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貧困問題を人間関係で解決できる人ばかりではないよねという話と都市空間に生まれる田舎的コミュニティ

コミュニケーション能力格差社会の負け組と言えば、村上春樹『1Q84』の牛河 - そっとチラ裏[↑B]
まめ狸さんへのコメントにもうちょっと追記。
論座最終号では、赤木智弘氏は格差・貧困問題についての解決策として、素人の乱のような動きを持ち上げることについて強く批判していた。たしか、素人の乱の代表の松本哉氏が出ている座談会のあとに、この記事が配置されていて、論座編集部は面白いことやるなと思った記憶がある。
素人の乱は、町内会のコミュニティに溶け込み、お金がなくても、楽しく生活しているというモデルだ。phaさんが主張する話と通じるところがあるだろう。しかし、こうした生活モデルは、人間関係をうまく乗りこなす必要があり、コミュニティに溶け込むという才能が必要である。赤木氏は、素人の乱のようなモデルを否定する訳ではないが、コミュニティに溶け込むことが可能な人間ばかりでないことを指摘、金銭による救済はそうした差がつかず平等であり、このような救済が必要なのだと主張する。
田舎のような相互監視が厳しいコミュニティが嫌で、匿名性が高い都市化が進んだのに、匿名性が高い都市で、田舎のようなコミュニティでの互助に期待するという昔に戻ったような動きになるのが面白い。
ちょっと話ははずれるが、最近こんなTweetが話題になった。

ソーシャルメディアの利用は都市空間の田舎化の一つとして考えられるのだろう。この前のTBSラジオのLifeの「ソーシャル時代の"世間"考」でも、ソーシャルメディアというのはネットに新しい世間を作っているのではないかという話をしていたが、ソーシャルメディアというのは、都市での田舎化を進めるものなのかも知れない。
※関連
都市生活者でないとソーシャルメディア的な機能を求めないのではないか、という仮説 - Togetter[↑B]