夕涼みにマクドに立ち寄る
夕涼みにマクドに立ち寄る。食事時も過ぎたせいか混んでいるふうもなかったが、カウンターではいろいろ注文している中年の男がひとりいた。私はその後ろに並んだ。
注文が終わると彼はカウンターの横にずれる。さて私の番か。というとそうでもない。カウンターの店員は注文の対応に追われていた。他の店員もいるので、そう待たされることもないだろうと私は思ったが、しばらくそのままだった。そうしているうちに、別の若い男の客がカウンターの前に立った。私の前に立ったのである。割り込みということである。ありゃ。
困ったなと思った。さてどうするか。客の動向を見ている店員もいるだろうから、カウンターに店員が戻れば、それなりの対応もあるだろう。お先のお客様は……私、ということにね。
そうなるだろうか。
ふと興味が湧いてしまった。案外、このまま、私は後ろに回されるということになるんじゃないかな。
で? 考え込んだ。他にすることもなかったし。私はこの件で、不利益を被っているのか。
私は、そうだな、もしかすると怒るべきなだろうか?
怒るとしたら、誰に怒るのだろうか。私を無視してカウンターにつかつかと割り込んできたこの客に「あのー、私が先なんですけど」と言うべきだろうか。
私の前に立った若い痩せた男を眺めると、なにかおなか空いてたまらんという感じでメニューを見つめている。カウンターに店員がまだ来ていないのだ。店員を待っている。
私も店員を待ってみるかな。店員がカウンターに戻れば、私がさっきから並んでいたことを覚えているだろうし。
店員がカウンターに戻った。
「お客様ご注文は」と私ではなく、私の前の若い男に声をかけた。おおっ。
私の後回しは決まった。
こうなるとしかたないな。
しかたない? 違うだろ。私のほうが先だよと言えばいいじゃないか。
ここでまた考え込む。誰に? 割り込んできた客に? それとも店員に?
注文を取り始めたカウンターに「私のほうが先なんですけど」と申し立てる意味はどのくらいあるのだろうか?
どうせ私は、コーヒーかコーラを頼むくらいの些細なお客なのである。
前の若い男は、ハッピーセットくらいは注文しているだろう。利益の上がらない客は後回しというのが、新しいマクドの方針かもしれない。まさかね。まあ、いいや。
割り込んだお客の注文もそう長くかかるわけでもないだろうし。
ところが、長い。
そのうち、店内に新しく入ってきた客が私の後ろに並ぶ。そりゃそうだ。そして数名の列が出来る。わっはっは。私が先頭だと思った。空しい。
それでもしばらくすれば、今度は割り込みもないから私の番になるだろう。そのときこそ、リベンジのチャンス到来。ふふふ。悪魔の微笑み。
悪魔なのだから、まず表向きは紳士らしく、丁寧に注文をしたあと、ワン・モア・シング、そうだ大切なことを言い忘れていたよ、と言う。君、さっき私を無視してくれたね……。
いや、そんな大人げないことしなくてもいいんじゃないか。大したことじゃないんだ。そもそも私になんか、マクドで認められるプライドなんか、ありゃしないのだし、敗者は敗者らしく黙って過ごしていけばいいんだ。
そうだな。別に大したことじゃないな。
というわけで、時は流れ、ようやく私は憧れのカウンターに立ち、コーヒーを注文した。
お砂糖・ミルクはお使いになりますか? いえ。レシートはご利用になりますか。いえ。店員は私の脳内劇場を知らない。
店員はコーヒーサーバーに向かって、コーヒーを注いでいた。そのときだ。
割り込んできた若い男がまだそこにいたのだ。注文がまだ揃っていないのだろう。私のほうを見て、ちょっと済まなさそうな顔をして、もしかしてお先でしたか?と言った。
かまいませんよ、と私は言った。
彼は、そう、私が並んでいるのではなく、注文を待ってそこにぼうっとしている客だと思っていたのだ。ようやく私が注文する段になって、彼の世界の構成が変わった。この人、もしかして私の前に並んでいた客だったのか、と。間違いに気がついたのだ。
それは、誰もがよくする間違いの一つということでもある。
私は内心ちょっとほっとした。俺が先だみたいな変な主張しなくてよかったなと思ったのである。
でも、とも思った。店員の態度のほうは、それでいいんか? 私が店のマネージャーだったら、これはまずいんじゃないかと思う。だが、これも考えてみると、店員もちょっとした間違いの部類だろう。
これでこの話はお終い。
教訓は……、うーん、なんだろ。まあ、些細だけど教訓に富んだ経験ではあったなと思うが、うまくまとまらない。
コーヒーを持って、二階のゆったりした椅子でも探そうかと、二階を見回すと、食べたままのゴミがそのままになっているテーブルがいくつかあった。なんかいつもより汚い感じだ。今日の店員さんたちはもともとゆるい人だったということかもな。
それでも、コーヒーは美味しかったです、とかなるといいオチなんだが、まずかったです。
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コメント
沈黙は金ってことで。
投稿: t | 2012.08.02 17:23
とても文庫本「ゲーム理論」の解説を書かれた方とは思えない「屁理屈」です。でも、爆笑しました。特に文末の「コーヒーはまずかった」のところ。私もそう思います。
投稿: 爆笑 | 2012.08.02 17:34
こんにちは。
前の男の人が気づいてくれて良かったですね。「もしかして、お先でしたか?」なんて済まなそうに言われたら、逆になんか嬉しく?なります。
つまり、店員さんの対応が?で、お店汚くて、商品が不味かった‥。
じゃあ今日は偽ビールということで。まだ早いか‥?
投稿: | 2012.08.02 18:37
私もよくありますこういうの。一人でいてよかったなーと思う瞬間です。( ・∇・)誰かと一緒だと、怒りをぶつけない訳にいかなくなりそうだから。♪ヽ(´▽`)/
投稿: Tammy | 2012.08.02 23:04
レンタルビデオ屋でレジが混んでるなーと思っていたら、櫛形配列でした。
並びましたよ。蛇行直線のラストに。
列は進み、次は私の番だというとき
12345
私○○○○
に、店員さんが一人、レジから離れて行きました。
その人が見えなくなったとき2345の受付が終わり、
残った店員さんが即「それではお次の方どうぞ」と、
○の人たちからDVDを受け取って貸し出し処理を始めました。
で1の人がなんだか長いんですよ。
流石に怒りましたね。
投稿: てんてけ | 2012.08.03 14:33
私の方が先ですよ、と言う勇気を持って下さい。
次の機会には出来ると良いですね。
投稿: サフラワー | 2012.08.04 14:36