フェスティヴァル・ヴァリエーション
Festival Variations
C.T.スミス
(Claude Thomas Smith
1932-1987)
「華麗なる舞曲」「ファンファーレ、バラードとジュビリー」「ルイ・ブージェワーの讃歌による変奏曲」の名作でも知られるクロード・スミス(冒頭画像)の代表作。アメリカ空軍ワシントンバンドと指揮者アーノルド・ゲイブリエルの委嘱により1982年に作曲された。
委嘱者名を聞いただけで身構えるのが奏者としては正しい!技量の高さには並ぶものがない同バンドの委嘱作品なのだから…。1980年代を代表する吹奏楽オリジナルの傑作にして、吹奏楽の可能性を極限まで追求した作品の一つであり、人気も絶大である。
♪♪♪
快速できらびやかな前半部~緩やかで、高度で多彩な音色のソロが連発し、劇的なクライマックス(左画像)に到達する中間部~さらに輝かしく鮮烈な後半部と、俯瞰すれば三部形式。旋律は現代的ではあるが明快で、全般には率直な音楽である。しかし、吹奏楽の持つ機能美を発揮し尽くすさまには、ただ唸るしかあるまい。
「深み」だの「内面性」だの、そういった議論は吹っ飛ばしてしまう凄み。技巧的、というのもここまで極められ止揚されると、強烈な音楽の快感となる。「いいのかなぁ」などと疑問を持つのは一切止め、奏者も聴き手も感性を研ぎ澄ませてその快感を追求する。-そういった感覚で対峙すべき音楽である。中間部の劇的な曲想、ロマンチシズムにもどっぷり浸かってしまえば良い。
♪♪♪
全パートに高度な技術を要求する大変な難曲だが、殊にホルンパートについてはまさに”心臓破り”。
作曲者スミスが「学生時代ライバルであった空軍ワシントンバンドの主席ホルン奏者を困らせるために書いた。」と嘯くように、冒頭から音域が広く難度極まるホルンのソリで始まる。
中間部もホルンの大ソロ。
これに続き、次々と低音楽器を中心にソロが現れる。
そして劇的な中間部のクライマックスでもホルンはオブリガートの絶唱、後半部の始まりもホルンの咆哮なのである!
このホルンも然りだが、決して難しいだけでなく各楽器の特性や音色を存分に活かすスミスの手腕には脱帽である。人気の源は奏者に「よくぞ書いてくれた!」と思わせるフレーズが続々と現れることに他ならない。
快速な前半部は旋律とオブリガートが同時的に進行していくのが現代的で、音色を変え、ダイナミクスを変え、表情を変えるその変容ぶりが聴きもの。
[旋律]
[オブリガート]
中間部のクライマックスは全曲のエンディングかと錯覚させるほど劇的に高揚するが、ここもバンドの技量・体力両面でギリギリのところを突き、拮抗した緊張感を生んでいる。
後半部は更に激烈さを増し、作曲者と奏者のチキンレースの様相を呈してくる。フーガのメカニックの噛合い、音の跳躍と鮮烈さには呆然とするばかり。Trb.ソリも美しく鮮やかに奏される。
最後は各楽器のグリッサンドで上昇して行き、とどめとばかりにTrb.のグリッサンドが壮麗に終幕を飾る。
♪♪♪
私がこの曲と出会ったのは、(実は前年にも2団体が演奏しているが)1984年全日本吹奏楽コンクールに於ける天理高校の演奏である。イントロのあと、主部に入るところでサックスの伴奏がまるで生き物のように縦横無尽に歌うのを聴き、背筋がゾクゾク。モダンな曲をきちんと整えた演奏で納得の金賞であったが、この演奏は随分コンパクトにカットされていた。
結果、後年カットなしの全曲を聴いた時、実は「ヤバい」「際どい」部分が山のように隠されている曲だと判って愕然とすることに・・・。私自身の演奏実感でも、この曲は断トツに難しい。
尚、この曲は「テンポを落としてしか演奏できないなら、演るべからず。」である。
♪♪♪
現在私が保有している音源は以下の通りであり、特に印象に残るものについてコメントする。
どの録音も一定水準以上だが、正確さを求めるあまり音楽の流れに硬直感があったり、奏者個人の「音」「表現」に充実が不足していたり、メカニックな動きに明確性を欠いたりという演奏はある。中間部のフルート・ピッコロの音程が耐えられないほど酷いものもあるし、前半部でTrp.&Trb.のユニゾン・ソリが剥き出しになる部分では、”ショボくない”演奏の方が珍しい。改めてとんでもない難曲だと痛感させられる。
アーノルド・ゲイブリエルcond.
アメリカ空軍軍楽隊(ワシントンバンド)
出版元Wingert-Jones社から販売されているCD-R。スピード感のある音色、前へ前へと推進力のある音楽の流れはさすがにピカ一。ただ、録音があまりに悪すぎる。以前同じ演奏がテープで販売されていたが、それよりも更に音質劣化しているようにも思う。「フェスティヴァル・ヴァリエーション」の原点たる快演であり、当然押さえておくべきなので洵に残念。
アーノルド・ゲイブリエルcond.
東京佼成ウインドオーケストラ
スピード感でアメリカ空軍に及ばないが、サウンドの充実では優る。
個々のレベルが高いためソロ・ソリが納得できる出来映えで、中間部も熱い。
金 洪才cond.大阪市音楽団(Live)
Live録音としては文句なしに最高レベル。
アンサンブルも素晴らしいし、表現も積極的だが、発奏に硬度が足りない点はどうしても気になる。
フレデリック・フェネルcond.
東京佼成ウインドオーケストラ(Live)
唯一、中間部コントラバスクラリネット・ソロの前のテュッティをdim.している演奏。
マエストロ・フェネルの結論はこういう解釈だったか・・・。
佐渡 裕cond.
シエナウインドオーケストラ
明晰な演奏。実にクリアなメカニック・音色・発奏であり、現在最も高次元な演奏が出来そうなのは佐渡=シエナの組合せだと痛感させる。”手堅い”というよりは、曲の要諦を見切っての”明晰さ重視”。
小松 一彦cond.
大阪市音楽団(Live)
音楽の流れが一本にまとめあげられた、涼やかな大人の演奏。「祝典変奏曲」にしてはやや華やかさ、熱気に欠けるが、これはこれで一つの方向を極めたといえよう。
【その他の所有音源】
ノルベルト・ノジcond. ベルギー・ギィデ交響吹奏楽団
加養 浩幸cond. 土気シビックウインドオーケストラ
林 紀人cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
小林 恵子cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
J.K.コペンヘイヴァーcond. パルメット吹奏楽団
L.K.ブリニルドセンcond. ベルゲンシンフォニックバンド
指揮者不詳/カンサス大学吹奏楽団
金 洪才cond. 九州管楽合奏団
松元 宏康cond. ブリッツ・ブラス
渡邊 一正cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
畠田 貴生cond. なにわオーケストラル・ウインズ(Live)
金 聖響cond. 東京佼成ウインドオーケストラ(Live)
山本 正治cond. 東京藝大ウインドオーケストラ
(Revised on 2015.9.19.)
| 固定リンク
コメント
コメントありがとうございました。
ドラゴンの年はほんとうにすごい曲でしたが、このフェスティヴァル・ヴァリエーションも然りです。
演奏しているほうも、きいているほうも、ドキドキするすばらしい曲ですよね。
演奏のまえに、練習で死んじゃうんですけど...
投稿: akst | 2008年1月 7日 (月) 19時48分
akstさん、コメントをいただき有難うございます。
そうですね、この曲も実に難しかったです!自分もまだ若かったし、結構練習したんですが「自分のものになった」感じがしないまま本番になっちゃた記憶があります。
いずれにしても、吹奏楽曲の一つの頂点を極めた作品であることは間違いないですね。
今後とも拙ブログをどうぞ宜しくお願い致します!
投稿: 音源堂 | 2008年1月 8日 (火) 09時58分
音源堂さん、お久しぶりです。
12月12日に、アメリカのバージニア州で、精華女子高校がこの曲を演奏します。しかも、あのゲイブリエル大佐の指揮でです。私も知らなかったのですが、84歳の大佐は、空軍軍楽隊名誉指揮者として、現役で振っておられるそうです。精華の演奏を聴いて、指揮の名乗りを上げられたとか。。。日本のバンドの活躍が認められて、とてもうれしいニュースでした。
投稿: きみ | 2010年12月 2日 (木) 13時32分
きみさん、お元気そうですね!アメリカでのご生活も順調なご様子で何よりです。
…ゲイブリエル大佐の指揮!
それは凄いですね。精華女子高の皆さんは、とても得難い経験をされることでしょう。
それにしても、ゲイブリエル大佐指揮のUSAFワシントンバンドによる「フェスティヴァル・ヴァリエーション」、もうちょっと良い音質でCD化されないですかねえ…。
投稿: 音源堂 | 2010年12月 3日 (金) 00時38分
音源堂様、またお邪魔しました。
この曲は、FMブラスの響きで初めて聞いて、Hrn吹きの私はひっくり返りましたね!
今では最も好きな曲のひとつです。
でも、演奏となると…複雑ですね。。。
その理由として、
・フレーズがうれしくなるほどカッコイイ!!
・でも、演奏は常に緊張を強いられる。。
・難しすぎる!!
・そのわりに、報われないフレーズもある!
(フーガ風のTrb→Trp→Tub→Hrnの掛け合い、TrbとTrpにかき消される…)
・中間部のクライマックスは、ritが掛かるたび指揮者を殴りたくなる!!
・演奏後は、魂が抜けたようになる…
でも、やっぱり好きだな…
音源としては、大阪市音楽団の冒頭のHrnの野太い音が好きですね。
あと、東京佼成の揺れるHrnソロは色っぽくて好きです。
投稿: メタボおやじ | 2011年2月26日 (土) 11時59分
Horn奏者にとっては特に、ですが…この曲はとにかく難しいです。しかし、このクロード・スミスってヒトの凄いところは「難しいけどカッコ良い」ところなんだと、つくづく思わされます。
これだけ”手の混んだ”難しいパッセージ、どうやったら思いつくんでしょうか?きっと彼にとってはその細部までもが「カッコいいフレーズ」として、ぱあっと思い浮かんじゃうんでしょうが…。
私のような凡人には「どれだけ難しくてもいいから」って言われても、あんな”手の混んだ”フレーズは絶対に思いつかないですもん。とことん脱帽ですわ。
投稿: 音源堂 | 2011年2月26日 (土) 23時57分
ある方から本稿へのコメントを投稿いただきましたが、内容に(この曲に限らない一般的な)個別団体の演奏の序列づけ、個別の演奏家へのネガティブな批評が含まれておりましたことから、堂主として本Blogの中に掲載継続できないと判断させていただきました。
音楽は好みですので各人それぞれに評価や思うところは違います。記載された内容の中には理解できる部分もございましたし、たとえ私と「好み」が違っていてもそれはある意味「当然」と思っております。投稿された方には堂主の真意をお汲み取りいただきたくお願い申し上げます。
また、こちらはBBSでなくBlogであるとの特性もご理解いただきたいと存じます。
投稿: 音源堂 | 2015年2月27日 (金) 08時19分
小松一彦氏の公演は何度か聴いたことがあり、紹介されているフェスティバル・バリエーションは最高でした。こんなにもスマートでスタイリッシュな表現ははじめてでした。スティーブン・ミードと共演して、グレイアムの協奏曲を初演したのも鮮明に覚えています。亡くなられたのが残念でなりません。グレイアム本人も来ており、まさか作曲者と演奏者のサインを同時に入手できるとは思わず、大喜びした思い出があります。
蛇足ですが、私はスパークの他に、デレク・ブルジョワやヨハン・デメイを愛聴しておりますが、彼らの作品はどう評価されますか!?とりわけ好きな楽曲は、前者は「コッツウォルド交響曲」「ウインド・ブリッツ」、後者は「ビッグ・アップル」です。
投稿: ジュリアン | 2016年9月 8日 (木) 21時27分
この世の中には本当に無数といって良いほどの楽曲、そして演奏がありますね。自分でも普通の方と比べると笑っちゃうほど音楽を聴くことに充てている時間の多い人間だとは思っていますが、それでもまだまだたくさん未知の音楽や演奏は残っています。それとの出会いが私の最大の楽しみと申し上げられるでしょう。
また「この曲について書きたい!」と思っている楽曲が既に長い列を成している状態にもあります。書きかけ稿の数も溜まってきてしまいました。
♪
当Blogでは(「既に執筆予定がある」ものの曲名に2つほど触れたことはありますが)記事で採り上げたもの以外の楽曲や演奏について述べることは致しません。
詳しくはプロフィールページをご参照いただければと存じます。ご理解のほど宜しくお願い致します。
投稿: 音源堂 | 2016年9月 8日 (木) 22時07分
ご無沙汰しています。お変わりなく、音楽活動なさっておられるでしょうか。
さて、今年もコンクール全国大会の季節。
中学校部門で、近年、驚異的な演奏を披露されている「K校」のみなさんが、今年の自由曲として取り上げ、注目されているようですね。支部大会の音源を、聴かせてもらいましたが、冒頭部分を聴いて驚きました! いやあ、「スゴい」の一言!
全国大会でも、圧巻だったとか…。
コンクールのライブと言えば、1983年の「ヤマハ浜松」を聴いて、当時は、こんなものかなと。そして、翌年の「天理高校」を聴いて、圧倒されたのも、遠い昔?(笑)
それから、時間が経ち、技術的には飛躍的に進歩したとはいえ、これほどとは…。
話は、少し逸れますが、高校部門で「巨人の肩にのって」というタイトルが、目に入り、まさか、「マーラー」絡みか? と思い、聴いてみたら、「ブルックナー」!
それも、あの体力勝負の「8番」絡み。
私は、どちらかというと、瞑想的な「7番のアダージョ」好みなんで。
しかし、強く感じるものがあったので、すぐに、音源を探し、ブルックナーと併せて、数枚、購入してしまいました!(笑)
どうも、根が単純なようです。好感をお持ちだった「T校」さんも、金賞受賞だったようでしたね。課題曲は、好みは、別れるでしょうけど、メロディーラインが、流麗で、魅力的。自由曲は、個人的には、大ファンです!
秋ゆえか、長くなってしまいました。
では、また。
投稿: ブラバンKISS | 2019年10月23日 (水) 00時03分
ブラバンKISSさん、暫くです。新稿を出せず気楽なTwitterばかりになってしまい恐縮です。準備しているものはあるのですが、近時はTromboneの練習に躍起になっておりまして…。
コンクール…私にとってはすっかり縁遠いものになってしまいました。
レパートリーは一部楽曲(または同系統の楽曲)に収斂してしまい、また演奏面では音楽的に優れたものが聴きたいという期待を裏切られるものが多く、嘗てのように”衝撃”ともいえる感動と出会うことがあまりに少ないため、「期待」が薄れていることが主因です。
私を音楽の世界に誘い、ここまで夢中にさせた”きっかけ”は、間違いなくコンクールの名演たちだったわけですが…またそういう演奏に出会いたいものです。
投稿: 音源堂 | 2019年10月23日 (水) 10時44分
コメント、ありがとうございます。
まったく、同感ですね。
それでも、演奏に取り組んでいる皆さんの思いや熱意は、時に、共感出来る事もあります。
コンクールは、身内の盛り上がりに終始している感も否めませんが、素晴らしい音楽を、体感させてくれる事もあります。
以前、「良くやった」という演奏から、「良かった」と心から言える演奏に…。
という講評を述べられた審査員が、居られました。まさに、音楽の在り方だと思います。
それにしても、この曲を初めて聴いた時の衝撃は、凄まじかったですね。史上最高難度の楽曲だったと思います。
それでは、また。
投稿: ブラバンKISS | 2019年10月23日 (水) 23時26分