[書評]農協の大罪 「農政トライアングル」が招く日本の食糧不安(山下一仁)
農政アナリストの山下一仁さんは、昨年までだったか、私が毎朝聴くNHKラジオで決まった枠をもって農政関連の話をしていた。その切れ味の鋭さから氏の意見をその後もおりを触れて傾聴してきたが、今年の年頭、本書「農協の大罪」(参照)が出て少し驚いた。著作は専門的な内容に限定されるとなんとなく思っていたのに、一般向けの書籍でわかりやすうえ、過激であったことだ。
農協の大罪 山下一仁 (宝島社新書) |
日本という国の空気を多少なり知った大人なら、農協批判が逆鱗に触れる話題であることはわかる。以前の山下さんのラジオの話でも概要はわかったが、ここまではずばりと踏み込んでいなかった。本書を読みながら「山下さん、農水省を辞められてからずいぶん腹を括ったものだな」というのと、いわゆる愛国者を標榜する人とはまったく異なり、「こういう人こそ本当の国士なんだろう」と感慨深かった。
テーマは標題どおり、日本国の農業を滅ぼした「農協の大罪」である。主張はそれほど込み入ってはいないが、仔細に読むと、農政学者でもあった柳田国男の論考など戦前の農政史の課題から、戦後直後のGHQ改革などもきちんと踏まえており、かなり骨太な著作になっている。こういうと逆に失礼かもしれないが、「極東ブログ:[書評]新しい労働社会―雇用システムの再構築へ(濱口桂一郎)」(参照)で触れた同書のように、岩波新書のほうがラインナップ上は適合しているという印象は否めない。宝島新書の気概の一冊でもあるだろう。
本書が出てから半年以上経つ。深い感銘を与える書籍でもあり、多くの日本人が読まれるべき著作だと確信しながらも私は、今回の政権交代の状況で本書がどういう意味をもつのかは考えあぐねていた。
本書で指摘されるように、農政の問題をこじらせたのは、農協のみならず、本書の副題に「農政トライアングル」とあるように、農協・自民党・農水省という権力のトライアングルである。自民党が農協下の農民票を期待して農水省にその便宜のための政策を提言する。農水省は提言を受けて農協に補助金を回す。わかりやすい仕組みだ(こうした仕組み自体が悪いわけではない)。しかし、政権交代によって自民党の農林族は事実上消えることになる。では、民主党がこのトライアングルを崩し、山下氏の指摘する農政問題が解決に向かうのか。そこが私にはずっとわからないままでいた。劣勢に立たされることになる農協はどうなるのだろう。この間の変化を本書を念頭に見ていた。
農協の苛立ちは、すでに「極東ブログ:日米FTAについて民主党の七転八倒」(参照)で触れたが、民主党マニフェストの日米FTAの変更および個別補償の純粋バラマキに結実している。率直のところ、民主党の見事な腰抜け具合だ。自民党がブレる政党と揶揄していたが、ぶれない自民党のほうがはるかに問題でもあった。
「だめだ、民主党」と思ったが、小沢大明神は「農協がわいわい言っているケースもあるそうだが、全くためにする議論だ」(参照)とつっぱね、民主党の真の屋台骨が小沢さんであることを示した。これがどう維持されるのかは、インド洋給油停止後の氏の国際治安支援部隊(ISAF)論と同様、不明だ。
個別補償のバラマキだが、先の農政トライアングルでいえば、農協の下にある農家への補償を農協をスルーして行うという意味もあり、農協潰しの含みがある。とはいえ、この問題はそう単純ではない。山下氏も個別補償に賛成しているが、それどころかこの政策自身山下氏に帰するもののようでもあるが、重要性は専業農家への選抜にある。だが、民主党にはそのビジョンはなさそうだ。ちなみに、民主党も同意見かは知らないが、私は山下氏と異なり、「兼業農家も含めてただばらまけばよい」と考えている。兼業農家は実質高齢者問題であり、バラマキは一種の年金だと割り切ってよいだろうと。なんだかんだいっても国土を守ってこられたお年寄りに国は見返りをすべきだろうと。そう思っている。
民主党によって農政の根幹問題は変化するだろうか? 難しいだろう。農政トライアングルの問題は、農協を日干しにすれば解消するものではなく、農水省の実質的な解体を含む。そこまでのビジョンも民主党にはなさそうだ。それに参院選を前に農協側からの最後の抵抗が予想され、大きな改革はそもそも打ち出せないだろう。
話を本書の基本の枠組みに戻し、農協の何が問題なのか? 簡単に言えば、農協が日本の農業という点では農家を代表していないことだ。では農協とは何か。ごく簡単にいえば、金融機関である。大雑把に言えばと、留保はするが、GHQの農地解放によって小作から自立した農民は、ある意味で無償で土地を得た。これが日本の経済成長によって実質資本化され、農協という金融機関が吸い込んだ。こうした農民は小規模経営でもあり、国際市場に晒される農産物の生産者としてみれば、大半は兼業であり、勝負にならない。そこで農協は、いわば半農の層を農業専門に自立しないように片手間の稲作に保証金を付けるように農政トライアングルを形成した。これが米価の仕組みでもあり、当然ながら、兼業農家は潰れないが日本の農業は衰退することになった。
もっとも日本の農業がすべて兼業の稲作ではない。むしろ専業的に自立している農家は、こうした農家に言い方は悪いが、農協に飼い慣らされているわけではない。それでも、農協下の兼業農家は異様なほど大きく、奇妙なパラドックスが発生する。
日本における06年の農業総産出額は8.5兆円である。これはパナソニック1社の売上額約9.1兆円にも及ばない。パナソニックの従業員は30万人弱なのに、農業では、農家戸数は285万戸、農協職員だけで31万人、農協の組合員は約500万人、准組合員は約440万人もいる。GDPに占める農業の割合は1%にすぎなのに、日本の成人人口の1割が農協の職員、組合員、准組合員ということになる。
ひどい言い方になるが、パナソニックにやや劣る規模と社員数を持つノーキョーという企業を想定するなら、この企業は会員の政治力で政府を介した配分によって成立していると見ていいだろう。では日本の農業は?
06年の農業のGDP(国内総生産)は4.7兆円だ。しかしこの数字は、関税や価格支持(高い価格で農家所得を保証する政策)の農業保護によって実現されたところが大きく、OECD(経済協力開発機構)が計測した農業保護額(PSE)は、農家のGDPとほぼ同じである。つまり、保護がなければ、日本の農業のGDPはゼロとなってしまうのだ。
こうした日本の農業をどうするのか。食の安全保障はどうなるのか。本書ではその具体的な打開策を展開しており、理論的にはそれしか解答はないだろう。また、今後のWTOやFTAの動向についてもきちんとした枠組みを説明している。
悲観的な私はというと、そうした解決の道に日本が進むとは思えない。おそらく10年、20年のスパンをかけて、金融機関としての農協がじり貧に崩壊し、農家も高齢化でじわじわと解体していくのだろうと思う。
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コメント
兼業農家の、兼業先はどうなっているのか分析されてあれば、立派な書物だと思うし、全国の実体に興味がある。
戦時中は、長男が跡取りで、残りは頭がよければ役所勤めで、そうでなければ、軍隊、まったくダメならば、地元のヤク○で、収穫時と、耕運時に男手が臨時で手伝うのであって、日常的には女手でやっていたような? ということで、昔から兼業の土壌はあったみたいな。
軍事協力を拒否する見返りが農産物の自由化なんだろうから、これで手を打つとなれば、あっという間に解決するだろうし、それに農家の年寄りはしたたかでシッカリしているので、返って情熱の火がついて燃えるだろうから、政治的見せ場を作ることができれば、民主党に、大きな株が根付くと思うよ。都会人の方が、どう見積もってもヤワでナイーブすぎる。
投稿: | 2009.09.14 20:28
>兼業農家は実質高齢者問題であり
んー? うちの親戚は皆、専業は親世代の高齢者、兼業は従兄弟達ですよ。
結局兼業の理由は農業だけやってたら子育てできない(収穫後だけの農業収入じゃコンスタントな支出に対応できない→サラリーが欲しい)というのが大きい。農協は農家に対する与信機関という存在理由があるけど農家としては農協にばかり依存してたら言いなりになるしかない。だから、兼業したい。
それと、山間農地(父方)は凄い手間かかるけど、平野部(母方)はわりに暇持て余す、ってのもあるみたい。
投稿: himorogi | 2009.09.14 21:13
個別の農協についてもうちょっと勉強してから書かないと恥をかくだけですよ。
農協は一枚岩の組織でもなんでもないです。
北海道と本州の農協は全く別の思考で動いてるし、その逆もまたしかり。
投稿: ななし | 2009.09.14 22:17
まぁ、最低限3~4町歩(1万~1万2000坪)…できれば10~20町歩持たない農家さんは、いっそ自家所有家庭菜園1反(300坪)って割り切った方がいいんですよ。他は、やり手にやらせればよい。中山間地域の農家なんかは、嘗ては「そういう立ち位置」だった筈。元々平場に住むには厳しい人々の避難所というか、そういう立場でしょ。昔はコレと言った産業が存在しないんだから、そうでもしないと生きていけなかったんだし。
んで。今どきなんぞは都市部の仕事生成力や生産力がそれなりにあって都市部住民が強勢なんだから、そっちに住めばよいんよ。それか、在所は田舎で働きに出るのは都会へ、とか。そんなもんで十分。それと意欲農家への集約を並行して進めて(←出来ないだろうけど)集約化をしないと、行く末どうにもならんですよ。
ただ、そういった作業を、下手に外国基準と同一視しないことは、重要かもしれませんね。中山間部農業ってのは外国には無いか少ない事例でしょ。あと、日本でやるなら関東以北(濃尾平野含む)って話にしないと、どうにもならん。今どき平野部にアホほど住んでる人々は、一遍寒村へ避難した方がいいんだわ。億円単位以上の小金持ちは、特に。応仁末期以降の社会動静みたいなのを、今再現するのもいいかもしれない。平静に。
それが出来なきゃ、田舎がどうこうって問題も勿論あるけど、都市住民だってウサギ小屋に入りきらない己が欲に押し潰されて、死にますよ。
まぁ、私は20年くらい前から今ある姿を(大体)読み切ってたから、今こうして平平凡凡やってますけどね。今から気付いて今すぐやって、私になるのは10年後。そのくらい腹括ってどうにかしないと、今は兎も角10年後20年後に大変なことになりますよ。リアル応仁大乱とか、冗談ではなくなってしまうかも。
ちなみに我が家は創業(←笑)推定500年ですけど、元々は都市住民だったんじゃないかな。「(当時の)避難組」の末裔なんじゃないかな。昔は大百姓&有力者だったそうですから。今は残念なんですけどねw
投稿: 野ぐそ | 2009.09.14 23:19
この本読みました。
中学生でも読めるくらいわかりやすいのに極めて辛辣な凄い内容の本です。
全国民必読の教科書です。
農協だけブクブク太って農民はお先真っ暗という構図は、
役人やマスコミだけブクブク太って、
庶民や若者はお先真っ暗、と言い換えても良いですね。
投稿: tanaka | 2009.09.15 11:21
戦後の日本はマルクス主義の国ですから、これは社会主義の集団農場とかをモデルにしているのでしょう?
日本の社会ってのは、社会主義国からモデルを見つけてきて、それをアメリカ化・資本主義的に改良しているパターンが多いと思います。
日本の制度モデルは社会主義国から来ているという視点は、盲点なんですね。
投稿: PK | 2009.09.16 08:15
そこまで言われたら買うしかないと思って買った
後悔はしてない
投稿: rabi | 2009.09.16 18:12
私は農家です、花を栽培しています。年齢は60歳です。
農家は皆、高齢です、10年後稲作農家は激減しています、
わずかに残った補助金漬けの大規模農家は自立できず、瀕死の重病人になっています、こんな事で良いのか?と問われれば良くありません、でもこれが現実です。推測ですが民主党の所得保障も効果がないと思われます。
投稿: sakai | 2009.09.18 21:36
実質上労働組合の票で政治家やっている旧社会党右派の赤松衆院議員が農水大臣で本当に大丈夫なのかいな?
まあ、不正のために大臣を辞任しないといけなくなる人とは思わないけれど。でも、選挙区は愛知県第5区で、名古屋市に通勤する人たちのベッドタウンですよ。郡部が選挙区の一部を構成してはいるけれど、それでもねえ。
まあ、東京都の江戸川区選出の島村農水大臣も大臣を勤め上げはしましたけどね。それでもね。
投稿: enneagram | 2009.09.22 14:00
悪の農政トライアングルにより、林業の崩壊、限界集落、村の文化の消滅されようとしている。
今こそ、みんなで考える時でしょう。
そのためにも不要なダムは廃止すべきかと思います。
投稿: YASE | 2009.09.24 17:47
半年前から家庭菜園を始めて色々勉強しながら作物が出来ました。農業は生命を預かる崇高な仕事と思いました。もっと皆が働いて得られる幸せを感じられる為に作付け面積を広げられるように近所の農家にお願いに伺ったのですが出てくる話はいかに働かずに補助金を貰うかの話ばかりで最後の締めは少し作っていたほうが補助金貰えるから畑を貸しても良いとのこと。非農家の勤め人は一生懸命働いて安い給料で税金を搾り取られてるが方や農家には生活保護者のように恥とも思わせず堂々と税金を与えて至れり尽くせり。これでは農業は滅びますよ。だって補助金を貰っている農家の跡取り息子(60歳近い)が私に聞いてきたのは「種はどこで買ったらいいの?」だったから。開いた口がふさがらなかったです。なぜこういう人たちにも補助金がでるのでしょうか?大汗かいて家庭菜園でも野菜を作っている人の方が食料自給には貢献してますよ。もっと税金を有効に使って下さい。若い人が夢を持てるように。今の農家は、ほとんどが老人で跡取りが農業をせずに食い物にしています。生活保護は、もっと緩やかに、農業補助金は、もっと厳しく査定してください。
投稿: 農ちゃん | 2012.12.08 03:13