坂本眞一『イノサン』集英社

 200年以上にわたりフランスの死刑執行人をつとめた一族、サンソン家の4代目当主であるシャルル-アンリ・サンソン。
 のちにルイ16世をはじめ、マリー・アントワネット、ロペス・ピエールなどフランス革命の主要人物のほとんどを処刑した彼は、生涯3000人あまりの首を刎ねたと言われています。
 『孤高の人』など丁寧な人間描写を丹念な筆致で描き上げる坂本眞一が、独自の解釈で新たな「サンソン像」を描いたマンガ、それが『イノサン』です。
 サンソンと聞いてジョジョクラスタの方はピンと来た人も多いと思います。(フジモリもその一人です)
 シャルル-アンリ・サンソンについて書かれた集英社新書『死刑執行人サンソン』、その帯には荒木飛呂彦先生が、「スティール・ボール・ラン」の主人公(の一人)、ジャイロ・ツェペリはサンソンがモデル」と寄稿しています。

 本書『イノサン』もまた、作者坂本眞一が『死刑執行人サンソン』を独自の解釈で描きあげたとのこと。すなわち、ある意味で『イノサン』とジャイロ・ツェペリは異父兄弟のような間柄なのかもしれません。
【プチ書評】ジャイロ・ツェペリのモデル『死刑執行人サンソン』
 『スティール・ボール・ラン』のジャイロ・ツェペリは人を食ったような飄々とした風貌ながら、代々受け継がれる「人を処刑する」職業と技術を運命として受け継ぎ、また処刑人でありながら死刑制度について疑問を持つという、サンソンの境遇や性格をしっかりと根底に持っていました。そして一方で「自らの命を賭して、ジョジョを導き、成長させる」というツェペリ家の運命と魂を持つことで、唯一無二のキャラクターとして見事な存在感を放っていました。
 本作『イノサン』のサンソンもまた、処刑人という「運命」に抗うこともできず、かといって受け入れることもできない苦悩に満ちた主人公像となっています。

 人の命を「刈り取る」職業である処刑人。その対極ともいえる「イノサン(=innocent、純真・無垢)」な魂を持つシャルル-アンリ・サンソン。数奇な運命に翻弄されその意志とは裏腹に数多くの命を奪うことになる彼の人生を描く本作『イノサン』。残酷描写が多く、また丹念すぎるほど描き込まれた筆致は目を背けたくなるような重さと暗さを孕んでいますが、それでもページをめくる手を止めることができない「力」を持っています。
 心を通わせることができた「戦友」ジョニィとの出逢いによりその運命から「解放」されたジャイロ。しかしまた、スティール・ボール・ランに参加せず、そしてジョニィ・ジョースターに出逢っていなかったら、本作のサンソンのような人生を歩んでいたのかも、などと想像力の翼を広げてしまいます。
 本作品そのものでも充分に楽しむことはできますが、ジャイロ・ツェペリの「ifの人生」として読むというちょっと変わった読み方をするとさらに深みと味わいが増すかもしれません。
 内容や描写が重いため広くあまねく、というお勧めはできませんが、こっそりとお勧めしたい一冊です。