国債の格下げにこれほど一喜一憂するのは日本だけだ。1月27日、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が日本国債を格下げしたことについて、菅直人総理が「そういうことに疎い」とお粗末なコメントをしたかと思えば、与謝野馨経済財政相は「(消費税増税を)早くやれという催促だ」と牽強付会な解釈をして、財政再建に利用しようという魂胆をむき出しにした。
トンチンカンな発言をする政府首脳は論外だが、格付け会社を権威ある存在という前提で報じるメディアの側にも問題がある。
格付け会社の商売相手は投資家と債券・証券の発行会社だ。投資家には、債券などの分析結果をニュースレターの形で提供して会費を稼ぐのだが、巨額な資金を運用する機関投資家はそもそもプロなので、格付け会社の分析は、参考意見程度の扱いである。
一方、発行企業からはおカネをもらって債券(証券)の格付けをする。これを依頼格付けと言うが、お客様である発行企業にとって不利益になる分析は当然、しにくい。そのため、発行企業に甘めの格付けを連発した結果、世界金融危機の陰の主役になったと言われている。アメリカでは、「自分たちに責任はない」と言い訳をしながら逃げ回る格付け会社幹部の姿がニュースで繰り返し放映された。「格付けはカネで買える」という疑念は米国民に広く認識されている。
国債格付けの実態は、社債などの格付けに比べてかなり杜撰だ。国の財務分析をするためには、2000ページ以上の膨大な予算書を丹念に調べなければならないが、そうした調査・分析はしていない。かつて、目に余る分析に対して財務省がクレームをつけた際に、米本国の幹部が謝罪のために来日したことがあったほどだ。依頼格付け以外は、関係者から話を聞く程度で、本格的な調査にカネをかけられないという事情もあるらしい。
つまり、依頼格付けだと甘くなるし、独自格付けの場合は不正確になる傾向があるということだ。格付け会社の意見は、「その程度のもの」と受け止めるべきなのに、政府首脳はまともに反応した。滑稽としか言いようがない。
実を言うと、政府は格付け会社に影響力を行使することもできる。かつては政府が指定した会社だけが格付け会社として認められていたからだ。さすがに批判もあったので、今では政府指定をしなくなったが、現在でも国内の格付け会社は外資を含めて6社に限定されている。その中には、旧大蔵省からの天下り社長がいる会社や、日経新聞の子会社もある。日経が格付け会社を権威ある存在と報じるには、理由があるのだ。
格付け会社の権威が政府の規制によって維持されているというのは、皮肉な話だ。これは、財務省とIMF(国際通貨基金)の関係にも似ている。財務省はIMFに巨額な出資と出向者を送り、日本の財政は危機的だというレポートをしばしば出させている。そして、日本のメディアはそれを金科玉条のように報じる。そんな茶番が、いずれ国債の格付けでも行われるかもしれない。いや、与謝野氏の「増税催促」発言を聞くと、今回の格下げは政府との出来レースなのではと疑いたくもなる。
S&Pは国債に続いて、東京都と愛知県の長期発行体格付けなどを格下げした。その理由も、国が格下げになったからという身も蓋もないものだ。
格付けに振り回されてはいけない。
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