望月優大のブログ

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「性器の傷跡を見ればどのグループの仕業かわかる」デニ・ムクウェゲ医師がコンゴの紛争資源と組織的性暴力について語ったこと

「性器の傷跡を見ればどのグループの仕業かわかる」

コンゴのデニ・ムクウェゲ医師の講演を聞いて、この言葉が今も頭に残っています。その背景にどういう意味、そして社会的な構造があるか、自分に理解できた範囲で共有できればと思います。

f:id:hirokim21:20161004211736j:imageデニ・ムクウェゲ医師

ムクウェゲ医師はコンゴ民主共和国(DRC ; Democratic Republic of Congo)の医師でノーベル平和賞の本命とも言われています。コンゴの現状を伝えるアドボカシーのために世界を回っており、その途上でいま日本に来ています。10/4に東京大学で行われた講演会を聞きに行ってきました。

デニ・ムクウェゲ医師講演会:コンゴ東部における性暴力と紛争鉱物 | イベント | 東京大学

ムクウェゲ医師及びムクウェゲ医師の日本招聘に尽力された方々によるアドボカシー活動にほんの少しでも貢献できればと思い、このエントリを書いています。

米川正子氏による背景の説明

ムクウェゲ医師による講演の前に、以前UNHCRでコンゴ東部のゴマ所長をされていた立教大米川正子准教授による背景の説明がありました。(米川氏によるこちらの記事も是非合わせてご一読ください。)

f:id:hirokim21:20161004211556j:image米川立教大准教授

  • DRCでは、96年の第一次紛争勃発以来、累計で600万人以上とも言われる第二次大戦以降、一つの地域で最大の犠牲者が発生している。しかし、隣国ルワンダのジェノサイド等に比して、そのことはあまりに知られていないし注目されていない(そもそもコンゴでの紛争はルワンダ紛争の余波でルワンダ軍がコンゴ東部に侵攻したことから発生した)。
  • 国家は国民を保護する役割を負っていると考えるのが普通だが、DRCでは国家自身が加害者となっている現状がある。反政府勢力との境界線も曖昧で、資源の搾取を目的として協力関係を持つことも多い。これは近隣のルワンダやウガンダでも見られる構造。
  • 国際機関の働きにも問題がある。国連PKOは文民や市民を保護するというよりも、戦争犯罪人を保護しながら軍事作戦を行っている。国際刑事裁判所(ICC)は「small fish」ばかりを裁いており、国家元首を含む「大物」を意図的に起訴していないと考えられる。コンゴ東部での戦争犯罪についてはまだ一度も起訴がされておらず、こうした不処罰の背景には紛争鉱物の問題があると考えられる。

「コンゴは扉も窓もない宝石店のようなものだ」

続いてムクウェゲ医師の講演に移ります。ムクウェゲ医師はまずDRCにおける法治国家の不在と、それが紛争資源問題とどう関係するか、そのことから語り始めました。(以下ムクウェゲ医師の発言内容は同時通訳で聞いた内容を部分的に要約したものです)

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中央アフリカの大きな部分を占めるDRC

  • 紛争鉱物と呼ばれ、不法な開発が横行している3T+G(すず、タンタル、タングステン+金) 。特にタンタルはDRCに世界中の埋蔵量の8割が集中しているとされ、またすずやタングステンよりも同じ重量あたりの価格がかなり高いこともあって問題視されてきた。タンタルは熱や腐食に強いことから、PC、携帯・スマホ、最近ではロケットやミサイル、飛行機にも使われている。
  • こうした天然資源、鉱物を採掘、開発していくにあたり、DRCではそれらが法的に管理される状況になっていないということが問題である。最低賃金や労働時間規制などを含む様々な労働規制がそもそも存在せず、女性や子どもの重労働などによる人権侵害も当たり前に行われている。ムクウェゲ医師は「扉も窓もない宝石店のようなもの」と言っていた。
  • 同じことを鉱物を調達する(多国籍)企業側の視点から見ると、国家としての脆弱性はむしろ調達コストの低下と映る可能性がある。すなわち、末端の職人、労働者は奴隷のように扱われ、仮に賃金が支払われたとしても、非常に低いレベルに抑えられてしまう、そのことが調達上のメリットと映ってしまう可能性があるということだ。
  • 武装勢力を含む中間の業者としては、現地住民を酷使することで天然資源を安価に入手し、それらをある程度の高値で国外の様々な企業に売却可能なサプライチェーンが一度構築できさえすれば、その後は安定的に利ざやが確保できる。そうすることで、武器の購入など、鉱山及び周辺コミュニティの支配を目的とした武装勢力の維持・強化のための費用を外部資金調達なしにまかなうことができる。

コミュニティ全体をトラウマ化し支配するための組織的性暴力 

私たちが普段暮らす中で意識することもない法治国家という前提。その前提が不在のうちに、コンゴ東部で長年起きている悲劇。ムクウェゲ医師が医師として被害者、サバイバーに対するケアを粘り強く行っていく中で、目撃し、理解し、世界に訴え続けてきたこと。ムクウェゲ医師の講演が核心部分に迫っていきます。

f:id:hirokim21:20161004211518j:imageムクウェゲ医師についてのドキュメンタリー作品「女を修理する男」(難民映画祭HP)

  • コンゴ東部で大規模かつ組織的に行われ続けている集団レイプは個人個人の性的な欲求に基づくものではない。それは、紛争資源を産出する鉱山近くのコミュニティを恐怖によって支配し、鉱山を独占的に支配するためにある種合理的に選択された手段である。
  • レイプはシステマティックに行われる。一晩のうちに、ある村の200-300人の女性が全員犯される。生後6か月の幼児から80代の老婆まで、無差別に、全員が性的暴力の標的になる。こうした性的暴力は、夫や子どもの眼前で行われる。コミュニティ全体をトラウマ化し、恐怖によって支配するためだ。こうした迅速かつ大規模なレイプは計画的にしか成しえない。それは、性的テロリズムである。
  • 性的暴行を行う際、それぞれの武装勢力は異なる形で、「一生残る特定の傷跡」を残す。例えば、あるグループは木の棒や銃を用いて膣に穴を開ける。したがって被害者、サバイバーの性器に残った傷跡を見ればどのグループによる犯行であるかをムクウェゲ医師は把握することができる。このようにあるグループ内で共有された行いの存在は、そのことを可能にする集団的な研修のようなことが行われていることを想像させる。そして、刹那的な性的欲求とは全く異なる計画性、目的意識の存在を感じさせる。
  • こうして恐怖によって支配された鉱山近くの村では、そのコミュニティ自体から逃亡する者も多い。残った者は、鉱山で奴隷のような条件で労働させられる。

遠くの国の私たちとの関係

コンゴ東部で産出される天然資源は、ムクウェゲ医師がすでに語った通り、PCやスマホなど私たちの身近な製品を生産するのに今や欠かせないものとなっているそうです。こうした事態に対して、企業、あるいは個人としてどんな視点を持ち、どんなことができうるのか。トレーサビリティの確立、資源開発や最終生産物に関わる企業や消費者の倫理、そうしたテーマが講演の終盤で語られました。

f:id:hirokim21:20161004211542j:imageタンタルなどレアメタルを取り扱う企業の方も登壇されていた

  • 2010年に米国でドッド=フランク法という金融改革法が制定された。その1502条において、DRCで産出される4種類の鉱物(3T+G)を利用する企業は、その出所及びトレーサビリティを調査し、報告書を公表する義務が課せられた。これによって、米企業だけでなく、米企業と取引をする海外企業(日本企業含む)にも同様の規制がかかることになった。
  • EUでも同様のガイドラインが近年制定され、トレーサビリティの確立が進んでいる。(しかし、日本ではまだ国内法が整備されていない。)
  • 2014年にムクウェゲ医師が旧ソ連の物理学者アンドレイ・サハロフに由来する「思想の自由のためのサハロフ賞」を受賞した際にスピーチした内容を、ムクウェゲ医師は再度以下のように語り直した。
  • 曰く、私たちは事態の原因そのものを解決するような手段をとるべきである。それぞれの国で必要な法律をつくりきちんと実施することだ。そのとき考慮に入れるべき3つの目的は、①不法な鉱物資源と紛争のつながりを切ること、②武装勢力の資金源を断つこと、③望まない移動、レイプ、強制労働といった人権侵害を阻止すること。
  • 曰く、そうした法律の制定は企業活動の自由を奪うだろうか。否、倫理を樹立するために、人権を守るという責任を果たすために必要なことである。自由を野放しにすることで、自由は死んでしまう。

ムクウェゲ医師からの最後の言葉

講演の最後にムクウェゲ医師が話した言葉をご紹介して、このエントリを閉じたいと思います。(当日の同日通訳の方の言葉づかいに沿った形になっています)

世界人権宣言の理想がありますが、コンゴ東部に住む人たちにとっては、それがいつからどのように現実になるのか、ということが問われると思います。そこにある野蛮、非人道的な状態からどうやって抜け出すことができるのか。いつ平和と人権、そして正義が守られる世界が来るのか。世界人権宣言、人々の人権を考えずに、グローバル経済を作り出すということがどうやってできるのか。

私は言い続けて尽きることがないのですが、企業は決して私たちの敵ではありません。人権に対する敵でもありません。むしろその反対です。私たちのパートナー、それ以上の友人です。平和を実現できる人たちであり、社会的な正義を実現できる、また持続的な発展を促進するためのテコでもあります。

ですので、今やわたしたちは、そして皆さんは、自分の国の政治的なリーダーに対して要求をしていくときがやってきました。紛争地域から来る鉱物資源の規制をするための法律を作ってほしいと要求をするときがきました。そして、自国のメカニズムの中で、自国できちっと証明ができて、そしてデューデリジェンスを果たすことができるようなサプライチェーンの確立というものが、輸入者を含めて、確立していくように要請していくときが来たと思います。

また、私たちは消費者として、私たちが買う商品の中にどういうものが使われているのか、それがどこから来ているのか確認するという責務があります。それが、人の人権、女性の破壊という非常に酷い状態を経てつくられたものなのかどうか、得られたものなのかどうか、それを販売する人に尋ねて確認ができるような状態をつくり出すということが必要になります。(中略) 

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ある文明が偉大な文明かどうかを測る時に、それは、物がたくさんある、あるいは快適に生活ができるということで測られるわけではありません。いかに意識が高いか、ということで測られるわけです。人が平等である、そしてまた、お互いを助け合って、お互いが相互依存をしているから、相手と共に豊かになろう、そういう意識が高い文明こそが、優れた文明なのです。

共通の人類に私たちが所属しているならば、立ち上がりましょう、そして戦いましょう、共に。蹂躙されている、尊厳を奪われている女性のために。そして、常に従属を強いられている、不法な戦争とおぞましい性的な暴力の犠牲になっている人々の平和のために、立ち上がって戦いましょう。

プロフィール
望月優大(もちづきひろき) 
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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
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