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「Winnyは既に必要な技術ではなく、危険性を認識すべき」高木氏講演


 大阪弁護士会館で17日、情報処理技術と刑事事件に関するシンポジウムが開催された。シンポジウムは、Winny事件の判決を契機にIT技術と刑事事件を考えるという内容で、大阪弁護士会刑事弁護委員会、情報処理学会、情報ネットワーク法学会が共同で主催した。

 シンポジウムでは、Winnyの開発者である金子勇氏によるWinnyの概説や、ファイル共有ソフトに関する刑事法的な問題点など、技術と法律の両面からWinnyやファイル共有ソフトの問題点についての講演が行なわれた。午後の講演では、産業技術総合研究所の高木浩光氏が「ファイル共有の抱える技術的な問題点」と題して、セキュリティの観点から見たWinnyの問題点を語った。


Winnyは「人が望まない」ことを止められない点が問題

産業技術総合研究所の高木浩光氏
 高木氏はまず前提として、「Winnyがどのような目的や意図で開発されたのかという話とは無関係に、結果としてのWinnyを基に議論を進める」と説明。講演は、開発者が逮捕された問題とは独立した、Winnyというソフトの問題についての解説であるとした。

 高木氏は、2002年に多発した情報漏洩事件を受けて「Winnyは危険である」と考えるようになったという。この頃の情報漏洩は、Webサーバーの設定ミスなどにより、個人情報が含まれるファイルが外部から普通にHTTPでアクセスするだけで閲覧できてしまうといったものが多かった。こうした情報の多くは2ちゃんねるに書き込まれることで発覚し、広く問題として知られるようになった。

 一方で、掲示板にはこうした漏洩ファイルを「どこかに再アップロードしてくれ」といった書き込みもあったが、これに応じる人はほとんどいなかったという。これは、そのようなファイルをアップロードすれば、その人が責任を問われる可能性があることがわかっていたからではないかと説明した。

 高木氏は、このようなやりとりを見ている中で、「だったらWinnyにアップロードすればいい」といった書き込みがあったことから、Winnyに注目。Winnyを試用してみた結果、こうしたネットワークに漏洩ファイルが流されるのは危険だと認識したという。高木氏は、当時Winnyについて議論していたコミュニティにおいて、「Winnyは著作権侵害よりもむしろ、名誉毀損やプライバシー侵害にあたるような映像の拡散が止められないといった観点からの懸念がある」と発言しており、他の関係者もこうした認識を持っていたと思うとした。

 こうしたことから、高木氏はWinnyについて「人がいやがるようなことをする輩が現われた時、たとえそれが多くの人が望まないことであっても、それを誰も止められない」ソフトであると説明。たとえ多くの人が流通するのは問題であると考えているファイルでも、それを止めることが出来ない点が問題であるとした。

 Winnyにはキーワードによる自動ダウンロードや、一定の確率で発生する中継などの仕組みがあり、ファイルが拡散する。さらに、Winnyのキャッシュフォルダ内のファイルは暗号化されているため、ユーザーが自分のPCでどういうファイルを送信可能な状態にしているのかを気付きにくくしており、一方でキャッシュの中身を知ることは送信可能化権の侵害を自覚することにつながるため、ユーザーの側でもキャッシュの中身を知ろうとはしないと指摘。結果として、ユーザーは無自覚なまま、望まないファイルであっても拡散の手助けをしてしまう仕組みになっていると指摘した。


高木氏がWinnyに注目した経緯 Winnyの性質は「多くの人が望まないことであっても、誰もそれを止められない」

止められない理由は「自動ダウンロード機能」「中継機能」と、自分が何を送信しているかを自覚しない仕組み ユーザーは「キャッシュ」の中身を知ろうとはしない

代替技術もあり「Winnyは既に必要な技術ではない」

 高木氏はWinnyについて、現在では他の技術も存在することから「既に必要な技術ではない」と主張する。例えば、情報発信にはWebサーバーを使えばいいという意見には、「Webサーバーではアクセス集中が生じるので配信に費用がかかる」といった反論もあるが、こうした用途であればBitTorrent方式で十分であると説明。あるいは、「違法な目的ではないが、匿名で情報発信したい場合もある」という意見に対しても、そうした目的であれば捜査などにより身元が特定される可能性は低く、Webサーバーで十分ではないかとした。

 高木氏は、こうした「Winnyは必要だ」とする反論の中で、問題となりそうなのは「法的にグレー、あるいは身の危険を感じるようなファイルを匿名で公開したい」という場合ぐらいだと説明。ただしこうした場合でも、Winnyのように削除できない仕組みまでは必要がないとして、2006年に公開された「squirt」というソフトを紹介した。

 squirtは、ファイルの削除要求ができる仕組みを持っている点が特徴で、誰かが特定のファイルに削除要求を出すと、そのファイルやキャッシュを持っているユーザーに通知があり、ファイルを削除するかどうかはユーザー側が選択できる。これにより、多くの人が問題であると考えるファイルは削除され、流通させることが必要だと考えるファイルは削除されない。高木氏はこのsquirtの仕組みを「バランスの良い仕組みだ」と考えたという。

 しかし、結果としてsquirtは普及しなかった。これは、squirtの作者が開発を中止したことが直接的な原因だが、高木氏はsquirtに対する掲示板の反応などからは「このソフトがWinnyにとって代わることで、都合が悪いと感じている人たちもいるのだろうと思った」という。それは、squirtの仕組みでは、著作権者などからファイルの削除要求が来た場合には、それに応じなければ著作権侵害の意図があると見なされてしまうためで、「結局、著作権侵害を続けたいと考えている人が多いということではないか」とした。

 また、米国などと日本の状況を比べた場合には、「日本では送信可能化権の整備や刑事処罰などを進めたことで、逆にWinnyのようなソフトが必要とされる結果となってしまい、同時に流出したプライバシー情報の流通も止められなくなってしまった」と指摘した。


Winnyは既に他の技術で代替可能であるという説明 正当性のある匿名性発信のためであっても、削除機能は実装できる

「作者の逮捕はおかしい」という主張とWinny自体の問題は別

 Winnyの開発者が逮捕されたことで、Winnyを擁護する識者論評などもあるが、高木氏は「作者が幇助罪で処罰されるのはおかしい」という意見とWinny自体の問題は独立して考えるべきだと主張する。

 情報漏洩の問題では、「会社から情報を持ち出す行為が悪い」「ウイルスを作成して流す行為が悪い」という主張があるが、それを理由にして「Winnyは悪くない」というのはおかしいと説明。ファイルが利用者の意図とは無関係に拡散していくWinnyネットワークの存在はやはり社会にとって危険であり、情報が漏洩した原因と流通・拡散した原因は分けて考えるべきだとした。

 また、情報漏洩の原因となるウイルス被害については、「ウイルス対策ソフトで防げるはずだ」「リテラシーの向上で防げるはずだ」といった意見に対しては、「未知の脆弱性を悪用するようなゼロデイ攻撃であれば、自分にも防ぎようがない」と説明。「Winnyを使わなければ大丈夫」というのも誤りで、Winnyのプロトコルは既に解析されており、ウイルス自身がWinnyプロトコルでファイルを放流するという可能性を考えれば、誰にでもファイルをWinnyに漏洩させられる危険性があるとした。

 依然として続いているWinnyによる流出やその報道に対しては、「まるでお祭り騒ぎ。見物客は他人事として楽しんでおり、被害者は同情されない」として、こうした状況は危険であると指摘。多くの人は「Winnyを使うのはどうせ人には言えないような目的だろう」「問題はウイルス対策もしていない、安全な拡張子も見分けられない初心者」「個人情報を持ち出した奴が悪い」といった目で見ているが、前述のようなウイルスが登場した場合には誰でも被害者になる可能性があると警告。Winnyネットワークの存在、自動流通という問題の社会的危険を理解すべきだとした。

 高木氏は再度注意として、この講演はWinnyネットワークと同種のものがこのまま社会に存在し続けることについての有害性について語っているもので、作者が逮捕された事件とは独立して議論が必要だと説明。Winnyは著作権侵害の目的以外では既に代替手段があり、Winnyがウイルスやワームの流通プラットフォームになってしまっているという現状からは、ウイルス頒布の処罰化が現在検討されているのと同様に、Winnyネットワーク等の稼動(Winnyの使用)の違法化についても検討すべきだと主張。「Winnyネットワーク等」の定義をどうするのかの線引きは難しいとしながらも、検討は必要だと考えるとした。

 また、「著作権侵害目的でない限り、Winnyは不要だ」と言っているが、Winnyが開発途上のソフトで、代替技術で十分であることに当時気付いていなかったのであれば、「作者が無罪であること」と両立し得ないものではないと説明した。「Winny作者は無罪であるべきという思想であるからといって、Winnyは不要であり社会にとって危険であるという事実から目を背けるべきではない」と述べた。


「顧客情報の持ち出し」「ウイルスの作成」が悪いからといって、「Winnyは悪くない」とは言えない ウイルス対策ソフトやリテラシー向上だけでは防げない

「Winnyを使っていなければ大丈夫」とは言い切れない 作者が逮捕された事件とは別に、Winny自体の危険性についての議論が必要

関連情報

URL
  情報ネットワーク法学会
  http://in-law.jp/
  情報処理学会
  http://www.ipsj.or.jp/
  大阪弁護士会
  http://www.osakaben.or.jp/
  関連記事:本誌記事に見る「Winny」開発者の有罪判決へ至る経緯
  http://internet.watch.impress.co.jp/static/index/2006/12/13/

関連記事
“世界に誇るべきソフト”Winnyに合法的利用の未来はあるのか?(2004/06/28)


( 三柳英樹 )
2007/02/19 21:26

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