そう。全員とはいわないまでも、スタートアップに関するスキルは起業家に限定されることなく、既存の企業で働く多くのビジネスマンももつ時代がそう遠くない未来に訪れるのだろう、と。社内起業家も含めたらアントレプレナー的なミッションをもった人の割はかなり多くなるのだと思います。
そして、そうなった時こそ、これまでのビジネスのやり方が本当に大きく変わるんだろうなと感じます。
エンジニアと同じ数だけ、アントレプレナーがいる社会に
『スタートアップ・マニュアル』のなかで「スタートアップ」は以下のように定義されています。顧客開発は、スタートアップとは再現性があってスケーラブルなビジネスモデルを実現するビジネスモデルを探し求める一時的な組織である、と定義している。スティーブン・G・ブランク『スタートアップ・マニュアル』
この再現性があり、スケーラブルなビジネスモデルを探していくスキルを獲得するために必要なのが「探索プロセスを構造化するノウハウ」として、この本にまとめられている顧客開発モデルです。
そして、今後はこうした「再現性があってスケーラブルなビジネスモデルを実現する」ためのスタートアップに関するスキルが、より一般的なビジネスマンの必須スキルになってくるだろうと感じるのです。
すくなくともいま分野を問わずエンジニアと呼ばれる職能の人がいるのとおなじくらいの数だけ、スタートアップのスキルをもった広義のアントレプレナー(イントラプレナーなども含む)がいる社会になるのではないかと。
そう。社会に価値を生む基本エンジンが、これまでのエンジニアリング的なものからアントレプレナーシップに移ってくるのではないか、と。
企業内でもアントレプレナー的な人材がより求められるようになる
実はそんなことを考えると、いま、『ビジネスモデル・ジェネレーション』や『ビジネスモデルYOU』といった書籍が売れていることにもあらためて納得がいきます。もちろん、いま買っている人が「これからはスタートアップに関するスキルがより基本的なビジネススキルになるはずだ!」とか考えて買っているとは思いませんし、いまはなんとなく話題になっているから買ってしまったという人も相当数いると思います。
でも、いまのビジネス環境はそんな人たちもスタートアップの活動に巻き込んでいくしかないような局面になっています。
従来のような他の誰かがつくった既存市場でモノマネ的な事業を展開する余地はすくなくともこの国の市場にはほんとど残されていませんし、グローバルに開かれた上に、規模的にはシュリンクしていく市場で世界中のプレイヤーとシェア争いをするほど血みどろな闘いもないわけで、結局、企業が生き残りを考えれば、自ら「顧客開発」をし、市場を切り開いていくための新規事業を開発していくしかないわけです。
その際、企業で働く人材に求められるのは、従来のような新しい技術で新しい製品をつくることを可能にするエンジニアではなく、新たなビジネス機会としての新しい顧客を発見し、それを基点に顧客開発を進めていけるスタートアップのスキルをもったアントレプレナー的人材になるのではないでしょうか。いま存在しない新規市場をつくるために必要なものは、従来のような既存市場で新製品を出していくために必要なものとは異なります。
大企業のMRD(マーケティング要求仕様書)プロセスは顧客とそのニーズがわかっている既存の市場で、自社の製品開発部門が既存の顧客の興味をそそる製品を確実に作ることを目的としている。スタートアップの初期段階では製品仕様を決定できるような顧客インプットは—仮にあるとしても—ごく限られている。スティーブン・G・ブランク『スタートアップ・マニュアル』
著者は「スタートアップでは、創業者が製品のビジョンを定義し、顧客発見により、そのビジョンに合った顧客と市場を見つけることになる」としていますが、企業で働く人も、組織における自分の価値をあげていこうとすれば、アントレプレナー=創業者として活躍するために、こうしたビジョンの定義やそれにあった顧客を発見するといったスタートアップのスキルを身につけていく必要が増してくるはずです。
オープン・イノベーションとワーク・シフトにも絡ませて
もう1つ、最近の流行との関係でいえば、『ワーク・シフト』にも端を発した「働き方の未来」に関する話題も、実は「いかにアントレプレナーとしての働き方を身につけ、スタートアップのためのミッションを実行しやすい働き方を手に入れるか」を中心的な課題として据えると随分とその視界も開けてきるように感じます。コ・ワーキングにしろ、ライフワークバランス的な話にしろ、女性の社会進出にしろ、従来のビジネスのやり方とは大きく異なる、スタートアップのスキルを身につけた人たちが活躍するビジネス環境で人がどう働くかということを支える手段として捉えると、その手段を未来にむけてどうデザインしていくか?という方向性も違ってくるのではないでしょうか。
組織の枠を超えたオープンな形でイノベーションのプロセスを動かすという観点で「コ・ワーキング」をあらためて位置づけ直してみると、違ったデザインも考えられるのではないかと思います。
コ・ワーキング・スペースのデザインだけでなく、コ・ワーキング・スペースを取り込んだ様々な仕事の進め方も。
『オープン・サービス・イノベーション』のなかで著者のヘンリー・チェスブロウは、「イノベーションのプロセスをオープンにすると、イノベーション能力が大幅に高まる。ビジネスモデルもオープンにするとさらに伸びる」と言っています。
オープン・イノベーションという論理的な枠組みは、垂直統合型の研究開発モデルへのアンチテーゼだ。「内部のイノベーションを加速し、同時にイノベーションを外部で利用させるため市場拡大の目的で意図的に知識を流出、流入させる活用法」なのだ。ヘンリー・チェスブロウ『オープン・サービス・イノベーション』
イノベーションのプロセスがオープンにされた場合の具体的な人びとの活動の場としての、コ・ワーキング・スペースやそこを拠点に自分の自由な裁量で活動に参加する女性たち。「働き方の未来」を考えるときに、そんな風にオープン・イノベーションのアプローチでのスタートアップのような要素を加えると、いまの起業とは異なる社内起業も巻き込んだおもしろい動きになるのではないかと思うのです。
そんな自由な働き方で、本当に自分たちがほしいものを手に入れられるようにするためにも、スタートアップのスキルを身につけた人たちの数が圧倒的に増えてくることが期待されます。
そして、それは近代においてエンジニアの数が爆発的に増えたように、これからの社会環境においては必然的に実現されてくることではないか。
そんな夢想をしているわけです。
ますますおもしろい世の中になってきそうだな、と。
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