☆短編
・老舗大店の跡取り息子×元芸者
高校時代の遺物です
記載に当たって全文に眼を通し 矛盾点の手直しを行いましたが
何しろ 今以上に知識の足りていない頃に書いた駄文なので おかしな部分の多いこと多いこと…
舞台設定としては 明治末期から大正初期頃の日本をイメージしています
近くにいるのに触れられない
賑やかな街の外れにひっそりと存在する、一軒の古びた日本家屋。
決して大きくはない、寧ろ小さくすらあるその家に、女はひとり暮らしていた。
袖から覗く襦袢の白と対照的な喪服の如き漆黒の着物に、深紅の帯。
背の中程で無造作に括られた闇色の黒髪が、初春の柔らかな陽射を受け、時折黄金(きん)に輝く。
数年前、遊郭にいた頃から愛用している曼珠沙華の打掛を肩掛け代わりに纏い、使い古した三面鏡の前で煙管(きせる)を吸う。
薄く立ち昇る煙が、庭先からの春風にそよぐ。
安穏とした麗らかな午後の春の陽気に誘(いざな)われ、座り込んだまま心地良い微睡(まどろ)みの淵へと沈みかけた時、女は庭を囲む垣根の向こう側に足音を聞いた。
「こんにちは…っと」
気怠(けだる)げに頸を擡(もた)げると、そこには予想通り見知った男の姿があった。
「また来たのか。そこは入り口ではないと何度言えば判るのだ……ああ、花を踏むな」
「つれないことを言いますね、貴女と俺の仲でしょう」
苦笑する男を無表情な面で一瞥し、女は吸いかけの煙管を煙草盆に置いた。
転寝(うたたね)を妨げられ少々気分を害した女は、普段以上の冷淡さで男に接する。
「莫迦なことを…。
――良いか、お前はその道では名の知れた老舗の大店(おおだな)の跡取りで、わたしはお前より十も年上の、しかも妾寡婦(めかけやもめ)だ。少しでも外聞を気にする心が残っているのならば、もう此処に来るのは止めろ」
「それは無理な話ですね。俺が貴女に惚れている限り」
板張りの縁側に腰を下ろし、男が真っ直ぐに見つめてくる。
大商家の一人息子という良家の出ながら己のことを『俺』とぞんざいに自称する、まだ青年と言ってもいい年頃のこの若い男が通ってくるようになって、早二年が経つ。
しかし、いつ何処で、自分の何が彼の眼に留(と)まったのか、女には未だに判らない。
辟易の溜息を吐き、男に背を向けると、近くに打ち捨てられていた書を何気なく手に取る。
パラパラと頁を捲るも、縦向きに規則正しく印刷された文章が頭に入ってくることはない。
単なるものぐさだ。
…と、不意に背後の空気の乱れを感じ取る。
振り返る暇もなく肩を掴まれたかと思うと、座敷に押し倒された。
畳に曼珠沙華の打掛と漆黒の髪が広がる。
「何を…」
「少しは俺に興味を持ってくれてもいいでしょう? そうやって露骨に無関心に振る舞われては、俺だって流石に腹が立ちますよ」
顔の両横に手を突き、覆い被さるような態勢でじっと覗き込んでくる。
男の若々しく整った容貌を見上げながら、女は苦悶と懊悩に眉根を寄せる。
押さえ付ける力強い腕と自分を見据える熱を帯びた真摯な眸に、一瞬何もかも投げ出して傾倒してしまいたい衝動に駆られる。
だが、それはこの身を滅ぼす望み。
この思いを知られてはならない。
考え込んでいる内に、いつの間にか男の顔が目前に迫っていた。
――いずれにせよ、このまま流される訳にはいかない。
男の唇が己のそれに落ちてくる前に、女は手に持つ書を表紙から男の顔面に叩き付けた。
「わッ!?」
全くの無抵抗だった女がよもや反撃に転じようとは予想だにしていなかったのか、男は声を上げて女の躰(からだ)から退いた。
その隙に女は素早く上体を起こし、皺になった打掛を軽く叩(はた)いて男から離れる。
「何をするか、この莫迦者。さかりのついた獣でもあるまいに、妙な気を起こすな」
「………本当につれない女性(ひと)だ、貴女は……」
乱れた前髪を掻き揚げ、男は酷く切なげに顔を歪める。
そんな男を完全に無視し、女は乱れた襟をきっちりと合わせる。
「わたしのような女に手を出す暇があるなら、さっさと美しい嫁御を迎え、子のひとりやふたり生(な)して御両親を安心させんか。不能者でもあるまいに、嘆かわしいことだ」
「俺に、貴女以外の女を妻に迎える気は更々ありませんよ」
「戯言を」
女は苛立たしげに額に手を遣った後、男から顔を背(そむ)け、曼珠沙華の打掛をきつく羽織る。
一連の所作に強い拒絶を感じ取った男は小さく息を吐き、静かに庭先に下りる。
女が纏う打掛に刺繍された花は、女の意志を表すには十分なものだ。
根に毒を有するその花は、己を喰らおうとする獣をその毒をもって追い払うという。
己が身の護符の如く女が纏う、この鮮やかな緋色の花――曼珠沙華は、別名彼岸花とも言い、その名の通り秋彼岸の頃に毒々しいまでに紅い花を咲かせる。
根に有する毒故に、土竜(もぐら)除けや魔除けにと田畑の土手や寺院に植えられることも多い。
嘗て『壱師』という妓名を冠していた女に、まさしく似合いの花ではないか。
自分がこの孤高の花を手折る資格を得られるのは一体いつなのだろうかと思いながら、男は溜息を漏らす。
譬え一生掛かろうと、諦める気は毛頭ないのだ。
既に満々に膨らんでいる男の恋情を解する風もなく、女は煙管を手に取り、再び美味そうに吸い始めた。
亡くなった旦那に落籍(ひか)れる以前から長く慣れ親しんでいる味に、自然と女の口元に笑みが浮かぶ。
綻ぶ口元を見、男も又頬を緩める。
視線に気付いた女が睨むと、男は軽く頸を竦めた。
「また来ます」
「もう来るな」
女が間髪要(い)れず畳み掛けるように言い返すと、男は苦笑を零しながら尚も愛しげに眼を細める。
毎回すげなく追い返しているというのに、全く懲りない男だと思う。
だが、この奇妙な交流がいつまでも続けば良いと思い始めていることも事実。
矛盾した己の心に幾分苛立ちながら、立ち去ろうとする男の広い背を見遣る。
「他愛のない雑談程度なら、相手になってやらぬでもないんだがな」
「え?」
「何でもない」
腑に落ちない様子で頸を捻(ひね)る男が「花を踏むな」という自身の注意に従い難儀そうに垣根を越えてゆく姿を眺めながら、女は微かな笑みと共に今日も小さく呟く。
実に野暮な男だ――と。
記載に当たって全文に眼を通し 矛盾点の手直しを行いましたが
何しろ 今以上に知識の足りていない頃に書いた駄文なので おかしな部分の多いこと多いこと…
舞台設定としては 明治末期から大正初期頃の日本をイメージしています
近くにいるのに触れられない
賑やかな街の外れにひっそりと存在する、一軒の古びた日本家屋。
決して大きくはない、寧ろ小さくすらあるその家に、女はひとり暮らしていた。
袖から覗く襦袢の白と対照的な喪服の如き漆黒の着物に、深紅の帯。
背の中程で無造作に括られた闇色の黒髪が、初春の柔らかな陽射を受け、時折黄金(きん)に輝く。
数年前、遊郭にいた頃から愛用している曼珠沙華の打掛を肩掛け代わりに纏い、使い古した三面鏡の前で煙管(きせる)を吸う。
薄く立ち昇る煙が、庭先からの春風にそよぐ。
安穏とした麗らかな午後の春の陽気に誘(いざな)われ、座り込んだまま心地良い微睡(まどろ)みの淵へと沈みかけた時、女は庭を囲む垣根の向こう側に足音を聞いた。
「こんにちは…っと」
気怠(けだる)げに頸を擡(もた)げると、そこには予想通り見知った男の姿があった。
「また来たのか。そこは入り口ではないと何度言えば判るのだ……ああ、花を踏むな」
「つれないことを言いますね、貴女と俺の仲でしょう」
苦笑する男を無表情な面で一瞥し、女は吸いかけの煙管を煙草盆に置いた。
転寝(うたたね)を妨げられ少々気分を害した女は、普段以上の冷淡さで男に接する。
「莫迦なことを…。
――良いか、お前はその道では名の知れた老舗の大店(おおだな)の跡取りで、わたしはお前より十も年上の、しかも妾寡婦(めかけやもめ)だ。少しでも外聞を気にする心が残っているのならば、もう此処に来るのは止めろ」
「それは無理な話ですね。俺が貴女に惚れている限り」
板張りの縁側に腰を下ろし、男が真っ直ぐに見つめてくる。
大商家の一人息子という良家の出ながら己のことを『俺』とぞんざいに自称する、まだ青年と言ってもいい年頃のこの若い男が通ってくるようになって、早二年が経つ。
しかし、いつ何処で、自分の何が彼の眼に留(と)まったのか、女には未だに判らない。
辟易の溜息を吐き、男に背を向けると、近くに打ち捨てられていた書を何気なく手に取る。
パラパラと頁を捲るも、縦向きに規則正しく印刷された文章が頭に入ってくることはない。
単なるものぐさだ。
…と、不意に背後の空気の乱れを感じ取る。
振り返る暇もなく肩を掴まれたかと思うと、座敷に押し倒された。
畳に曼珠沙華の打掛と漆黒の髪が広がる。
「何を…」
「少しは俺に興味を持ってくれてもいいでしょう? そうやって露骨に無関心に振る舞われては、俺だって流石に腹が立ちますよ」
顔の両横に手を突き、覆い被さるような態勢でじっと覗き込んでくる。
男の若々しく整った容貌を見上げながら、女は苦悶と懊悩に眉根を寄せる。
押さえ付ける力強い腕と自分を見据える熱を帯びた真摯な眸に、一瞬何もかも投げ出して傾倒してしまいたい衝動に駆られる。
だが、それはこの身を滅ぼす望み。
この思いを知られてはならない。
考え込んでいる内に、いつの間にか男の顔が目前に迫っていた。
――いずれにせよ、このまま流される訳にはいかない。
男の唇が己のそれに落ちてくる前に、女は手に持つ書を表紙から男の顔面に叩き付けた。
「わッ!?」
全くの無抵抗だった女がよもや反撃に転じようとは予想だにしていなかったのか、男は声を上げて女の躰(からだ)から退いた。
その隙に女は素早く上体を起こし、皺になった打掛を軽く叩(はた)いて男から離れる。
「何をするか、この莫迦者。さかりのついた獣でもあるまいに、妙な気を起こすな」
「………本当につれない女性(ひと)だ、貴女は……」
乱れた前髪を掻き揚げ、男は酷く切なげに顔を歪める。
そんな男を完全に無視し、女は乱れた襟をきっちりと合わせる。
「わたしのような女に手を出す暇があるなら、さっさと美しい嫁御を迎え、子のひとりやふたり生(な)して御両親を安心させんか。不能者でもあるまいに、嘆かわしいことだ」
「俺に、貴女以外の女を妻に迎える気は更々ありませんよ」
「戯言を」
女は苛立たしげに額に手を遣った後、男から顔を背(そむ)け、曼珠沙華の打掛をきつく羽織る。
一連の所作に強い拒絶を感じ取った男は小さく息を吐き、静かに庭先に下りる。
女が纏う打掛に刺繍された花は、女の意志を表すには十分なものだ。
根に毒を有するその花は、己を喰らおうとする獣をその毒をもって追い払うという。
己が身の護符の如く女が纏う、この鮮やかな緋色の花――曼珠沙華は、別名彼岸花とも言い、その名の通り秋彼岸の頃に毒々しいまでに紅い花を咲かせる。
根に有する毒故に、土竜(もぐら)除けや魔除けにと田畑の土手や寺院に植えられることも多い。
嘗て『壱師』という妓名を冠していた女に、まさしく似合いの花ではないか。
自分がこの孤高の花を手折る資格を得られるのは一体いつなのだろうかと思いながら、男は溜息を漏らす。
譬え一生掛かろうと、諦める気は毛頭ないのだ。
既に満々に膨らんでいる男の恋情を解する風もなく、女は煙管を手に取り、再び美味そうに吸い始めた。
亡くなった旦那に落籍(ひか)れる以前から長く慣れ親しんでいる味に、自然と女の口元に笑みが浮かぶ。
綻ぶ口元を見、男も又頬を緩める。
視線に気付いた女が睨むと、男は軽く頸を竦めた。
「また来ます」
「もう来るな」
女が間髪要(い)れず畳み掛けるように言い返すと、男は苦笑を零しながら尚も愛しげに眼を細める。
毎回すげなく追い返しているというのに、全く懲りない男だと思う。
だが、この奇妙な交流がいつまでも続けば良いと思い始めていることも事実。
矛盾した己の心に幾分苛立ちながら、立ち去ろうとする男の広い背を見遣る。
「他愛のない雑談程度なら、相手になってやらぬでもないんだがな」
「え?」
「何でもない」
腑に落ちない様子で頸を捻(ひね)る男が「花を踏むな」という自身の注意に従い難儀そうに垣根を越えてゆく姿を眺めながら、女は微かな笑みと共に今日も小さく呟く。
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