エジプト争乱2年後の争乱
エジプト争乱2年後の出来事として50人以上の死者を出す争乱が起きた。この2年間のエジプトでは最大の争乱だった。原因は、昨年2月のポートサイドのサッカー場騒乱の暴徒21人に1月26日、一審の死刑が下ったことの反発に加えて、いわゆる「エジプト革命」の2周年記念である(参照)。
今回の争乱について日本で報道がないわけではないが、2年前に比べるとその扱いは小さい。また「この動乱は反革命であり、革命はまだ進行中である」といった議論も見かけた。私の見るところを簡単にまとめておこう。
今回の騒乱の主導者については、フーリガン、ムバラク政権支持者、その秘密警察残党、金でつられたバルタギー(ギャング)といった指摘が目立つ。いわば混乱のための混乱を求める暴徒という指摘である。
概ね当たっていると見られるが、これらの指摘は、現状のモルシ政権側の見立てをなぞっている面もあり、注意が必要だ。
暴徒によるものか、2年前の民主化の要求が高じたものか、見分けの可否は、2年前の争乱の主体がどのくらい今回の争乱に関与しているか、あるいはどう評価しているかにかかっている。つまり、同胞団側の視点ではなく、世俗的な民主主義を希求する勢力がどのように今回の争乱を見ているかが重要になる。
この点については、救国戦線指導者で国際原子力機関(IAEA)の元事務局長エルバラダイ氏の動向から概ね読み解ける。2日付けAFP「デモ隊が大統領府に火炎瓶 1人死亡 エジプト」(参照)より。
主要野党の連合体「国民救済戦線(National Salvation Front)」のモハメド・エルバラダイ(Mohamed ElBaradei)氏は暴力行為が始まる数時間前、マイクロブログのツイッター(Twitter)上で、「モルシ政権が人々の要求に耳を傾けない限り、暴力と混乱は続くだろう」と投稿していた。だがその後発表した声明で、国民救済戦線はデモ隊に「最大限の自制を」と呼びかけ、大統領府前での暴力行為から距離を置いた
簡単に言えば、エルバラダイは反モルシであるが、暴力行為には荷担しない、というものだ。その後の経緯を見ると、全体傾向としては、民主化勢力は暴動を避け、モルシ政権側との対話に向かっているとも言える。
今回の事態の最大のポイントだが、民主化という文脈ではなく、モルシ政権および同胞団を政権のオモテに立てて裏に隠れていたはずの軍部が、姿を現した点にある。「エジプト革命」というものの正体である軍部クーデターの特質が露出した。
実際のところ、今回の事態は軍の顕在化によって収拾したのだった。
この点について邦文で読める記事としては、1月30日WSJ「「国家崩壊の可能性も」-エジプト国防相が反政府デモけん制」(参照)がある。他に、BBCなども注目していた(参照)。
過去5日間街頭で暴動が発生し、政治的なまひ状態が何カ月間も続いているエジプトで、シーシ国防相(軍最高評議会議長)は29日、軍が社会秩序維持のため、ムバラク前大統領を打倒後の革命初期と同様に再び介入するかもしれないと述べ、対立する政治勢力や街頭の暴徒をけん制した。
WSJ記事でも指摘があるが、軍部がエジプト政治の前面に出たいわけではない。
事態の全体図をわかりやすく描いたのは、1日グローバルポスト「Egypt protests: Can the army keep the peace?」(参照)だった。
A warning from Egypt’s defense minister this week that the Egyptian state was near collapse raised a lot of eyebrows.エジプトが国家崩壊の縁にあった今週、エジプト防衛大臣からの警告で、多数の人々が眉をつりあげた。
Were the country’s secretive generals readying for another coup?
この国の秘密主義の将軍は、別のクーデターを用意していたのか?
この「another coup(別のクーデター)」の含みだが、私の考えるように、2年前のいわゆる「エジプト革命」の正体をそもそも軍部クーデターと見ているわけではない。ここでは一応「革命」があり、その後軍部が乗っ取ったという筋立てで、軍部のクーデターとしている。いずれにせよ、今回の事態も軍部クーデターの兆候として理解された。
エジプト軍部には、もとより直接的な国家政治支配の意向はない。軍部にとってのメリットがないからだ。軍部の利権はすでに達成されている。
With their economic and political interests now safeguarded under the Muslim Brotherhood-dominated government, however, the army may prefer to steer the current political crisis from the sidelines, analysts say, rather than upend its status quo.軍部の経済的かつ政治的な利益は現状、同胞団支配の政府の元で守られているので、軍部としては、この現状を変えるより、傍観的な立場から現下の政治危機を操縦すること好むようだと、アナリストは語る。
そもそも軍部の意向は、実質的なクーデターを傀儡政権で隠蔽し、その経済および政治的な軍産共同体を維持することだった。
では、軍部とモルシ政権の関係はどうなっているのか。
一見すると、軍部は昨年8月、モルシ政権に譲歩したかに見えた。
Morsi forced the previous defense minister into early retirement in August, usurping the military’s broad political powers for himself in a move that was hailed as a victory against army rule.モルシは、軍部支配に打ち勝った活動で、軍部の政治権力を自身の手に奪い取り、8月には前防衛大臣を早期退職に追い込んだ。
But the army still commands a number of administrative posts — including governorships — and vast economic interests that keep its political reach far and wide inside Egypt. Analysts say the army’s lucrative economic empire ranges from tourist resorts, to processed food, to the manufacture of weapons and household appliances.
ところが軍部は依然、各知事職を含め、数多くの行政職と、エジプト全土にわたる政治権力を維持する経済利権を握っている。富を生み出す軍部の経済帝国は、観光地から加工食料品産業、武器や家電品の製造業にまで及んでいるとアナリストは語る。
軍部の政治および経済利権は温存されている。もともとこの軍部の利権帝国を維持するために、敵対するムバラクファミリーを核とした新興階層を潰し、またその巻き添えを食わないようにすることが当初からの軍部クーデターの目論みであった。
実際、この利権帝国の様相からすれば、軍最高評議会が退いたかのような形に見せたのは一種のお芝居であり、取引であった。
問題は、軍部とモルシ政権という二項の取引きではないところに、エジプト情勢の複雑さがある。明確にはされていないが、取引には米国も噛んでいると見てよい。先のWSJ記事でも指摘があった。
あるアラブ高官は、「人々は、米国がムスリム同胞団と結託しているかにみえるのをいぶかしく思っている」と述べた。この高官の政府は、イスラム原理主義者たちがカイロでますます権力を掌握することを懸念していると述べた。同高官はまた、エジプト政府批判に消極的な米国の態度について過去2カ月間、他のどのテーマよりも頻繁にオバマ政権と討議したと述べ、「われわれは合意できないことで合意した」と語った。
米国側の取引材料は端的にエジプト軍部と政府への経済援助であり、その見返りはイスラエルの安全保障である。モルシ大統領は反米かつ反イスラエル的な言動を際立たせているが、国内向けのポーズにすぎず、実態としては反イスラエル的な政治は抑制されている。
さらにこの三者の取引をもう一項拡張するなら、2年前の大衆運動を指導したかに見える民主化および世俗勢力側も米国との事実上の取引の上にあった。
すると、軍部、同胞団、民主化・世俗化勢力、米国、その4項全てが、項間の強弱はあれ茶番を演じているということになる。
モルシ政権側と組んだ軍部としては、政府からその経済利権の独立がこのまま、憲法からすらも超法規的に維持できれば、軍内部にある反米動向は抑制できる。
問題は、モルシ政権を支えるかに見える同胞団だが、このセクターは米国の意向に明瞭に敵対している。モルシ大統領としても茶番のバランスのためにリップサービスが欠かせない。
こうして見ると茶番とは言っても、極めて危うい均衡の上に成り立っている。この均衡が崩れたときは、軍部が露出する。グローバルポストでもその指摘はあった。
A former brigadier general and military analyst, Mohamed Kadry Said, said if Morsi doesn’t resolve the situation by engaging in serious dialogue with the political opposition, “the army may intervene in the same way it did after the revolution.”前准将であり軍事アナリストのモハメド・カドリ・サイドは、仮にモルシが現況について、政治対立者間の真摯な対話で解決できなければ、「軍部は、革命後と同様の手法で介入するかもしれない」と語った。
現下のモルシ政権が争乱で倒れれば、軍部がまた国家の中枢に現れるだろうという指摘である。
“The military never withdrew from politics and continues to play a powerful role,” said Hani Sabra, an analyst at the New York-based political risk research firm, Eurasia Group. “The military leadership is therefore comfortable with the status quo.”「軍部は決して政治支配から撤退せず、強力な役割を果たし続ける。だから軍部指導者は現状に満足しているのだ」とユーラシアグループ(ニューヨークを拠点とする政治的リスク調査会社)のアナリスト、ハーニー・サブラは語る。
現状、モルシ政権の対話路線が成功しているというものでもないが、争乱は鎮静化しつつある。軍部は威嚇に成功したので、これ以上の動きはしない。よって、もとの危うい茶番に戻ったと言える。だが、今後も進む経済窮乏化によって、社会不安からさらなる争乱は起こりえるだろう。
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