に向かう。健はヤクザの世界から足を洗い、剣道を教えていたが、義理を返すために頼みを引き受ける。タナーの娘が監禁されている鎌倉の古寺に忍び入り、娘を救出。今度は健の命が東野組に狙われる。健の兄で実力者の五郎でさえも健を救うことはできない。ハリーはタナーが東野と手を握り、自分たちを裏切ったことを知る。
東野組がウィート邸に殴り込みをかけ、目の前で花子とダスティが殺される。五郎も今は東野の部下である息子の四郎を見逃すことを条件に全面的な協力を約束。タナーを射殺したハリーは健とともに、賭場を開いている東野邸に殴り込む。健の振りかざした日本刀で東野を殺したが、誤って四郎の命を奪っていた。「出入り」の際だから仕方がなかったと五郎が止めるのも聞かず、健は指詰めをする。五郎から健が英子の実の夫であり、花子の実の父親であることを知らされた今、ハリーは健が自分のために払ってくれた義理に報いるためにアメリカに帰る日に健を訪ねる。既に指詰めを決意していた。健は「これ以上の友情はない」と語る。
キャスト
編集役名 | 俳優 | 日本語吹替 |
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フジテレビ版 | ||
ハリー・キルマ― | ロバート・ミッチャム | 浦野光 |
田中健 | 高倉健 | |
英子 | 岸恵子 | 寺島信子 |
タナー | ブライアン・キース | 福田豊土 |
五郎 | ジェームズ・シゲタ | 黒沢良 |
東野 | 岡田英次 | 小林修 |
オリバー | ハーブ・エデルマン | 木村幌 |
ダスティ | リチャード・ジョーダン | 野島昭生 |
加藤 | 待田京介 | 江角英明 |
花子 | クリスティーナ・コクボ | 信澤三恵子 |
村田 | 汐路章 | 細井重之 |
不明 その他 |
小川真司 丸山詠二 小野丈夫 坂井志満 広瀬正志 西村知道 葵京子 | |
演出 | 小林守夫 | |
翻訳 | 飯嶋永昭 | |
効果 | 遠藤グループ | |
調整 | 前田仁信/平野富夫 | |
制作 | 東北新社 | |
解説 | ||
初回放送 | 1978年10月20日 『ゴールデン洋画劇場』 |
スタッフ
編集- 製作:シドニー・ポラック
- エクゼクティブプロデューサー:俊藤浩滋
- 共同製作:マイケル・ハミルバーグ
- 監督:シドニー・ポラック
- 助監督:D・マイケル・ムーア、マイク・アベ
- 脚色:ポール・シュレイダー、ロバート・タウン
- 台詞監修:ホープ・ウィリアムズ
- 原作:レナード・シュレイダー
- 撮影:岡崎宏三
- アメリカン・シークエンス撮影:デューク・キャラハン
- 音楽:デイヴ・グルーシン
- 挿入歌:「ONLY THE WIND」作詞、阿久悠
- 美術:イシダ・ヨシユキ
- 音響:ベシル・フェントン・スミス
- 録音:アーサー・ペインタドーシ
- 編集監督:フレドリック・スタインカンプ
- 編集:トーマス・スタンフォード、ドン・ガイデス
- プロダクション・デザイン&第2班監督:スチーブン・グライムス
- ユニット・プロダクション・マネージャー:ジョン・R・クーナン
- 特殊効果:リチャード・パーカーカサイ・トモオ
- メーキャップ:ギャリー・モーリス
- 衣装デザイン:ドロシー・ジェーキンス
製作
編集岡田茂東映社長は、年に1、2本ロードショー出来る大作映画を作りたいと考えており[4]、合作の申し入れがあったことから、製作を決めた[4]。双方でお金を出し合うという選択もあったが、製作費を出すと中々ペイ出来ないだろうとリスキーな選択を避け、スタジオ・スタッフを提供する下請けを選んだ[4]。1973年10月27日、アメリカハリウッドで、俊藤浩滋プロデューサー、高岩淡東映京都撮影所所長ら、東映側から5人が出席して正式調印が行われたが[4]、ワーナーサイドに要求していた日本配給は世界配給と切り離して東映が配給を行うという要望は聞き入れられず、日本を含めて全てワーナーの配給になった[4]。東映は安全コースを取る形となったが、東映も世界マーケットに通用する映画を作れるというデモンストレーションや高倉健の知名度を上げるという意味では大きなメリットがあると判断した[4]。
撮影
編集役作りのため高倉健は日本屈指の剣道家である警視庁の中島五郎蔵を訪ねた。
製作・監督のシドニー・ポラックは、京都がとても気に入り、京都を精力的にロケハンに回った[5]。特に左京区南禅寺界隈別荘の怡園(旧細川家別邸)を気に入り[5]、ここを日本の組織のボスとして撮影に参加していた丹波哲郎邸に見立てて1974年2月7日から9日の三日間、別邸の十畳を二間を貸し切り、撮影が行われた[5]。役者の参加はロバート・ミッチャム、高倉健、丹波哲郎の3人で、この時点では高倉は丹波の実弟という設定で、誤って丹波の子どもを殺したため、高倉が旧友・ロバート・ミッチャムを伴い、丹波邸に出向き、高倉が丹波に詫びを入れ、高倉が指を詰める見せ場の撮影が行われた[5]。しかしポラック監督が「何で指を詰めるのか、身内なら止めるのでないか?」と反問したため、俊藤浩滋東映参与が懸命に説得したが、ポラック監督の説得は難航した[5]。丹波が岡田英次の交代した理由は分からないが、この一件で撮り直しや、ストーリーも変更が加えられたものと見られる。
備考
編集本作を気に入ったニュー・ライン・シネマは東映のヤクザ映画を購入するために来日していたが、千葉真一主演『激突! 殺人拳』を試写で見て、「ブルース・リー以上だ。素晴らしい」と心変わりし、ヤクザ映画ではなく、『激突! 殺人拳』の全米興行権を買い取っている[6]。
作品の評価
編集Rotten Tomatoesによれば、17件の評論のうち高評価は59%にあたる10件で、平均点は10点満点中6.8点となっている[7]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ “The Yakuza (1974)” (英語). IMDb. 2015年12月27日閲覧。
- ^ “The Yakuza (1974) - Alternate Versions” (英語). IMDb. 2015年12月27日閲覧。
- ^ “ザ・ヤクザ”. WOWOW. 2021年4月30日閲覧。
- ^ a b c d e f 井沢淳・高橋英一・鳥畑圭作・土橋寿男・嶋地孝麿「映画・トピック・ジャーナル 東映、安全路線で日米合作」『キネマ旬報』、キネマ旬報社、1973年12月上旬号、163頁。
- ^ a b c d e “ミッチャム、高倉健、丹波哲郎 "世界の顔"に殺気が… 雨の京都で指つめシーン”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 11. (1974年2月8日)
- ^ “本家ブルース・リーをしのぐ千葉真一”. 報知新聞. (1974年12月27日)
- ^ “The Yakuza (1975)” (英語). Rotten Tomatoes. 2021年5月9日閲覧。