カウラ事件など
石破 茂 です。
1944年8月5日に、オーストラリアのニューサウスウェールズ州カウラで起こった日本軍捕虜脱走事件(カウラ事件)から80年になります。545名の脱走は史上最多とも言われ、231名が死亡、108名が負傷したと言われています。
今週、ジャスティン・ヘイハースト駐日オーストラリア大使と昼食を共にした際、これが話題となりました。オーストラリアはジュネーブ条約を遵守し、捕虜たちに対して十分な食事と医療を提供し、野球や麻雀などの娯楽も認められていました。ところが日本軍捕虜たちには「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」という「戦陣訓」(1941年1月8日、東条英機陸相名で発せられた訓令)が叩き込まれており、「このように楽をしていてよいはずがない」「戦死した戦友に申し訳がない」「捕虜となったことが知れたら家族は村八分の扱いを受ける」などとの思いが募り、助かるためにではなく撃たれて死ぬために、成算のない脱走を図ったのではないかと言われています。捕虜たちはこの脱走計画の賛否を投票で問い、その8割が賛成したのだそうです。
現地では毎年慰霊祭が行われ、80周年の節目でもある今年は日本からの訪問団を迎え、例年よりも大きな式典があるとのことでした。私もこの事件の存在は知っていましたが、詳細については今回改めて学んだことでした。カウラ市には犠牲者を慰霊し、日豪友好を象徴する日本庭園もあるとのことです。
カウラ事件はNHKのドキュメンタリー(2005年)や日本テレビのドラマ(2008年)、映画(「カウラは忘れない」2021年)にもなっているのですが、不覚にもどれも視ておりませんでした。オーストラリアでは多くの人がこれを知っているのに(誰でも知っている、との指摘もあります)、日本ではほとんど語られることもないことに、自分に対する反省も込めて暗澹たる思いに駆られたことでした。
「空襲に遭ったら逃げずに火を消せ」と規定した「防空法」(昭和12年成立・昭和16年改正)によって多くの市民が命を落としたのも、「前線で兵隊さんが命を懸けて戦っているときに、市民が逃げることは許されない」との考えに基づくもので、これは「戦陣訓」に込められた思い(「思想」というべきものかはわかりません)と相通ずるものであったのでしょう。徒にパシフィズム的な言辞を弄するつもりはありませんが、過去を直視する誠実さと勇気は持たねばなりません。
米国バイデン大統領の選挙戦からの撤退表明には、ああ、やはりとの思いが致しました。あくまでも私見ですが、2021年12月8日、バイデン大統領が記者団からの問いに対して「ロシアがウクライナに侵攻しても、米軍を派遣することは選択肢にない」と発言したこと、また翌2022年3月11日にも「米国とロシアとの直接対決は第3次世界大戦になる」と述べて再度米軍の派遣を否定したことは、大きな問題であったと思っています。「ウクライナはNATOに加盟していないので米国は防衛義務を負わない」とわざわざ言及する必要はなかったし、これがロシアに誤ったメッセージを送ることになったとも思います。法的に整理すれば、国家同士が同盟関係にないことと、集団的自衛権を行使しないこととは別の話です。
その一方、2022年5月23日の日米首脳会談後の記者会見において「台湾防衛のため軍事的関与をする意思はあるか」との問いに対しては「イエス」と即答し、「それが我々のコミットメント(約束・責任)だ」と述べました。台湾はいかなる集団安全保障機構にも参加していませんし、米国の国内法である「台湾関係法」には米国の台湾防衛義務は全く定められていないのですが、この発言の中国に対する抑止効果は極めて大きく、高く評価されるべきものだったと思います。
最近常套句のように語られる「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」というフレーズは、それだけでは何らの国益にも資することはありません。ウクライナと台湾との対比を戦術も含めて深く検証し、それを踏まえて日本はどのように行動すべきなのか、法律上、装備上、運用上の準備を今から周到に進めることこそが肝要です。次期米国大統領がトランプ前大統領であれ、ハリス副大統領であれ、これは変わるものではありません。米国新政権とクリスチャン・シオニズムとの関係についても、よく知らべておかねばならないと思っております。
合衆国大統領は世界有数の激職であり、四年にわたってこれを務めたバイデン氏に対して、我々は深く敬意を表さなければならないのであって、いかに対立する立場であっても悪罵の限りを尽くす反対陣営の姿勢には強い違和感を覚えます。
本日の自民党総務会において、岸田総裁のイニシアティブにより全国で展開されている、自民党改革について全国各地の意見を聴く「車座対話」はいつ一巡し、、党本部に設けられた刷新本部においていつ総括を行うのかを質したのですが、明確な回答は得られませんでした。地方の声を等閑視した時に自民党が危機を迎えるのは経験則上明らかなのであり、執行部として真摯に対応されることを切に望みます。
酷暑の日々、皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。