名門男子校・武蔵学園の教員が説く「学力の“成長曲線”」とは

武蔵高等学校中学校
武蔵高等学校中学校
武蔵高等学校中学校広報担当の高野橋(たかのはし)雅之さん=提供写真
武蔵高等学校中学校広報担当の高野橋(たかのはし)雅之さん=提供写真

 初回のコラムを担当させていただきます武蔵高等学校中学校広報担当の高野橋(たかのはし)雅之です。普段は学校の魅力を発信しつつ、数学の授業や部活動を通じて、生徒たちと日々向き合っております。どうぞよろしくお願いいたします。

 武蔵高等学校中学校は、東京都練馬区にある中高6年一貫の男子校で、1922年の創立以来、「東西文化の融合」「世界に雄飛」「自ら調べ自ら考える」を教育の三理想としています。「大学進学は通過点に過ぎず、その先の長い人生で何をなすのかが重要」という価値観を大切にしている本校の最大の特徴は「学問の存在」です。

学問とは

 学問とは何のことでしょうか。中学1年生の数学の題材を例として説明しましょう。

 1÷3=0.3333…であることは皆さんご存じですね。この両辺を3倍すると、1=0.9999…となります。この結論に対しては生徒たちからさまざまな意見が出てきます。

 「0.9 0.099 0.999 などすべて1より小さな数だから、0.9999…も1より小さい。だから正しくない」「1÷99=0.010101…の両辺を99倍しても1=0.9999…が出てくる。この他にもたくさん例があるから正しい」などなど、どれも一理あります。どのようにまとめればよいでしょうか。

 まず、割り算、等号、無限に続く小数の意味を確認した方がよさそうですね。さらに、進めた論理が正しいか点検する必要もあります。客観的に認められる事実を議論のスタート地点とすること、正しい論理で考えて結論を得ること。この一連の思考方法を私たちは学問と呼んでいます。

 「みんながそう思うから」「先生がそう言うから」のみでは学問と言えません。民主主義や権威主義は学問ではないのです。人から教わってうのみにするのではなく、「なぜそうなのか」を調べ考える姿勢こそが学問の本質であり、本校ではそれをとても大切にしています。

武蔵高等学校中学校の授業風景。「自調自考」の精神を掲げている=提供写真
武蔵高等学校中学校の授業風景。「自調自考」の精神を掲げている=提供写真

武蔵生に共通するもの

 私自身も中高の6年間をこの武蔵で過ごした一人です。とくに中学時代、毎日の授業は本当に面白く、学問的好奇心が心の中から湧き出るのを実感していました。とりわけ数学と理科への関心が高まり、その方面の本をむさぼり読むようになりました。

 「四次元の世界」「相対性理論」「10番目の惑星」「新しい元素の発見」などのキーワードに魅惑され、「なぜそうなのか」という知的好奇心を強く揺さぶられた経験は、今思い出しても胸が熱くなります。分野は人それぞれですが、自分が興味を抱いたものを夢中で深めてゆく経験は、すべての武蔵生に共通のものです。他人から指図されたり成果を求められたりすることもなく、自身の知的世界を学問的探究によって自由に構築していける楽しみと喜びは格別なものでした。

第一線で活躍する卒業生

 学問の精神が生き続けている環境だからこそ「自ら調べ自ら考える力」が自然と育まれます。それがその後の人生を豊かにするのみならず、世の中を発展させる原動力ともなっています。武蔵で育った卒業生の皆さんの中には、社会に出てからも独創性を発揮し、リーダーとして社会に貢献する働きをしている人たちが大勢います。小惑星探査機はやぶさの國中均(くになか・ひとし)さん、年越し派遣村の湯浅誠さん、アフリカでのエボラウイルス撲滅活動等が評価されて昨年の東大入学式で来賓スピーチを務めた馬渕俊介さんなどがその好例です。

武蔵学園の大講堂で講演する卒業生の馬渕俊介さん。アフリカでのエボラウイルス撲滅活動などが評価されている=提供写真
武蔵学園の大講堂で講演する卒業生の馬渕俊介さん。アフリカでのエボラウイルス撲滅活動などが評価されている=提供写真

 社会の第一線で活躍する卒業生の皆さんは、武蔵で一体どのような少年時代を過ごしたのでしょうか。普通の12歳の少年がすくすくと成長して志を抱き、やがて夢を実現する。長年の教員生活の中で多くの生徒・卒業生の成長を見守ってきた私たちだからこそ、人間の成長とその後の可能性について自信を持って言えることがあります。

 この連載では、本校の教員が自身の信念と経験に基づきつつ、日々の教育活動を通じて感じていることや考えていることを、読者の皆さんへお伝えしたいと思います。

学力の「成長曲線」とは

 さて、後半は別の話題を提供したいと思います。「成長曲線」についてです。学校では子供たちの身長を定期的に測定していますが、横軸を時間、縦軸を身長として測定した時期と測定値を一つの点として表し、複数の点が打たれたら、それらを自然で滑らかな曲線でつなぐと成長曲線の出来上がりです。

 成長曲線を見ると、身長の伸び方がはっきりとイメージできます。多くの場合、身長は一定の伸び方を継続するわけではなく、いわゆる成長期に急激な伸びを示します。その時期がいつ来るかには個人差があり、高校を卒業して大学生になってから急に高身長となる子もいます。

 それでは身長ではなく、学力の伸びはどうでしょうか。横軸に時間、縦軸に学力をとれば、学力の成長曲線が得られるはずです。学力の成長曲線は、どのような形をしているのでしょうか。身体の成長と同じく、脳も成長します。15歳ごろを境として「子供脳」から「大人脳」へ変わるとも言われています。学力の成長曲線にも、急激な伸びを示す「成長期」があると思われます。

「成長期」に個人差

数学科の教員として教壇に立つ高野橋雅之さん=提供写真
数学科の教員として教壇に立つ高野橋雅之さん=提供写真

 身長の「成長期」に個人差があるように、学力の「成長期」にも個人差が見られます。15歳ごろには意外に大きな幅があります。早熟で中学1、2年の頃から数学に目覚める子がいる一方で、高校2、3年になってようやくしっかりした理解力を示す子もいます。

 このような現実を冷静に見るとき、一つの仮説が浮かび上がります。「学力テストで測定しているのは、ひょっとすると本人たちの努力の度合いではなく、成長の度合いなのではないか?」努力0%、成長100%であるとは言いません。しかし、成長の度合いが大きく影響しているという認識があるのとないのとでは、本人へのアドバイスの仕方や今後の指導方針が大きく違ってきます。

 ある卒業生のエピソードを紹介しましょう。およそ10年前に教え子であったA君は、高校1年生のときには数学の基礎基本がおぼつかず私たちの心配の対象でした。そのA君は、高校2年生のあるときから突然授業態度が前向きに変化し、目を輝かせて鋭い発言を重ねるようになり、成績も急上昇して私たちを驚かせました。

「急成長」のきっかけは

 何が彼を変えたのでしょうか。高校2年生からは数学の授業が文系理系の志望別となるために萎縮せずに自由に質問をできる学習環境となったこと、前述のように脳の発達によって思考力が上がって授業内容を深く理解できるようになったことがその理由かもしれません。また、将来の方向性が見え始め、学習は希望の進路へ進むために必要だという自覚が生まれたのかもしれません。本当の理由は定かではありませんが、彼が突然いい意味で別人のように変化した事実に変わりはありません。その後彼は慶応大学に進学、卒業後は演劇や映画の分野で独創的な活躍をしています。「目覚める瞬間」はいつ来るか分かりません。

 子どもたちは可能性の塊であり、自ら育ちます。その可能性を信じつつ、成長を妨げる要因を除去してよりよい環境を保つこと、そして「目覚める瞬間」を辛抱強く待つことこそ、学校および教師や親など子どもたちの周囲にいる大人の大事な役目であると思わざるを得ません。

 よい環境といっても、ぬくぬくとした温室がよいとは限りません。本当の意味で何がよい環境なのでしょうか。それは今後の連載の中で深めてみたいテーマのひとつです。

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