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★蒼月を仰いで

蒼月を仰いで 1

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ファンタジー風異世界コメディ

ズレた人間の少女と 彼女に振り回される魔族の青年が
何やかんやあって 最終的に結ばれる…?的な話になる――予定です










1・Trick or treat!






「トリックオアトリート! おばちゃん、菓子ちょー」
「はいはい…って、あれまあ。あんた、今年もまた、たかってまわるつもりなのかい?」

 うへへへ、当然じゃないか。
 タダで菓子がもらえるのだ、便乗しない手はないぞ。

 呆れ顔で玄関先に立つおばちゃんを急かし、まんまと焼き菓子を頂戴することに成功する。

「ありがとー、おばちゃん」

 満面の笑みで礼を言い、わきにかかえていたかぶりものを装着したあと、薄暗くなってきた道に引き返す。
 かごの中はすでにとりどりの菓子――戦利品とも言う――で満杯だ。

 たしかに、十六にもなっていまだに子どもらの輪にまざり、家々で菓子をねだるこの祭りに参加する奇特な人間はそう居(お)らんわな――わたしを除いては。
 しかし、子どもなみに背の低い童顔のわたしには許されるのだ! わはは!

 ……自分で公言しておいて、何だかかなしくなってくるのはなぜだ。

 けっ、いいさ。どうせわたしは成長期の波にのり遅れたあわれなチビ女だよ。
 おまけに顔もからだつきも平凡さ。笑いたければ笑うがいい、コンチクショー!

 ひとりでグチグチひがみごとをぼやいていると、道の前方にぼんやりと明かりが見えた。
 目測だが、けっこう距離がありそうだ。
 村にある家にはすべて立ち寄ったと思っていたのだが、まだ見落としがあったか。

「あんなところに家なんかあったかいな…。ま、とりあえず行ってみるかね」

 首をかしげつつ、菓子のつまったかごを手に、遠目にうつる人家の明かりらしきものに向かって歩き始めたはよかったのだが…。






 かなり歩いたと思うのだが、明かりとの距離がいっこうに縮まらない。

 うぬぬ、もしや菓子ねだりを阻まんがため、狐狸のたぐいがいたずらをしているのか?
 だとしても、この程度の妨害で諦めはせんぞ。

 ――まだ見ぬお宅でわたしの到着をいまや遅しと待つ菓子よ、いましばらくの辛抱だ。
 それまでどうかおとなしく待っていてくれぃ!

 改めて気合いを入れなおし、鼻息もあらく一歩一歩地をふみしめるように進む。

 目標視点を明かりに一点集中させたせいか、このとき周囲の風景が見慣れた村の家並みから、しだいに闇色の森へと変化していっていることに気付けなかった――






 どのくらい歩いたのか、さすがにこれ以上進むのはまずいと脳内で警鐘が鳴りはじめた。

 これは、狐狸のしわざだ何だ、などという次元の話ではない。
 このあたりで引きあげなければ本格的にまずいことになる。いくら何でも異常すぎる。

 にわかに背筋に冷たいものがはしり、はやく帰ろうときびすを返しかけたそのとき。

「――なんだ、おまえは」
「ひょおぉぉええぇぇ!」

 えええ、誰? 誰かいた!? 誰かいたのか!? いつのまにィ!?

 とびあがった拍子にズルッと音がして視界が黒くおおわれる。
 はっ、しまった、かぶりものがズレた。
 それでも、菓子のかごをほうり投げなかったのはわれながらなかなかに見事な根性だ。グッジョブ、わたし。

 ひとまず両手でかぶりものの位置をもとに戻し、声のぬしをさがす。
 数歩先に、凝然とたたずんでいる身なりのよい男性の姿があった。

 …うーむ…。すらりとした文句なしの美形だが、ここらでは見たことのない人物だなぁ。

 まあ、容姿を見る限りおとなであるには違いない。
 となると、することはひとつだ。

 警戒心もなくてってと相手に近付き、彫刻のように美麗な容貌を多分に期待をこめた眼で見上げ、てのひらを上にしてズイと右手を突き出した。

「トリックオアトリート」
「…なに?」
「だから、トリックオアトリートだっての。菓子おくれ、おいちゃん」
「お、おいちゃん、だと?」

 おぉっと、二十代なかばくらいの男性に対してこれは少々失言だったか?
 しまったなー、おにいさんと呼べばよかった。このせいで菓子をもらえなかったら大損だ。

「間違えた。おにいさん、菓子おくれよ」
「……菓子など、もちあわせてはいない」
「えー? ハロウィンだってのに、そりゃないよ。なってないおいちゃんだなー」

 あ、しまった。また『おいちゃん』と言ってしまった。
 この人はおにいさんだ、おにいさん。

 それにしても、常識のないおとなだな。
 ハロウィンは年端のゆかない子どもたちが気兼ねなく菓子をたかってウハウハできる一大イベントなんだぞ。
 この日だけは、どんなおとなでも道ですれ違った子どものために、飴のひとつでもポケットにしのばせておくものだ。

 …かく言うわたしも、本当ならば数年前にもらう側からあげる側に移行していなければならないのだが、それは勿論スルーだ。
 くさいものに蓋ってやつだな、うん。――いや、違うか?

「本当はどっかに持っとるんじゃないのか? はやく出しなって」
「ないものはない」
「嘘つけ。このケチ、ケチ、どケチ!」
「…うるさいやつだな。わかった、それほど菓子がほしいと言うならくれてやる。こい」
「へ?」

 伸ばしていた腕をつかまれ、米俵よろしく肩に担ぎあげられる。

 うおぉい、初対面でいきなり荷物扱いかい。
 って、あわわ、揺らすな、せっかく集めた菓子が落ちるわっ。

「いいと言うまで眼を閉じていろ。酔うぞ」

 言い終わらないうちに突然強い風がふき荒れ、反射的に眼をつぶってしがみつく。

 ――わざわざ言われんでも、眼なんざ開けていられるか!

 そうさけぶこともままならず、ひたすらからだを丸めて衝撃に耐えた。






 やがて、

「ついたぞ」

 と短く声をかけられ、肩からおろされる。

 かたくつぶっていたまぶたを押しあげると……またしてもまっくろけ。
 いかん、かぶりものが定位置からはずれてしまったようだ。
 やれ、もーどーせ、もーどーせ、と。

「いつまでそんなものをかぶっているつもりだ。それでは視界が悪かろう」

 なるほど、ごもっともなご指摘。
 では、はずすとしますか。

 顔からスポンとかぶりものを抜き取り、わきにかかえると、紺碧の双眸が呆れたようにこちらを見下ろしていた。
 …何か言いたいことでもあるのか? えぇ、おい?

「ハロウィンなる祭りでは、みながおまえのように、一同にその奇妙なかぶりものをかぶるのか? 難儀なことだ」
「いや、難儀じゃなくて、こりゃぁナンキン」
「ばかにしているのか」
「めっそうもない」

 ほんのささやかな冗談ではないか。頭のかたいおいちゃ……いやいやおにいさんだ。

 そう、わたしがジャック・オ・ランタンの仮装で今しがたまでかぶっていたのは、人の頭サイズの本物のナンキン――もとい、かぼちゃだ。
 ちなみに、くり抜いた中身はポタージュにして家族全員でおいしくいただきました。ごっつあんです。

「そこの椅子にすわれ」

 指示されて、あらためて辺りを見わたしてみた。
 夜のように暗い――時刻的にもそれが当然だ――にもかかわらず、不思議とまわりの様子がわかる。
 どうやらここは、中庭に面したテラスの一角らしい。

 かごとかぼちゃを置き、席につくと、男性も正面の椅子に腰をおろす。
 ほどなくして、音もなく数名の給仕の人たちが現れ、円状の卓にかぞえきれないほど膨大な量の菓子をならべて去っていった。あっというまのできごとだった。

「ご所望の菓子だ。好きなだけ食べるがいい」

 あきらかに高級な菓子のやまを興味なさげに見やり、ぞんざいにあごをしゃくられる。

 ぐぬぬ、何か腹立つな、そのしぐさ。
 まるで「喰え、愚民よ」とでも言っているようだ。

 よぉし、そこまで言われちゃ引きさがる訳にゃいかないな。誰が遠慮なんざするかい。
 正直なところ、はやく食べたいあまり、どうにもつばがたまってたまってしかたなかったのだ。

「んじゃ、いっただっきまーすッ」

 パチンとてのひらを合わせて一礼し、猛然と菓子にかぶりつく。

 ――うまい。どれもこれも半端じゃなくうまい。
 感動のあまり涙が出てきそうだ。

「んーまーいーッ」

 ひとくち口にいれるたびに悶絶する。こんなにうまい菓子を食べたのはうまれてはじめてだ。
 次から次に手が伸び、ぞくぞくと胃袋におさめてゆく。もうどうにもとまらない。

 かくして、驚異的なスピードで菓子は減ってゆき、四半刻がすぎるころには梱包された菓子をのぞく卓上のすべての菓子がなくなっていた。

「ごっそーさまでした」

 わたしはいま、最高にしあわせだ。このまま死んでも悔いはない。
 …いや、それはこまるな。何としてでも、この幸福感を家族にも届けなければ。

 満面の笑みを浮かべ、残しておいた梱包済みの菓子を鼻歌まじりにかごに入れる。

「よく食べたものだな」
「あたぼーよ。菓子を喰わずに何を喰う。…そだ、食後のお茶くれぃ。水気がほしい」
「……こうもどうどうとこのわたしに指図する人間は、おそらくこの世でおまえだけだろうな」

 ころあいを見計らっていたがごとく絶妙のタイミングで現れた給仕の人がからになった皿をひき、いれかわりにそっと飲み物を置いてくれた。
 普段わたしが口にしているお茶とは違うもののようだ。
 それでも、水分をもとめて飲みほしたそれは――想像をぜっするほどにがかった。

「げーっ、ぺっ、ぺっ、な、何じゃこりゃー!」
「それは粉末状にひいた樹木の豆をせんじた飲料だ。コーヒーという」

 いちいち講説せんでもいいわ、そして笑うな。
 くそ、このおいちゃん、絶対確信犯だ。

「お茶が欲しいて言ったのに、何してくれとんのじゃっ。わざとやろ!」
「ク、ハ、ハ! せいぜいくるしむがいい。さかしくもわたしを都合よく利用しようとした報いだ」

 ううう、高らかな笑い声をあげるその口に思いっきりとうがらしをつっこんでやりたい。

 むせて涙目になりながらかごの中をあさり、袋づめにされたスルメを取り出す。
 急ぎ袋を開け、むぞうさに数本一気につまんで口にくわえる。
 はぁ、ようやく落ちついた。

「ふう。あー、にがかった。あたりめ様、さきイカ様様だぁ」

 口のはしからヘロヘロとゲソを出し、ようやくほっと息をはいた。

 さて、たらふく菓子をいただいたうえにてみやげももらったし、そろそろ帰るか。

「ほんっとうにうまかった。こんなに豪勢なハロウィンははじめてやったよ。どうもありがとう、おいちゃん」
「…おいちゃんではない」

 あ、そうだった。まあいいじゃないか、どっちでも。細かい男は嫌われるぞ。

「あのさ」
「何だ」
「家に帰りたいんだけども、さ。悪いけど、最初の場所まで案内してくれんかね?」
「…帰りたいのか」
「うん。もう帰らんと。家族も心配するやろうし」
「――夜の『森』は危険だ。今日はこのままここに泊まれ」
「えー…」

 しぶっていると、おもむろに伸ばされた手に口から出ていたスルメを引っぱり出される。
 しかもそのままそれを食べやがった。
 こらー、かえせ、このスルメ泥棒!

「妙な喰いものだな。だが、味は悪くない。
 ……部屋はくさるほど空いているから、好きなところを使うといい」

 え? 何それ、泊まるの決定なの? わたしの意思は?

「なにをしている。案内してやるから、はやくこい」

 拒否権なしかい。
 ま、最初に会った場所まで連れていってもらわないことには帰れないのだから、しかたないか。

 …しっかし、こんな豪邸に住むような貴族なみの金持ち、うちの村にいたかね?

 疑問に眉根をよせながら、先を歩く大きな背を追いかける。

 ――ちなみに、それまで屋敷だと思っていたものは、じつは城でした。
 そりゃ広いはずだよ。






 客室で一泊した翌朝、卓に饗された豪勢な朝食に舌つづみをうちつつ、昨夜とおなじく笑いまじりのくだらない言いあらそいをしたあと、昨日のあの場所に移動した。

 朝でもなお不気味に暗い森の向こうに、歩きなれた砂利道と見なれた村がある。

 思えば、たった一晩だったがいろいろとあったなあ。おいちゃんには世話になった。
 村の人なのかどうかはよくわからないが、とにかく意外と面倒見のいい人だった。

「すっかり厄介になってしまったなあ。本当にありがとう、おいちゃん。じゃね」

 しみじみとほほえみ、両手で菓子のかごを持って少し深めに頭をさげる。

 境界線をこえ、明るい村のほうへと足をふみ出す寸前。
 ――待て、と低い美声を背後から投げかけられ、歩みをとめて振りかえる。

 さらさらとしたダークブロンドの髪が風にゆれ、白い端正なおもてにかたちよくおさまっている紺碧のひとみがまっすぐにこちらを見つめていた。

「おまえの名がしりたい」

 …あぁ、そういえば、まだ互いに名乗っていなかったっけか。
 向こうは『おまえ』、こっちは『おいちゃん』もしくは『おにいさん』で終始とおしていたからなあ。

 言われてはじめてその事実に気付き、妙におかしくなって思わず笑ってしまった。

「にゃはは! そういやそうだったのぉ。いや、気付かんかったわ。そう、名前ね、なまえ。イソヤってぇの」
「イソヤ――イソヤか。わたしの名はシグナス」
「ふぅん。そ」
「――イソヤ。おまえとすごしたときは、思いがけずおもしろおかしくたのしいものだった。そのよすがとして、わたしはおまえの名を記憶にとどめよう。だからイソヤ、おまえもわたしのことをこころにとめておいてほしい」
「? はあ」
「絶対だぞ。それでは、な」
「んー、わかった。じゃ、さいなら」

 かるく手を振り、村へとつづく一本道を進む。

 途中、ふと何気なく振りかえってみると、そこには鬱蒼としげる森も、おいちゃん――もといシグナスの姿も、何もなかった。
 あるのはただの殺風景な野原だけ。

「ありゃ……? 夢だったのかな」

 一瞬狐につままれたような気分になるが、かごに入っている高級菓子はまぎれもなくあの城で彼からもらったものだ。けして夢などではない。
 それに、うつつである証拠は、もうひとつあった。

「…あーッ、あのおいちゃん、ひとのスルメごっそりかすめ取りゃーがったな!」

 何が『妙な喰いものだが味は悪くない』だ。ばりばり気に入ってるじゃないか!
 わたしのお口の恋人をかえせーッ!

 こうして、今年のハロウィンは奇妙な出会いとわかれで終わり、愛しのスルメをうばったシグナスへのいきどおりをつのらせながら、無断外泊あけの家路についたのであった。




 こののち、彼と再会するまでに、じつに一年の歳月を要することとなる。
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