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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

最後の”拡がる街”豊洲で、女刑事が「事件でない事件」を追う〜福田和代「ZONE」を読む

人から薦められて、この本を読む機会を得ました。
自分はそれほど、現代日本の警察小説を読んでいない。合わせて福田和代氏の本も、初めて読むことになります。

ZONE 豊洲署刑事・岩倉梓

ZONE 豊洲署刑事・岩倉梓

守りたい、この街と人を。私たちは《仕事》から逃げない
本年度、最高の警察小説
 
東京都江東区豊洲は、日本全体が少子化と人口減に悩まされる中、空前の人口増と再開発に沸き立つ。工場移転により開かれた広大な商業・住宅地に、人口8万人から20万人へと急成長する都市が立ち現れてくる。そこで明らかになってくる日本の歪みと希望。 新たに設置された豊洲署生活安全課の刑事・岩倉梓のもとに持ち込まれてくる《児童ネグレクト》《貧困老人の孤独死》《震災詐欺》――。 本格派が描く、新世代警察小説。

惹句にあるとおり、表題「ZONE」にも関わって大きな意味を持つのが、場所が東京都の豊洲であり、その「豊洲署」の刑事であることです(※第1話、2話では深川署所属。そこから豊洲署が新設された設定)。えーと、「豊洲警察署」は架空の存在なの・・・かな?架空だね。だれかウィキペディアに項目作ってよ。
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kankatu/kankatsu.htm

豊洲といえば、われわれのグループにとってはディファ有明、たまに大きな試合があれば有明コロシアムで観戦し、その後ゆりかもめで降りて飲みに行く場所・・・なのだが、実をいうと何度も行った場所なのに、まだ東京の地図でそこを指させと言われたら分からない(笑)。
魚市場も移転するとかなんとかの、この場所が東京で、いや日本でも珍しい地域(ゾーン)である、そしてこの小説の舞台に選ばれた理由は、文中にも端的に書かれている。

江東区豊洲。江東区は、東京23区の中でも、東京湾の埋立地に占める面積が多い区だ・・・東京都内ではもう期待できないほど広大な『空き地』・・・高層マンションの建設ラッシュ・・・現在の8万人ほどから、平成32年には20万人を超えるだろうと予測・・・全国でもこの地区だけが、人口爆発を迎えるのだ。

極端なことをいえば、主人公の女性刑事・岩倉梓は”狂言回し”に過ぎず、主役はこの豊洲という街であるのかもしれない。類例に詳しくないので、そういう趣向の警察・犯罪小説はほかにあるのかはよく知らない。
犯罪捜査の中で、普段見せない街の姿が徐々にあらわになり、刑事警察ものであると同時に「都市論」である・・・ということでは、都内の埋め立て新興地区のケイサツ、という貧しい連想もあいまって

で、松井刑事らが帆場を追うシーンを思い出してしまった。
実はさらに連想した理由として

・主人公は切れ者でもハードボイルドでもないが、前向きな向上心があり、また人の善意を基本的に信じて、まっすぐ進む女性警官(刑事)。地方から出てきた自営業者の娘。
ちょっと引用文で補足

http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20120811
女性刑事を主人公にする場合、強烈な個性や過去を持ったキャラクターを設定することが少なくありません。誉田哲也の生み出した姫川玲子しかり、大沢在昌による神崎アスカしかり、深町秋生の八神瑛子しかり。
これらのタフな主人公たちと違って、梓はごく普通の女性です。トラウマ経験もなければ離婚経験もありません。30代半ばの女性にしてはいささか男の影がなさすぎるのでは、と感じるほど淡白な人物です

 
・その上の上司(班長・八坂恭一郎)は、何か過去にあってその(能力から言えば地味な)地位についてるらしい中年男。寡黙ながら、要所要所では重要なサゼスチョンをくれるのだが、詳しい説明や有能ぶりをあからさまにすることはなく、むしろ「この展開を、あの人は見越していたのかなあ・・・」と部下のほうが不思議がるといったタイプ。
 
・女性主人公とペアを組む新人刑事の男性(佐々敏之)は、一歩引いて、情熱のあまり踏み込みすぎる彼女を修正しようとしつつも、結局は全力でサポートに回るタイプ(ただしパトレイバーの篠原遊馬のような上から目線の皮肉屋、ツンデレ(笑)ではない。年下でもあり、むしろ「じゃじゃ馬グルーミンUP!」の駿平くんタイプである)

というような点があって・・・冗談抜きで、いや半分冗談だが、コミカライズをゆうきまさみ氏がやってくれたらいいな、ともちょと思った(笑)われながら牽強付会だ。

不人情がデフォルトの21世紀都市に、生活安全課が踏み込む『半・日常の謎』。

まだ書いてなかったな。主人公の岩倉梓刑事は「生活安全課」所属である。この名称も最近できたもので、かつては防犯課。「新宿鮫」もこの課だわな。たしかこの名称変更のときに「防犯課の鮫島ならカッコいいが、生活安全課の鮫島じゃサマにならねえ。どうすんだ?」と同書の作者が頭を抱えた、なんてネタじみたゴシップを聞いたこともあるが、どうなったのやら。
まあ大沢在昌の悩みはさておき、こちらの作品のほうはまさに「生活安全課」という名称にふさわしい物語となっている。・・・実は、この作品、帝都のコンクリートジャングル、最後のフロンティアを舞台にしつつも、「事件らしい事件」というものがほぼ起きない、そんな作品なのだ。実際のところ第五話で東日本震災に関する詐欺が出てくるのが比較的大きな事件で、ほかは無理をすれば事件になるが、実際のところ「事件」にはしにくいし、主人公らが敢えてしなかった…というものばかりだ。詳しくは実際に本書を読んで欲しい。
 
ここは強調したほうがいいかもしれないね。血なまぐさい殺人事件とか強姦事件とか、文章で読むだけでもいや!という志向の、特に女性読者は実際に存在することは私も知っている。主人公の造形とあいまって、「女性に読んで欲しい警察小説」というカテゴリーを作ったら、上位に推せるかもしれない。
 
かといって、ふわふわとした浮世離れのパズル的な、ついでに解いても得にも損にもならない人工的な「日常の謎」では断じてない。(そういう作品を批判している訳ではありません。日常の謎は自分も好きだ)法律上の事件とは別にして、児童の養育放棄に結果的になってしまったある女性とソーシャル・ネットワークの関連や、幼稚園のママさんたちの間に生まれた派閥対立――それもキャリアウーマン兼ママと「素敵な主婦」との対立―、急死した一人暮らしの老男性の名前が偽名と分かり、身元も遺族もまったく不明・・・などなど、触れれば血の出るような、しかも今の東京にはどこかに必ずありそうなリアリティを持って迫ってくる”事件”ばかりなのである。
 
”事件”とヒゲつきで描写するように、実はこれらの件は「うちとしては必要な捜査は終えました」「警察の仕事ではありませんので」と、本来はクビをつっこまずに終了し、「ボス、おつかれさんです」と煙草に火をつけて強引にエンドマークをおろしていいものばかりなのだ(笑)。
しかし、1995年の阪神大震災の被災者でもある30代の女性刑事・岩倉梓は、一部の同僚らの冷笑や、その同僚が取り組む、警察内では手柄になるだろう大きな事件の捜査を横目で見ながら、この「事件にならない事件、でも触れれば血の出る問題」に「半歩」踏み込んでいく。ここも派手に「俺が法律だ、令状?このハジキがその代わりだ」というようなハードボイルドな見せ場ははない。そしてそんな岩倉を、パートナーの新人刑事である佐々敏之、班長の八坂恭一郎、同じ寮に住む交通課の山形明代らが同様に「半歩」踏み込んで助けていく。


そうやって彼女たちは、この日本最後のフロンティア、豊洲に生まれた小さな裂け目――・そこから大きな日本の問題も顔を覗かせるが――を繕っていく。


今井班長と一緒に以前仕事をしたという別の署のベテラン刑事が「今の豊洲と20年前の渋谷が似ている」と指摘し、こう語る場面がある。

新しい人が入り込んで来て、それまで保っていた地縁がすっかり消えてしまった・・・街が変わる時には、私らの仕事はやりにくくなる・・・隣近所が何をしてる人か知らないってのは、都会では昔から言われてきたことですがね。・・・これから、私たちの捜査はどんどんやりにくくなりますよ。

だが、こう続ける。

豊洲みたいな新しい土地に、人が住み始めるでしょう。そいつは最初、ただの地域(ゾーン)なんですよ。街じゃないんだ…人が住んで、人と人の間にかかわりが生まれてね。地域がそのうち、街に生まれ変わるんです。私ら警察官は、その変化を見守るのが仕事じゃないかと思うときがあります。

この作品を、作者の福田氏がシリーズ化する意欲があるのかは分からない(率直な話、この本の売り上げや評判にもよるのだろう)。だが、できれば豊洲が、まさにゾーンからタウンに移行する、リアルタイムの様子を、岩倉梓が見つめていくフィクションとして、現実と伴走しながら描かれていけば・・・「推理小説による都市論」として、まったく例のない金字塔が生まれるかもしれない、と思ったのでした。

(おしまい)

おまけ なんかアマゾンの「出版社からのコメント」が、えらく情熱的な件

まるっと転載

空前の警察小説ブームに湧く出版業界に新たな王道をもたらす作品が生まれました。それが本作『ZONE 豊洲署刑事 岩倉梓』です。 現在、警察小説といえばある種のサラリーマン小説として読まれています。「組織は間違っているが俺は正しく働く」小説として。 でも元々、刑事を主人公として書かれる警察小説やドラマは、大都市を舞台にして描かれることが多かったのです。
 
1970年代の新宿の街を舞台にして描かれた傑作が『太陽に吠えろ! 』でした。若者の街だった新宿が副都心として急速に発展する中でビジネス街に変化していく軋轢のなか、OP映像で若い刑事たちは高層ビルを背景に走り回っていたのです。 1980年代には、麻薬都市マイアミを舞台にした刑事もの『マイアミ・バイス』に影響を受けて、港湾都市である横浜を舞台に洒脱な刑事が銃を撃ちまくる『あぶない刑事』が生まれました。 そして1997年にはドラマ『踊る大捜査線』が、青島知事の都市開発の地縁によって大きな事件が起きなくなったお台場を舞台に、皮肉とメタ描写に溢れた傑作刑事ものとして誕生しました。
 
けれども以降、刑事ものの舞台は東京を離れ、地方都市へと分散していきます。発展の余地がなくなった東京ではなく、地方での警察腐敗を描くものが主流となっていきました。 そんな中、再び大開発が進む東京・豊洲を舞台にした新たな王道とも言える警察小説。それが『ZONE 豊洲署刑事 岩倉梓』です。多摩ニュータウンで失敗した都市計画を、多彩な超高層タワーマンションと巨大ショッピングモールによって、子どもたちが溢れた空前の人口爆発に置かれている新しい街・豊洲。しかしながら工業地区だった豊洲には、古い団地や雑居ビルも溢れた不可思議な景観を残しています。

緻密な取材と圧倒的な構想力で評判の著者が見出した、新たなる警察小説の王道。 その変化しつつある街と、街を守っていく刑事たちを、気鋭のイラストレーター・小林系が圧倒的な筆力と、メビウスも絶賛したボールペン画で数多く描いています。 ぜひご期待ください!

出版元は「角川春樹事務所」か・・・えらくハイだな・・・おそらくやってる(吸ってる)な・・・(何を?)

あ、
挿絵かいてる、イラストライターも有名なかたなんだ。