将棋ソフトの方向性は間違っていると思う件


2ちゃんの竜王戦スレみてたらこんな書き込みが。

784 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:08:14 ID:+ICCmP71
プロの将棋はまだ「激指5」じゃ分からんだろ。
10年後なら分かるらしいが。

787 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:19:34 ID:+ICCmP71
最新版はアマ6段あるらしい。
とても勝てん。将棋人口の99.99%は勝てんと朝日に載ってた。


788 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:21:56 id:BM9Sypfz
>>787
すげえ話だなw
ホントに5年もしないうちにプロ抜いちゃうかもな・・・

789 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:23:41 ID:+ICCmP71
あと3年もしたら、プロしか通用しないだろうな。

794 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:26:56 id:BM9Sypfz
スレ違いですまんがそこまでソフトが強くなったなら
もうちょっとうまく負けて欲しいよな
レベル弱くしてもビシビシ寄せてくるから困る
やらせっぽく詰めろ逃れの詰めろの妙手の筋を残すとかして欲しいわw

798 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:37:07 ID:+Fb/kxp/
>>794
言える。
初段レベルにしても、なかなか勝てない。
俺、一応、二段なのにw

3連勝したら1回くらいは緩めてよ、パソコン先生w

800 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:43:11 ID:7rJ6XZl0
ソフトに手加減されると、それはそれでむかつく。

801 :名無し名人:2006/10/31(火) 18:45:25 ID:+ICCmP71
あと3年したら99.999%勝てんかもしれんな。


前に書いたエントリにも通じる話なんだが、将棋ビジネスを考える上で将棋ソフトが「プロ棋士を目標にする」というのは大きく間違っていると思う。



『イノベーションのジレンマ』的に将棋を考える


将棋の発展形態を荒っぽくイノベーションのジレンマに当てはめてみたい。イノベーションのジレンマとは大雑把に言うと次のようになる。

市場に何か製品が出る
当初は性能が貧弱でローエンド市場の一部にしか受け入れられない
そのうち持続的技術変化によって性能は徐々に進歩
ハイエンドの市場のニーズを満たす性能を身につける
ハイエンドの客は払いがいい
なのでハイエンドのニーズに沿ってがんがん持続的技術開発を行う
そのうちローエンドのニーズを越えた過剰な性能を達成
それでもやっぱりハイエンドの客のニーズを満たすことが最善の経営判断。ローエンドには不満が溜まりだす
知らないうちに市場に『破壊的イノベーション』によって生まれた製品が登場している
当初は性能も貧弱でハイエンドにもローエンドにも受け入れられない(「あんなの使えねえよ」とみんなにいわれる)
でも徐々に『破壊的イノベーション』の製品も持続的技術によってローエンドのニーズは満たし始める
ローエンドが「あ、うちはこれでいいや」と言い始める
さらに『破壊的イノベーション』の製品は性能を高めていっていずれハイエンドのニーズも満たし始める
旧製品は市場から駆逐される


これを図で示すと以下のような感じ(「イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)」p.10参照)。当然ながらローエンドのほうが市場規模としてはでかい。ハイエンドは利益率が高いと思っておいて欲しい。



このプロセスを将棋ビジネスに当てはめてみる。

プロ棋士の成立から、現在のプロ棋士と一般将棋ファンとの乖離まで


プロ棋士が新聞社の庇護を受ける以前で、将棋が職業として成立していたのは江戸時代。この時期、将棋は庶民の娯楽だったかもしれないがビジネスとして考えるようなレベルではない。だいたい世襲制というか家元制だったしね。というわけでここでは将棋連盟発足以来の状況を対象とする。


将棋連盟が出来た当時の『将棋ビジネス』の競合状況を考えてみよう。当時、娯楽には何があったか?たいしてないんだよね。特に時間消費型の娯楽、今で言うテレビとかゲームとかってのはまだまだ普及してなかった。その中で手軽に楽しめる娯楽として将棋は存在した。これが超適当に昭和初期くらいの段階だと言っておく。


そして将棋が普及するにつれ、徐々に将棋ファンの中にも「より高度な勝負が見たい」というニーズが生まれてきた。プロ棋士の棋譜が商業的コンテンツとして意味を持ったのはこの時点だと思う。そしてそれに新聞が乗った。当時はまだ定跡といっても(現在の目で見れば)たかがしれたもので、将棋好きの人なら観戦記がついていればそれなりに理解できるレベルのものだったんだろう。ただし、一般の将棋ファンのレベルから徐々にプロ棋士の将棋のレベルが乖離しだしていく。谷川の光速流とか(笑)。真似しようとしても出来なくなってきたレベル。つまりローエンドの市場にとってはオーバースペックがはじまった時代。これがまあ昭和後期くらいと言い切っておく。


しかしまだまだ将棋には発展の余地があった。それを突き詰めだしたのが羽生世代前後だろう。序盤の徹底的な追及と終盤のテクニックの精緻化とか知った風に言っておく。すると何が起こったか。プロ棋士の将棋内容は、ハイエンドの市場ニーズからも乖離しだしてしまったのである。もはや素人が棋譜を見てもなんのことやらさっぱり。「丸山ワクチンの改良版で角を換えたあと、先に78銀とせず96歩とするのが佐藤新手です」と言われて分かる奴が何人いるのかと言う話*1。それにこんな将棋指さねえよ、普通の人たちは。これが現在の状況。


図で書くとこんな感じ。


これがプロ棋士の置かれている状況だとする。するとどのようなことがいえるか。


現在のプロ棋士の棋譜はよほどの物好きでもない限り、商業コンテンツとしてはコストが高すぎるということになる。将棋連盟もなんとなくそれを感じてるからこそ「普及」とかって言い出してるんだろうが、プロ棋士には根本的にこの問題は解決できない。「プロに怠慢になれ」とは言えないからだ。


「話題」としてプロ棋士が消費される状況はあるだろうが*2、本来のコンテンツである棋譜は満たすべきニーズをはるかに越えたオーバースペックになっている。NHKやBSの解説で「アマチュアの方にわかりやすく言うと」というフレーズは消えつつある。かわりに「プロでも理解が難しいんですが」というフレーズが増えている。そんなの誰が分かるんだよ、という話だ。


さて、このような競争環境で『破壊的イノベーション』が起こるとどうなるか。それが次の話だ。


そして先に結論を言えば、現在の将棋ソフトは今のままでは破壊的イノベーションにはなれないだろうと思う。そして、それはプロ棋士の延命につながるとわけではない。将棋ソフトではないほかの『破壊的イノベーション』が登場してしまったら、プロ棋士・将棋ソフトも含めた将棋ビジネス全体の地盤沈下(もしくは崩壊)が起きてしまうだろうということだ。

現在の将棋ソフトの進化はハイエンドしか見ていない


やっと将棋ソフトの話になる。ここで冒頭の2ちゃんの書き込みを思い出して欲しい。ようは現在の将棋ソフトは強すぎるのだ。そもそもローエンドのほうが市場はでかいという大原則を思い出して欲しい。ローエンドのニーズはいったいなんなのかをきちんと考えないまま、ともかくハイエンドのさらに先を目指して突っ走っているのが現在の状況だ。この方向性で将棋ソフトを作っている限り、早晩オーバースペックに陥ってしまうだろう。というかもう既に陥ってしまってねえかと思う。


しかもだ。将棋ソフトの市場に限定して考えても、激指とか柿木とか東大将棋に対して、既に『破壊的イノベーション』であるフリーのBonanzaが出てきてしまっている。これだけでもオワタ\(^o^)/というべき状況だとも言える。

将棋ソフトが目指すべき方向性はローエンドのニーズを充足することだ


ローエンドのニーズとは何か。それを端的に言い当てている本がある。


最強の駒落ち (講談社現代新書)

最強の駒落ち (講談社現代新書)

覚えたての方がいたとして、八枚落ちから入り、六枚、四枚、二枚……と段階をふんでいった方が、いきなり平手の将棋から入るよりも、絶対に上達は早い。またステップアップを実感することで、向上心が持続するということも見逃せない。八枚落ちからはじめて、少し勉強すれば、すぐに同じ相手と四枚落ちでいい勝負というレベルになれる。その間に平手で何百連敗するよりもよほど精神衛生上もよく、かつ上達が早いのである。



「最強の駒落ち」まえがき pp.4-5

もし、あなたの身近な人が、今から将棋を覚えたい、もしくは駒の動かし方を知って指してみたいと言い出したらどうするだろうか。


決してしてはいけないのは、その時いきなり平手で指してこっぱみじんにしてしまうことである。



「最強の駒落ち」すべては八枚落ちからはじまる p.16


将棋ソフトはこの愚を犯してしまっている。


将棋ソフトがまず把握しないといけないことは何か。それは「ローエンドのニーズ」であり、さらにいえば「潜在的ユーザのニーズ」である。タイトル戦の指し手を予想するエンジンとして性能を競っても意味はないし、10年後にプロ棋士に勝ったとしても(技術的にはすごいと思うが)、ビジネス的には全く意味がない。


まずは時間消費型・対戦型娯楽の基本スペックである、「対戦相手がすぐに見つかり」、さらに「両者の実力差が小さく」て、「手軽に出来る」という性能を満たさないことには話にならない。


うまく負けてあげること、上達したと思える工夫、対人間でのランキング把握といったことこそが将棋ソフトの目指すべき方向だ。そしてこれは現在のプロ棋士や既存の将棋ファンにも当てはまる話だと思う。現在の将棋ソフト(もしくは将棋それ自体)は「ゲームバランス」という観点で見ると、あきらかにクソゲーの部類に入る。スペランカーよりもひどい。

そして時間消費型の娯楽の『破壊的イノベーション』は既に起きてしまっている


対戦相手がすぐに見つかり、さらに両者の実力差が小さくて、手軽に出来る対戦型ゲームなんてファミコンのマリオブラザーズが20年以上前に実現させてしまっている。当時は「こんなの子供だましだよ」と言っていた人が、格ゲーにはまり、携帯でウイイレに興じ、Wiiを心待ちにしているのである。


これに対抗するためにはどうすべきか。プロ棋士が普及活動をやったところでハイエンドのニーズしか満たしていない。「将棋世界」なんぞを購読している既存の将棋ファンはもうすでに強すぎてローエンドの人たちのニーズにこたえてあげることも出来ない*3。じゃあそれをソフトで解決しましょうというのがプラットフォーム化であり、MMORPG化である。これがうまくいくかどうかなんてわからん。でもやらないよりゃましだと思う。


が、もう既に手遅れかもしれない。


そうだとすればあとはいかにニッチで生き延びるかを全力で考えないといけないという話だ。そうなると僕には文化遺産としてパトロンを見つけて保護してもらうという選択肢しか思いつかない。そして現在そのパトロン役をやってくれている新聞にあと何年頼れるだろうか。新しいパトロンはうまくみつかるだろうか。

*1:まあ一部ゆり戻しはあるとは思う。立石流とかゴキゲン中飛車とか対四間飛車右玉なんてのはゆり戻しの一つの動きかもしれない

*2:羽生七冠誕生とか瀬川プロ誕生とか中原突撃とか米長斜め上とか

*3:最低限、駒落ちで指せよという話