地雷を踏むような状態

 日本の政治的な選択肢は完全に行き詰っているように見える。どんな政策をとろうとしても、政治家にとって地雷を踏むような状態にある。

 たとえば、年々膨れ上がる社会保障費のために税負担を要求すると、「デフレ不況下の増税はとんでもない」と言われ、では金融緩和や財政出動をしようとすると、「国債の金利が上昇して財政破綻」とか「これ以上将来世代にツケを回すべきではない」と言われ、公共事業や再分配政策で需要を喚起しようものなら、「国民を馬鹿にしたバラマキ」などと轟々たる非難を浴びてしまう。規制緩和や民営化による成長戦略はリーマンショック以降に説得力を失い、かといって北欧のようにセーフティネットを分厚く張ろうという主張も、そもそも現状の薄い社会保障の財源調達でさえ青息吐息であることを考えると、現実にはほとんど絶望的である。震災による財政圧力が厳しくなったことで、こうした行き詰まりは、これ以上なく悪化していると言ってよい。

 もちろん、ある政策に対して反対があること自体は健全である。しかし、例えばアメリカではオバマ大統領の富裕層増税策をめぐって共和党から激しい批判が起こることが、ある意味で与党民主党の正統性や結束力を強め、議会政治の活性化をもたらすのに対して(もっともアメリカは対立軸が単純すぎて閉口するところも多いが)、日本の政治情勢では消費税にしても金融緩和にしても、それを強く主張すると、まず政権内部から上述のような反対論が出て、政局そのものが大混乱に陥ってしまう。そして政局が混乱すると、「リーダーシップがない」「やりたいことが見えない」という印象を世論に対して与えてしまうことになる。菅直人がまさにこの泥沼に陥ったが、政治家としてこれは絶対に避けたいところである。

 そのなかで、「財政再建」や「税金の無駄遣いを徹底して削減」が、政治家にとってリスクの低い政治的主張として選好されている。議員定数や公務員の削減などは、成熟した市場経済における社会の多様性や豊かさを維持するという観点からは完全に逆行しているものだが、今やこれを主張・実行しない政治家は、あたかも怠惰で不真面目であるかのような烙印を押されかねない。そして、税制や金融でとりうる政策の選択肢が行き詰るほど、野党や国民世論からの批判の少ない「財政再建」と議員定数・公務員の削減への執着を強めていくことになるわけである。菅政権の頃はあまり言われなくなっていた印象のある議員定数・公務員削減論であるが、野田政権になってまた復活しはじめている気配である*1。

 もちろん、「税金の無駄遣いを削減すべきだ」と言われれば、それを否定する人は誰もいない。しかし、今の政治家やコメンテーターは、この誰もが否定できない言葉にますます寄りかかるようになり、リスクの高い発言を徹底的に避けるようになっている。増税の必要性を説く側も、それを攻撃する側も、「まず無駄の徹底した見直し」を枕詞にしている。いろんな異なる政策目標を持った勢力が、「無駄遣いの削減」に優先的に取り組むという点に関しては、ほとんど完全に一致団結している状態である。あるいは、個々の政治家にとってはその場の弁解みたいに言っている人もいるのかもしれないが、言うまでもなく政治であるかぎり、メディア上で自ら繰り返し語っていることを実行しないというわけにはいかない。歳出削減・緊縮財政路線への傾斜を押しとどめることは、よほどのことがない限り(つまり普通に達成可能と予想される景気回復と経済成長を実現したくらいでは)無理だろう。

 一部から「財務省の走狗」などと罵倒されている野田首相だが、要するに地雷を踏まないように賛否があまり分かれない政策を慎重に選んで歩いている、という以上の人物ではないように思える。それに、「財政再建」「無駄削減」が日本の政治の中心課題になっている現実があるのだから、政策が財務省寄りになるとしても、あまりに自然なこととしか言いようがない。だからもし、財務省寄りの政策を批判したいのであれば、まず「無駄の徹底した削減」という論理そのものに厳しい批判を加え、それに対して財政出動と再分配強化の必要性を強力に主張すべきであるが、残念なことに需要を重視しているはずの金融政策論者ですら、なぜか増税策に対する批判ばかりに(正直言って無駄な)労力を使っていて、傍目には需要創出という本来の目的がかすんでしまっている状態である。

国債の安定消化には財政規律の維持必要=野田首相
2011年 09月 15日 18:35 JST


 野田佳彦首相は15日午後の衆院本会議で、国債の安定消化には政府が財政規律を維持することが必要だとして、日銀の国債引き受けにあらためて否定的な見解を示した。


 野田首相は、一般論と前置きをした上で「国債の安定消化のためには、まずは政府が財政規律を維持し、市場の信認を確保していく必要がある」と指摘。同時に「現在、国債発行は順調に行われている」とも述べ、共産党の志位和夫委員長が提案した大企業による国債引き受けは「考えていない」と答えた。


 日銀の国債引き受けには「戦前・戦中に多額の公債を日銀引き受けにより発行した結果、急激なインフレが生じたことへの反省から、財政法で禁止されている」とあらためて否定的な見解を表明。復興財源は歳出削減や増税などで、現世代で連帯して負担する方針を重ねて示した。みんなの党の渡辺喜美氏への答弁。


 法人税に関しては、復興基本方針に実効税率5%の引き下げが盛り込まれているとしながらも、復興増税は「基幹税などを多角的に検討」すると表記した基本方針に言及。政府の税制調査会が複数の増税案を近く提示する予定だが「法人税や所得税を含め、税制措置の内容を早急にまとめたい」とした。


 消費税率を10%へ引き上げることを盛り込んだ社会保障・税一体改革に関しては「消費税負担と社会保障のあり方は、消費税の負担のみに着目するのは適当ではない」と主張。「社会保障全体としての再分配を総合的に勘案する必要がある」との考えを示した。


 国民新党の下地幹郎幹事長が質問した無利子国債については「大胆な提起」と応じた上で、「失われる利子収入より、軽減される税額の大きい人が主として購入する。国の財政収支はその分、悪化するかもしれない」と否定的な考えを表明。現状の国債発行や消化は円滑だとして「こうした特別な国債が必要あるか、税の公平性や市場経済への影響などの観点から慎重に検討したい」と述べるにとどめた。


 首相はこれまでにも、原子力発電所の新設に否定的な考えを示しているが、現在建設中の原発に関しては「進ちょく状況もさまざま。個々の状況をしっかり踏まえ、立地地域の意見を踏まえながら、個別事案に応じて検討する」方針を示した。