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「夜の来訪者」はスゴ本

夜の来訪者 今年のNo.1スゴ本! …というか、戯曲。緊迫した展開と最後に用意されたどんでん返し。サクッと読めてゾクッとした150頁たらずの小編だが、自信をもってオススメできる。

舞台は裕福な家庭、娘の婚約を祝う一家団らんの夜。そこに、警部と名乗る男が訪れて、ある貧しい若い女性が自殺したことを告げる。そして、その自殺に全員が深くかかわっていくのを暴いていくが…

 場所は、団らんの居間のみ。派手なアクションも大仰なセリフ回しも一切無し。新訳がまた上手いんだ。削ぎ落とされた言葉の向こうに、胸がつぶれるほどの感情が取れる。山場では、気持ちがダイレクトに伝わってくる、まるで、舞台の上の表情を見ているかのような気にさせられる。

 しかも、前半の前触れがいい。会話の端々に危うさがナイフの腹のように光っている。和気あいあいとした中に、読み手はなにか落ち着かなさを感じる。ひょっとして伏線なのかなぁ…と思うこと二度三度 ←ハイ、伏線入りまくりでしたな。鮮やかに、しかもキッチリと回収される。そのムダのなさに寒気が出る。

 過去が暴かれていく過程は、一種のミステリ的な面白さが詰まっている。「警部」の追い込みは淡々と容赦なく、ハラハラドキドキしっぱなし。各人と「自殺した女」との関わりあいは? それを「警部」はどう追及するのか?

 しかし、もっとスゴいのはその後。「警部」が退場した後、彼が投じた一石が各人を揺さぶっていく様が実にスゴい。最初の幸せな家族とは、まるで別人のように見える。人間性むきだしのセリフに心底怖くなった。吊革につかまってる、わたしの腕は粟だった。

 そして、ラスト手前のところで、人の本性そのもの(しかも暗いほう)を覗き込む。怖くて立ってられない―― ただし、ラストは見抜いてた。長年の読書経験で身についた、「先読み」のクセを恨む

 本書はNHK週刊ブックレビュー(6/24[参照])で逢坂剛さんが気合を入れてオススメしてたので読んだんだが―― やっぱり、面白い本を書く人は面白い本を知っているね(彼のNo.1オススメの[遙かなる星]もスゴかった)。

 最後に、これ読んだわたしにとって、ぜったいに忘れることができなくなった一文を、引用しておこう。

「わたしは警察の者です。きょうの午後、若い女性が消毒剤を飲んで、数時間もだえ苦しんだあげく、今晩、救急病院で死んだのです」

 まあ読め、堪能できるゾ。

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コメント

こいつは是非、舞台も観てみたいですねえ。
日本でも過去何度も上演されたといいますから、遠からず機会には恵まれるでしょうが。

書評をいくつかなぞると、イデオロギー的には時代を感じさせる面も否定できないとか。「華麗なる一族」の先日のドラマが消化不良だったのも、原作執筆当時の日本の社会的背景がドラマの世界観の中にうまくトレースできていなかったことが大きな要因だったと思います。

そう考えると、『夜の来訪者』が書かれた1940年代イギリスの「階級制度」や「社会格差」、資本家と労働者との軋轢を背景とした問題意識に疎い私など、プリーストリーの言いたかったことの半分も分からないでしょうね。

もっとも、そういった意識なしに純粋に「スゴイ!」と感じる力作ではあるのでしょうけれど。

投稿: ダカーポ | 2007.07.05 03:41

今晩、救急病院で死んだのす。」←のす。参照元の誤字なのか本がそうなのか気になってしょうがない・・・読んでくるか。

投稿: ぼえぼえ | 2007.07.05 04:28

堪能しました。
最期のどんでん返しも「劇的」でよかったですが、おっしゃるとおり、警部が退場した後のやりとりが良かったです。
私の場合は、夫人の「お見事でしたわよ」という褒め言葉が忘れられません。

誤字か確認するために読み始めたのに、どうでも良くなっていました。スゴ本。

投稿: カイハジ | 2007.07.06 20:46

>> ダカーポさん

舞台映えするホンだと思います。「読むと目に浮かぶ」は喩え話ではなくホントに浮かびます(声付きで)。

階級制度は会話や態度の端々に出ていますが、本書の本質はズバリ「人間」です。時代背景は末尾の解説を読むと一層深く理解できるかと。


>> ぼえぼえ さん

「のす」…
おお、ご指摘ありがとうございます、「のです」ですね


>> カイハジ さん

ああ確かに。
「お見事でしたわよ」にもゾっとさせられました。とても『芝居がかって』しゃべっていた筈です(←脳内再生)。芝居の中で芝居を見る気分です。


投稿: Dain | 2007.07.06 23:36

30年くらい前、NHKで単発のTVドラマをやったようなおぼろな記憶があります。

投稿: takurinta | 2007.07.07 00:22

刺さる
ただし読み応えは少ない

劇として役者、舞台を揃えて初めて全体性を持つ作品

読むより、観るもの

投稿: TH | 2007.07.12 15:35

 上でtakurintaさんという方が書いていらっしゃる通り、1975年にNHKで放映しました。内田良平さんが、橋爪という刑事の役でした。原作でも警部が名前を聞かれて綴りを言う場面がありましたが、内田良平さんが「ブリッジの橋に、この手の爪と書くんです」と、わざわざ説明するのがなんとも不気味でした。ただ、エンディングで原作の名前が「検察官きたる」と書かれていたので、はじめゴーゴリの「検察官」かなとも思ったんですが、「きたる」が余計なので、それから原作を探し続けましたが徒労でした。ネット時代になって、いろいろな方のブログでやっとたどり着き、この文庫本も読むことができました。テレビドラマデータベースによると、NHKで放映したドラマの題も「夜の来訪者」だったと判りガクゼン。そっちの題で探していれば早く見つかったかもしれないのに、肝腎のドラマの題は忘れていたのでした。
 内容はというと、本当に息もつかせぬ展開ですね! 舞台でやるには複線が多すぎて、何度も劇場に足を運ばなけりゃなりません。

投稿: とむたま | 2015.05.24 13:38

>>とむたまさん

コメントありがとうございます。この作品が、どういう風な演出でドラマ化されているか、がぜん興味がわきました。どの時代でも、どの国でも、この「人の闇」はドラマにできそうですね。

投稿: Dain | 2015.05.24 16:57

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