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2013.01.14

クルーグマンのアベノミックス評

 ニューヨークタイムズに掲載されている、「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞」受賞者でもある、経済学者クルーグマンによる、素朴なアベノミックス評があり、現状の日本の論壇にとっても、なかなか含蓄があると思われるで、全文訳はあまり好ましいことではないけど、ちょっと試訳してみた。意訳なので、検証用に原文も添えておいた。ご参考までに。

  ※  ※  ※  ※

Is Japan the Country of the Future Again?参照
日本はまたも「未来の国」なのか?

In the broad sense, surely not, if only because of demography: the Japanese combine a low birth rate with a deep cultural aversion to immigration, so the future role of Japan will be severely constrained by a shortage of Japanese.

日本が「未来の国」だなんて、長期的に見るなら大きな間違いだ。人口動態だけ見てもわかる。日本には、出生率の低下に併せて移民への嫌悪まである。日本人労働者が不足するのだから、日本の未来に選択の余地はないだろう。

But something very odd is happening on the short- to medium-term macroeconomic front. For the past three years macro policy all across the advanced world has been dominated by Austerian orthodoxy; even where there haven’t been explicit austerity policies, as in the United States, fear of deficits has led to de facto fiscal tightening, while monetary policy has fallen far short of the kind of dramatic expectation-changing moves theoretical analysis suggests are crucial to getting traction in a liquidity trap.

とはいえ短期から中期的に見るなら、日本のマクロ経済に現状、とても奇妙なことが起きている。この三年間、先進国の金融政策といえば、旧守主義による財政引き締め政策が支配的で、それほど露骨でもなかった米国ですら、財政赤字の恐怖から事実上の引き締め政策が実施されてきたものだった。しかしこの間、理論分析の示唆からして、「流動性の罠」からの脱出に欠かせない、インフレ期待値の変化をもたらす劇的な対応が、まったく不足して金融政策は失墜し続けていた。

Now, one country seems to be breaking with the orthodoxy — and it is, surprisingly, Japan:

現下、一国が、この旧守性を打ち破ろうとしている。驚いたことに、日本なのだ。ニューヨークタイムズ記事より。

The Japanese government approved emergency stimulus spending of ¥10.3 trillion Friday, part of an aggressive push by Prime Minister Shinzo Abe to kick-start growth in a long-moribund economy.

日本政府は、この金曜日、10兆3000億円の緊急刺激支出を承認したが、これは長く瀕死状態だった日本経済を成長に向けて始動させるための、安倍晋三総理大臣による積極的な攻勢の一環だった。

Mr. Abe also reiterated his desire for the Japanese central bank to make a firmer commitment to stopping deflation by pumping more money into the economy, which the prime minister has said is crucial to getting businesses to invest and consumers to spend.

加えて、経済により多くのマネーを送り込むことでデフレを止めるよう、日本銀行に明確な関与の要望を安倍氏は繰り返した。安倍首相の要望は、企業投資と国民の消費活性にとって決定的に重要である。

“We will put an end to this shrinking and aim to build a stronger economy where earnings and incomes can grow,” Mr. Abe said. “For that, the government must first take the initiative to create demand and boost the entire economy.”

「私たちは、経済の収縮を終らせ、収益と収入が増加する、より強い経済を築くことをめざす」と安倍総理は語った。「それのために、政府は最初に、需要を創出し、経済全体を活性化するために主導しなければならない」。

This is especially remarkable because Japan has been held up so often as a cautionary tale: look at how big their debt is! Disaster looms! Indeed, back in 2009 there were many stories to the effect that the long-awaited Japanese debt catastrophe was finally coming.

これは特に注目すべきことだ。というのも、日本はしばしば反面教師だったからだ。「日本の巨大な財政赤字を見ろよ。災難迫り来る」というものだった。実際、2009年を振り返れば、巨額の財政赤字の影響で、日本の財政破綻が遂に現実になるといったお話が多数語られた。

But, actually, not. Japanese long-term interest rates rose in the spring of 2009 because of hopes of recovery, not fear of bond vigilantes; and when those hopes faded, rates went back down, and are currently well under 1 percent.

ところが現実はというと、別。日本の長期金利は2009年の春に上昇したが、再生の期待からであって、債券動向に目を光らせているやつらの怯えからではなかった。同時に期待が潰えると金利は下がった。現在も余裕で1パーセント以下だ。

Now comes Shinzo Abe. As Noah Smith informs us, he is not anybody’s idea of an economic hero; he’s a nationalist, a denier of World War II atrocities, a man with little obvious interest in economic policy. If he’s defying the orthodoxy, it probably reflects his general contempt for learned opinion rather than a considered embrace of heterodox theory.

ここで安倍晋三、登場。ノア・スミスが伝えるように、彼は経済学の英雄のイメージとは違う。彼は、国家主義者であり、世界大戦時の虐殺の否定者でもある。経済政策にはほとんど関心がない人物ですらあるのだ。彼が金融政策の旧守性を否定するとしたら、たぶん、通説ならなんでも軽蔑するという性向を反映したからであって、異端とされてきた金融政策理論を考慮してのことではないだろう。

But that may not matter. Abe may be ignoring the conventional wisdom on spending, and bullying the Bank of Japan, for all the wrong reasons — but the fact is that he is actually providing fiscal and monetary stimulus at a time when every other advanced-country government is too much in the thrall of the Very Serious People to do something different. And so far the results have been entirely positive: no spike in interest rates, but a sharp fall in the yen, which is a very good thing for Japan.

とはいえ、そんなことはどうでもいい。まったくとち狂った思い込みから、安倍は、財政支出についての常識をはね除け、日銀を叩いているのかもしれない。しかしなんであれ、「ヤケに深刻ぶった人たち」のおかげで、他の先進諸国の政府がそろいもそろって旧守主義に隷属状態にあり、別の手法を試みることができないなか、安倍氏が現状、財政と金融の刺激策を採っているというのは、事実なのだ。しかもこれまでのところ、結果は全体的に好ましい。長期金利が跳ね上がることもなく、円は急落した。つまり、日本にとって大変に好ましいことなのだ。

It will be a bitter irony if a pretty bad guy, with all the wrong motives, ends up doing the right thing economically, while all the good guys fail because they’re too determined to be, well, good guys. But that’s what happened in the 1930s, too …

痛いところを突く話になりかねない。いい人なんだけどねという人が、いい人すぎて失敗し、逆に悪い思いをもった悪いやつが、結果的には、経済的に正しいことをすることになれば。しかしこうしたことは1930年年代にも起きたことなのだし。
 
 

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コメント

最終段落ですがa pretty bad guyと安倍首相を暗に呼んでいるのは相当ネガティブなレッテルの貼り方で「凄く酷いやつ」ぐらいの勢いの気がします。単に悪いやつ、というよりは。

投稿: 外資系一筋18年 | 2013.01.15 20:31

But that may not matter.以降の最後の2段落、原文にはないような、安倍が守旧派(とは一言もない)を打破しているようなニュアンスがあって違和感あり、私訳作成してみました。クルーグマンとしては、国粋主義者で歴史修正主義者で経済もわかってない悪人が結果的に正しいことをしているのは皮肉なものだね、というニュアンスではないかと。有益であるといいのですが。[ ]内はコメントです。

「とはいえ、そんなことはどうでもいい。まったく間違った思い込みから、安倍は、財政支出についての通念を無視し [ignoring]、日銀を叩いているのだろう。しかし、他の先進諸国の政府がそろいもそろって、「とてもマジメな人たち [Very Serious People]」に従いすぎてなにか別のことをしているときに[守旧派にあたる表現なし]、安倍氏が現状、財政と金融の刺激策を採っているというのは、事実なのだ。しかもこれまでのところ、結果は完全にポジティブなものだ。つまり、長期金利が跳ね上がることもなく、円は急落した。これは日本にとってとてもいいことなのだ。」

「善人が、善人であろうとすることにあまりにも縛られてみんな失敗しているときに、一人のかなりの悪人が間違った動機によって、結果的には経済的に正しいことをする、というのはきつい皮肉だろう[痛いところはつかれてない]。しかし、それは1930年代にも起こったことなのだ……。」

投稿: とおりすがり | 2013.01.16 10:07

お疲れ様です。マリ情勢についてちょっと情報を集めていて、こちらのブログのいくつかの記事が早い段階で注意を喚起されていて大変参考になりました。どうも日本としてはアルジェリア事件のほうが話題になりそうですが、マリは必ずしも国際社会の意志が明確にならない段階でフランスが単独介入に踏み切ったことなど、色々今後について示唆深いと思いましたので、またそのあたり論じていただけること、期待しています。

投稿: | 2013.01.17 01:14

つーか、なんで「Japan Steps Out」にふれないんだろうか?このブログってこんなもんなの?

http://www.nytimes.com/2013/01/14/opinion/krugman-japan-steps-out.html?smid=tw-share

投稿: | 2013.01.17 23:58

ボーイング787の事故連鎖、アルジェリアでのテロ事件による邦人拘束、そして、訪問先のジャカルタの洪水。

安倍首相も、あまり神様には好かれているとは思えない。

神様に好かれる指導者が現れれば、必ず慶事があるはず。今のところそんな気配はないみたい。

投稿: enneagram | 2013.01.18 05:43

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