米安全保障政策のプロが明かした
「普天間問題」の行方
「日米密約」で揺れる外務省「もうひとつの難題」
3月9日夜、旧知のダニエル・スナイダー米スタンフォード大学アジア太平洋研究センター(APARC)副所長と会食した。
偶然というのは恐ろしいもので、岡田克也外相はその日の午後、日米の密約に関する外務省調査結果と有識者委員会(座長・北岡伸一東京大学教授)の検証報告書を発表したのだが、その報告書の中にスナイダー氏の父親についての言及があったのだ。
同氏の父親とは、駐韓米大使も務めたキャリア外交官の故リチャード・スナイダー氏のことである。
そして同氏は、まさに検証報告書で問題視された4つの「日米密約」のうちのひとつ、「1971年6月の沖縄返還時の原状回復費肩代わり」に関する密約の当事者なのだ。
当時、駐日米公使(政治担当)だったR・スナイダー氏は、沖縄返還交渉の最終局面でカウンターパートである外務省の吉野文六アメリカ局長との間で、沖縄返還協定に基づき米側が負担するはずの土地の原状回復補償費400万ドルを日本が肩代わりする密約を交わしたとされる。
71年6月17日にワシントンで調印された沖縄返還協定に盛り込まれた日本側負担は当初、3億ドルだった。それが最終的に3億2000万ドルに上積みされ、そこからこの400万ドルが手当てされたのである。
この秘密合意は吉野・スナイダー両氏が協定調印直前にイニシャル署名した「Summation of Discussion(議論の要約)」(同年6月12日付)という非公表文書にまとめ、両国交渉当事者が相互交換したとされる。
吉野氏は昨年12月、この沖縄密約文書の存否が争われている東京地裁での訴訟の証人尋問で、文書が存在し、自分がイニシャルを記入したことを認めているのだ。この非公表文書の米側保管分は、秘密指定の国家安全保障情報に関する大統領命令によって25年たてば「国家機密」指定は解除され米公文書館で閲覧できる。