「沈まぬ巨艦」とも呼ばれた大手電機メーカー、東芝の巨額損失で19万人とも言われるグループ社員の雇用が揺らいでいる。
また、日本を代表する広告会社、電通で新入社員が長時間労働の末に自死するなど、正社員の過労死・過労自殺が後を絶たない。
就活生の憧れの的だった「安心、安全な働き方としての正社員」の消滅がいま、着々と進んでいる。その背景として、グローバル化やAI(人工知能)による雇用喪失が挙げられることが多い。
だが、その真の原因は、これらを理由に積み重ねられてきた働き手の権利剥奪政策ではないのか。政府が進める「働き方改革」もまた、その総仕上げともなりかねない危険をはらんでいる。
予兆としての東芝過労うつ病訴訟
2014年に最高裁で会社側敗訴となった「東芝過労うつ病労災解雇裁判」は、今回の東芝危機の予兆とも言えるものだ――。
この訴訟は、工場でプロジェクト・リーダーとなった正社員女性が、過労死ラインである月80時間を超える残業の結果、2001年にうつ病となって休職に追い込まれたことから始まる。
過重な目標設定としていま批判を浴びている「チャレンジ」事業が始まった頃で、女性が関わったプロジェクトは事業部で初の指定だった。
女性は人員を増やさないと期限に間に合わないと訴えたが、上司は耳を貸さなかった。同僚2人が自殺し、うち一人はのちに過労自殺として労災認定。
会社は女性の労災認定に協力せず、企業労組、地元の労基署、産業医からも、協力を得られなかった。2004年に解雇された彼女は、解雇撤回と労災の認定をめぐって訴訟を起こす。
人員不足という社員の訴えに耳を貸さず、関係者が労災認定に非協力的、というリスクマネジメントの不十分さ、行き過ぎた精神主義など今回の危機を招いた東芝の性格が、すでにこの時点で現れている。
ここで見えてくるのは、メンバーとして優遇され、定年まで安心して働けると言われてきた正社員像ではなく、会社の労務管理の失敗のツケを押し付けられ、使い捨てられた正社員の姿だ。
「正社員」の変質
筆者は、今年3月に出版した拙著『正社員消滅』(朝日新書)で、正社員はいま、二つの消滅に直面していると指摘した。
ひとつは、非正社員が4割にも達する中で起こった、非正社員だけの労働現場の出現、つまり、「量としての正社員消滅」。
そしてもうひとつは、東芝の「過労うつ病労災解雇裁判」にみられるような労働権が確保され安心して働き続けられる正社員制度の崩壊、つまり「質としての正社員の消滅」だ。