「やるか、やられるか」の極限状態…自らの人生がかかった囚人のジレンマが暴く“合理的判断”の「最適解」

人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。

世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。

この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか?

オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。

長谷川圭
高知大学卒業。ドイツ・イエナ大学修士課程修了(ドイツ語・英語の文法理論を専攻)。同大学講師を経て、翻訳家および日本語教師として独立。訳書に『10%起業』『邪悪に堕ちたGAFA』(以上、日経BP)、『GEのリーダーシップ』(光文社)、『ポール・ゲティの大富豪になる方法』(パンローリング)、『ラディカル・プロダクト・シンキング』(翔泳社)などがある。

『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第14回

『人間関係は勝ち負けじゃない!「ゲーム理論」で読み解く《協力の方程式》…なぜウィン・ウィンな関係は難しいのか?』より続く

囚人のジレンマ

少なくとも1つのゲーム理論用語が、一般的にも広く知られるようになった。いわゆる「囚人のジレンマ」で、次のような話がよく知られている。

2人の犯罪者が警察に捕まった。軽犯罪(銃器の違法所持など)を理由に両者を裁くことは可能だが、最近実行された銀行強盗の罪に問うことが警察の本来の目的だ。しかし、証拠がまだ十分ではない。そこで警察は2人を別々の取調室に入れて、取引を申し出た。

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AがBを銀行強盗の罪で告発すれば、Aは1年の軽い懲役刑を科されるだけで済む。Bは軽犯罪と銀行強盗の両方の罪が証明されることになるので、10年は出てこられないだろう。しかし、もう一方の部屋ではBにも同じ取引が持ちかけられるのである。もし2人とも黙秘すれば、両者ともに軽犯罪を理由に3年の懲役が申し渡される。両者ともに相手を裏切った場合、それぞれ5年の懲役が科される可能性がある。

2人は互いに口裏を合わせることができないため、それぞれが最善の答えを考えなければならない。Aにとっては、もしBが裏切るとするなら、AもBを裏切ったほうがいい。そうしなければ、単独犯として10年の懲役を食らうことになる。しかし、もしBが何も語らずに黙秘を貫いたら?その場合もAは裏切ったほうが、自分の刑が1年に減るので得だ。だが問題は、相手も同じ選択を迫られている点だ。もし2人とも相手を告発したら、共犯でそれぞれ5年の刑を科せられることになる。

この囚人のジレンマは、日常からは遠く離れた特殊な状況を説明しているように見える。しかし実際には、誰もが日常で経験するような問題を鮮やかに描き出していて、社会的行為につきまとう葛藤を正確にモデル化したものだ。