ビートルズ・キット15 [ドリアン-エオリアン]ブルース ([♯ファ-ファ]ブルースのマイナー・ヴァージョン) |
このキット15はキット14でみた[♯ファ-ファ]ラインによる「リディアン・ブルース」のマイナー・ヴァージョンとしての性格をもっている。
コード・チェンジとシンクロして、ドリアンとエオリアンとのあいだでブルースが生まれている。
キット15-0
このコード・チェンジは、マイナー・コードのクリシェとして理解するのが一般的だが、たんにラインがクロマティックに移動しているだけではない。ラインの移動にともなって、コードもモードもチェンジしているのだ。「ぶどう・コード」の黒いオタマジャクシをフルに鳴らすと、そのチェンジの美しさが圧倒的にせまってくる。
「エリナー・リグビー」は、エオリアンとドリアンのモードでできている、ということはこれまで紹介してきたが、ここでは、コード・チェンジにシンクロして、2つのモードのあいだでチェンジがおこっている。
2つのメロディーが同時に、もつれあうように重なっているところが実に美しい。このキットでは、音の長さをいっさい無視して、重なり具合だけをとりだしてみた。
じつはこのアイディアはジョージ・マーティンによるものらしい。
《私は彼らにクラシックの知識を身につけさせようとした。実際、彼らの作品に対位法を用いたりもしたね。「エリナー・リグビー」をレコーディングする際
ある意味でビートルズはあの曲で大いに前進した私はその中のフレーズの1つを、もう1つのフレーズと並べることができると気づいた。彼らはそういう予定はしていなかったのだがね。つまり、“Ah, look at all the lonely people”の部分を、曲の最後に持って来ることが可能かもしれないと気づいたのだよ。実際にその通りだった。私は彼らに歌わせてみた・・・・・・すると彼らは仰天していたよ。「ヘイ、本当だ。マッチしてるよ! 最高じゃないか。うまく調和してる」とね。彼らには思いもよらなかったのだよポールもね。》
・・・・・・『ロッキング・オン』1994年3月号
対位法というのは、言葉はむずかしそうだけど、ここまでのキットでも、みんな平気でやっていたことだ。
キット15-1
図にすると、こんな感じ。2本のメロディー線がいっしょに上昇しているか、下降しているか、反対になっているか、2本のうちの1本がそのままか、といった感じで分類できる。
「クラシックの知識」としての「対位法」では、もっと細かいルールがぎっちりとつまっているが、そのもとにあるのはあくまでも“ある歌に対してもうひとつの歌をうたう”という素朴で強力な欲求である。
メロディーのかたちはジョンの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」をモデルにした。あのメロディーは、パトカーのサイレンが上下にあがったりさがったりしている音から考えついたらしい。
キット15-2
ビートルズ・キット16 モダン・マイナー・モード・ブルース |
まず、図12の「マイナー・モードのコード・リスト」を見てほしい。
モードとしては、さきのエオリアン・モードととても近いけれども、ひとつだけ違いがある。エオリアンでは「G」だったのが「♯G」になっているところだ。鍵盤図では、Aマイナーのキーで示した。
ドレミファソラシドというメイジャーと同じように、マイナー・モードも同じ白鍵の世界だけでできているのか、と思ったら、ひとつの黒鍵の音=♯ソがまざっている。
図12
逆にエオリアン・モードのほうが、完全に白鍵だけの世界なのだ。
実はこのマイナー・モードのなかの黒鍵は、♂コードの欲望がつくりだした「黒」なのである。
クラシックの世界では、メイジャーとマイナーという2つの世界がそれぞれの違いを尊重しながら存在しているように思われているかもしれないが、まったくそんなことはないのだ。メイジャーはマイナーにいろんなものを押しつけているのである。その最大のものが、この「♯ソ=黒」である。
この音が「♯しないソ」のままなら、<Ⅴm>のコードになってしまい、ドミナントとしての機能を果たすことができない。そこで、この「♯ソ」をつくりだすことによって、♂コードをマイナー・モード=♀モードの内部に挿入したようなかたちになっているのだ。つまり、クラシックの世界では、メイジャーであろうとマイナーであろうと、ともかく♂コードの欲望だけは貫いたのである。その結果、このメイジャー7度を持つマイナー・スケールという、これまでのモードの流れからすれば、あきらかにちょっと変わったモードができたのである。
さらに、コード・リストのⅡのところをみると、Ⅱdimとなっているが、これは「セブンス」を加えて「Ⅱm7(♭5)」とか「Ⅱφ」といった記号で示されるコードで使われることが多い。ワーグナーの「トリスタン和音」というのも、これと同じタイプのコードだ。
すでに紹介したキット12-1の<Ⅳm△7>というコードは、このメイジャー7度(♯ソ=♂)をもつマイナー・コード(♀)だが、このコードの素になっているのが、ここで紹介しているモードである。
ビートルズの中で、このヨーロッパ独特のモダンなマイナー・モードに最も興味を持ったのは、ジョンだった。彼はこのモードを使って、次の2つの曲をつくっている。
これまで登場したことのないタイプのⅤ7コードが使われている。これは、ジャズなどで「オルタード・テンション・コード」と呼ばれているもので、構成音の②や③や⑥がフラットしたり、④がシャープしたりしている。このコードが属しているマイナー・モードの音がそのまま影響して、もともとの構成音を半音変化させているのである。日本の演歌などでも、この「オルタードⅤ7」の響きは、ひじょうによく使われている。
キット16-1
よく演歌は日本人の心である、といったことがいわれるが、演歌は構造的には近代ヨーロッパのマイナー・モードの[ⅤⅠ]型に近く、サウンド的には黒人の伝統的なブルースの歌い方とつながりをもっている。ある意味で非常にインターナショナルな音楽なのである。
ベートーヴェンを逆にする、という話で出てきた曲がモデルになっている。マイナー・キーのなかでの[Ⅳm←Ⅰm]型が見事に使われている。最後の4小節をアップル・コード・チャートで分析すると、[Ⅵ♭7←Ⅰ7]という、非常に不思議な逆行形であることがわかる。
キット16-2
ビートルズ・キット17 [マイナー-エオリアン-ドリアン]ブルース ([♯ソ-ソ-♯ファ-ファ]マイナー・ブルース) |
キット15の[ドリアン-エオリアン]ブルースの[ラ-ソ-♯ファ-ファ]ラインに、さらにひとつ、♯ソという音が付け加わっている。
この♯ソはキット16のマイナー・モード上の<Ⅴ♂コード>の構成音(③)であり、マイナー・モードの原型であるエオリアンの「♭Ⅶ」の音を半音上げた「Ⅶ」の音、すなわち「導音」である。そこでモードがキット15よりひとつ加わってマイナー-エオリアン-ドリアン]となっている。
キット17-0と17-1(下)
これも一般的には、たんにマイナーのクリシェ・パターンとして考えられているが、ラインの変化とともに、かなり大胆なモード・チェンジが起こっている。
ポールは、この特徴的なクロマティック下降ラインについて、次のように語っている。
《「ミッシェル」のベース・ラインは決して忘れられないな。ビゼーの曲みたいなベースを入れたことで、曲の雰囲気がガラリと変わったんだ。ベースであんなことができるなんて、すごいとおもったよ。》
・・・・・・『ビートルズ/レコーディング・セッション』p.275~p.276
いっぽう、このクリシェの匂いがよっぽどいやだったのか、ボブ・ディランは、「ミッシェル」に対して、かなりはっきりした批判をしている。
《国会図書館に行ってみなよ。もっとましな歌がいくらでもあるさ。ティン・パン・アレーには<Michelle>や<Yesterday>みたいなのがそれこそ腐るほどあるんだ。》
・・・・・・『ビートルソングス』p.70