クマムシ博士のむしブロ

クマムシ博士が綴るドライな日記

タイムトラベラーと肉体関係を持つのは危険

進化は、オスとメスの間に不思議な関係を作り出してきました。オスとメスの交尾にまつわる利害の対立も、そんな関係のひとつです。


・男と女のラブゲーム


例えば、ハエの場合。


ハエは乱交型の生き物です。ハエの花子ちゃんがハエの太郎君と交尾をした後、花子ちゃんは別のオスバエの一郎君を受け入れてしまいます。


でも、太郎君にとってみれば、花子ちゃんには確実に自分の子供を産んでもらいたい。その方が自分の遺伝子コピーを持つ個体を増やせる(進化学では"適応度が上がる"という)からです。


そんな願いを叶えるべく、太郎君や他のオスバエの精液には特殊能力が仕込まれています。彼らの精液には、他のオスバエの精子を弱らせる作用があります。


上の場合だと、太郎君が花子ちゃんの体内に放出した精液によって、後から一郎君が放出した精子が弱るため受精できなくなります。これで、太郎君は花子ちゃんに確実に自分の子供を産んでもらうことができます。


次に、アメンボの場合。


アメンボでは、交尾の後もオスがメスにがっしりとしがみつき、なかなか離れようとしません。オスは、こうすることで他のオスがメスと交尾するのを邪魔します。やはり、メスに自分の子供をちゃんと産んでもらうためです。


いずれの場合も、オスが自分の精子を確実に受精させる、という進化の過程で築かれた戦略と考えられています。しかし、これらの戦略はメスにとって迷惑だったりします。


ハエのオスの精液は毒性作用があり、メスの寿命は縮んでしまいます。また、アメンボでは、オスが交尾後もメスにしがみついたままだと、メスは餌をとるのが不自由になり、生存にとって不利な状況に追い込まれるでしょう。


オスの思惑からすれば、相手のメスが自分との子供を一定数産んでくれれば、メスの寿命が縮もうが、そんなのはどうでも良いことです。しかし、メスからすれば、こんなオスの思惑通りになるのはまっぴらごめんで、なるべく死ぬまで元気でできるだけ多くの子供を産みたいのが本音でしょう。


なので、メスも黙ってはいません。ハエのメスは、オスの精液の毒素を分解する物質を作り出したり、アメンボではオスがしがみつきにくくなるような発達した脚を持つことで、オスをぶっ飛ばしやすくしています。


・現在、過去、未来のパートナーと交尾比べしてみよう


今回、このようなオスとメスの対立はどんなふうに進化してきたのだろうか?という疑問に答えてもらうために登場したのが、乾眠動物のアルテミア(シーモンキー)です。


Male-female coevolution in the wild : evidence from a time series in Artemia franciscana: Evolution


アルテミアの耐久卵は、クマムシと同じように乾燥した状態で何年も生きながらえます。その後、塩水に浸すと発生が進んで孵化します。


アルテミアのオスでは第二触角が大きく発達しており、交尾のときにこれでメスをがっちりと捕えます。アメンボと同様に、この"しがみつき"行動がメスに何らかの不利益を与えると考えられています。



アルテミア(Artemia salina) from Wikipedia


フランスの研究者らは1985年、1996年、2007年に採集して乾燥保存しておいたアルテミアの卵を、実験室で一斉に孵化させました。ちなみに、1985年と2007年のグループでは、推定160世代ほどの隔たりがあるそうです。そして、その次世代のアルテミアを、各年代グループの間で交尾させ、メスの産卵数や寿命を調査しました。


つまり、過去や未来の個体と交尾させてみたということです。


その結果、過去あるいは未来のオスと交尾したメスは、現代のオスと交尾した場合よりも寿命が縮まることが確認されました。ただし、生涯で産む子供の数に有意な違いはありませんでした。


過去や未来に由来するオスのしがみつき行動が、メスにの生存に何らかの負の影響を与えていることが示唆されます。メスが今現在持っているオスを排除する防御機構(アルテミアのメスに防御機構があるか不明だが)は、異なる時代に生きるオスには通用しにくいのかもしれません。スーパースピキュレーションですが。


メスの寿命や産卵のタイミングなどを色々なパラメータを使って計算すると、メスは未来のオスと交尾した場合に最も不利益を被る(適応度が最低になる)ことが導き出されました。(年代間の適応度の違いからは、この共進化が軍拡競争的なのか変動的なのかは判別できませんでした。)


今回の結果からは、女の子は未来のパートナーと肉体関係を持つのはやめておいた方が良い、ということが言えるかもしれません。少なくともアルテミアに関しては。


この研究は、乾眠動物の特徴を上手く利用して進化学上のトピックを突いていますが、交尾中にオスがメスにしがみついていた時間が世代間の組み合わせで違った、なんていうデータがあればもっと面白かったのに、というのが感想でした。(あと仕方ないのですが生データがあまりきれいでないため、やたら複雑なモデルを使っているのが何とも。)


共進化とはちょっと違いますが、例えばコールドスリープ技術などが仮にできたとして、1000年後に目醒めた世界で誰かと肉体関係を持ったりすると(持たなくてもか)、出くわしたことのないウィルスに感染して命に関わることになるかもしれないですね。


(注:この記事では分かりやすさを優先するために正確な進化学的表現をあえて使っていません。あしからず。)


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