「あずけて!時間銀行」はスゴ本
キャラ、テーマ、プロットの全てが素晴らしい、ストライクのラノベ。萌えながら泣きながら読む。出し惜しみせず全2巻で完結しており、終わるのを惜しみながら読む。
もちろんミヒャエル・エンデの本歌取りだが、さらに拡張して、「キャッシング」「口座振替」「利子」なんて概念がある。主人公は時間を「キャッシング」して、残りわずかな人生を引き伸ばすために、時間銀行員の助手のバイトをしている。バイト料は時間で支払われるから、文字どおり「時間稼ぎ」のバイトだ。
キャラからいこう。没個性な「灰色の男」とは対照的に、女のコがいい。無表情で敬語なので「長門さん?」と予断したら違ってた。時間銀行員という業務にマジメなのだ。だからスカートまくられたら怒るし恥ずかしがるし反応がいちいち初々しい。秘めた思いが暴されて顔真っ赤になるトコなんて、読んでるこっちがアツくなる。
他にもロリからグラマー、熱血レズから凶女までそろえているから、好きな嫁を選んでくれたまえ。あと妹! シスコン主人公と妹の掛け合いは必見。お互いを大切に思いあってラブラブなのは、微笑ましいのを通り越してなんかあるのか? と勘ぐりたくなる。
それが、あるのだ。
過去が今を縛り、その記憶に囚われるさまは、Kanon 初プレイの胸の痛みそのもの。1巻目の中頃で、なぜ彼は時間稼ぎのバイトをしているのか、なぜ兄妹は異常なほど仲良しなのかが早々と明かされる。会社に行く電車で読んでたけれど、涙が止まらなくて困った。
テーマとなる「時間」のとらえかたが良い。人は「時間」を消費して生きる。そして記憶とは、消費された過去の時間を指す。昔のトラウマを思い出すことは、すなわち過去の時間をくり返し消費して記憶を重ねることになる。仏道ライフハック「考えない練習」のように、過去に囚われる。今を生きるのではなく、過去を生きることになる。
「あのとき、あと5分早かったら…」「あんな返事をしなければ…」―――誰にも触れられたくない、ひっそり後悔を重ねる記憶―――これを解放するのが、主人公の役目。何度も思い出され(=消費され)た分だけ、結晶のように時間が詰まっている。過去と折り合いをつけることで、結晶体を手放すことができる。思い出をどう解釈するかは、現在の心の持ち方に委ねられる。過去は変えられないが、過去に向き合う今の姿勢は、変えられるのだから。
「ゆるす言葉」で考えたとおり、「赦す」とは、過去をなかったことにすることではなく、過去にまとわりついている、自分自身の感情を手放すこと。自分を自由にする手段なのだ。「過去は変えられない、未来はまだない、だから今に集中しろ」というブッダの言葉(ちと改変した)を思い出す。主人公と女の子(シーヌ・ポックルという)は対象者の記憶に入り込み、ときに闘い、ときに説得しながら、結晶体を手に入れる。そうそう、バトルがアツいぞ。「時間」を操れるのだから、止めることもできる。正しくは、相対的に自分の時間だけ「消費」できる(ex.みんなの1秒間に自分だけ10秒ぶん動ける)。ほらほら、ディオ vs 承太郎 の名勝負を思い出せッ
伏線回収の絶妙なプロットも素晴らしい。ラノベのお約束を踏む以上、予想された展開とオチに行き着くことは分かってるのだが、その観せかたに魅せられる。彼がバイトする「本当のわけ」が明かされるタイミングとか、そこに行き着く成長ぶりとか、ラストのキャッチボールのシーンとか、二度も三度も泣く(帰りの電車なので困った)。
ラブとバトルとメッセージ「今を生きろ」はきっちり伝わった。ライトなのにズシンとくる傑作、読むべし。
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コメント
以前、Dainさんの『雷撃☆SSガール』の記事に触発されて同書を読んだら最高に面白かったという経験をさせていただいたので、今回も無条件で手を出してみようと思います。
ありがとうございます。
投稿: Taka@中小企業診断士(業務休止中) | 2011.09.13 23:55
>>Taka@中小企業診断士(業務休止中)さん
ありがとうございます。「雷撃」とは別種の楽しさ(と気づき)に満ちています。
純粋にラノベとして愉しんでよし、深いトコを自分で汲み取ってもよし、といったつくりになっていますよー
投稿: Dain | 2011.09.14 00:13
いつも、本を選ぶ際に参考されていただいてます。
「あずけて! 時間銀行」面白かったです!
良く練られた感じがして、良かった。
「灼熱の小早川さん」も一緒に読んで、実に充実した一日でした。
面白そうなラノベを常に探している自分としては、スゴ本ラノベ100冊みたいな企画を熱望したりなんかしてみたり。
ではでは。
投稿: マキシュン | 2011.09.20 00:05
>>マキシュンさん
おっ、読んでいただいて感謝です。わたしが書いたわけではありませんが、「いいね!」が重なると嬉しいですね。ラノベはあまり読まないので100冊いかないでしょう。最初は良かったのに巻を追うごとに…というのが多いので、オススメも難しいです。
がんばりました!と誉めてあげたいのが、「付喪堂骨董店」でしょうか。これは1巻がかなりよくできた○○系です。が、そのネタで引っ張るのは苦しいはず(巻を追うごとに作者の苦労が目に見えます)。完結となる第7巻はウルトラCですね。
投稿: Dain | 2011.09.20 23:07