経済成長に必要なインフラが変わることの意味

発展途上国の開発援助といえば「インフラ投資」というのが、一種の定番というか常識です。

「本当にそれが一番いい方法なのか? もっとミクロな生活改善の方がいいのでは?」という点については議論もあり、私も 2005年にこちらで書いています。 

しかし、一般的には途上国にとってはインフラ投資のインパクト、その乗数効果は(日々に必要な生活物資を配るというような方法に比べ)非常に大きいとされています。


この“途上国へのインフラ投資”に関して、先日も紹介した「グラミンフォンという奇蹟」を読んで学んだことを書いておきます。


この本の主役であるイクバル氏というバングラディッシュ人の男性は、米国に留学して教育を受け、米国の金融業界で働いていましたが、祖国で携帯電話事業を立ち上げるという事業を始めて成功させます。

彼が最初にひらめいたアイデアは「つながることが価値なのだ!」ということでした。“つながる”とは「携帯電話で人と人がつながる」ということです。

電話があれば、バングラディッシュの田舎町と NY さえつながることができます。これが、彼が携帯電話事業に大きな可能性を感じた理由です。


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電話のない世界では、たとえば政府の許可が必要なビジネスをしたいなら、政府高官の自宅や政府機関の近くに住む必要がありました。そうしないと、話をしたい時に相手がつかまらないからです。

電話もないし(=ファックスもインターネットもない)、手紙もきちんと届かない環境であるなら、「待ち伏せして会って話す」しか方法がありません。


しかし当然ながら、この方法はものすごいコストがかかります。話がしたい人の近くに“不動産と人”を確保する必要があるのですから。

そしてそれは、海外の投資家や企業にとっては事実上、“アクセス不可能”を意味します。アクセス不可能なところに投資する企業家はいません。


しかし電話が通じれば、「そっちで、こういうビジネスが流行ると思うかい?」という市場調査や、

「あの商品の売上げはどう?」という営業管理や、「注文した商品が届いてないけど、どうなってる?」という物流管理が、遠方からでも可能になります。

「この前、投資したビジネスはうまくいってるのか?」という投資管理もきちんとできます。

つまり、「通信ネットワークこそ、ビジネスを可能にするインフラ」なのです。これをイクバル氏は「つながることが価値を生む」と表現しています。


最初に“インフラ投資は、途上国にとって経済開発の基本である”と書きました。ここでいう“インフラ”とは何を指すのでしょうか?

従来は経済発展のためのインフラと言えば、電力、水などのユーティリティと、輸送手段(道路、鉄道、空港、港湾など)を意味していました。

電力と水の安定供給については、“ダムを造る”こととも読み替えられます。

つまり、インフラ投資とは、ダムを造り、高速道路を作り、港湾や鉄道を造る、ことであり、「インフラ投資=土建業」だったのです。工場は、そのインフラの上に建てられるのです。


しかしグラミンフォンの創始者が“これがインフラだ”と考えたのは、電気でも水でも道路でもありませんでした。それは“通信ネットワーク”だったのです。

なぜ彼は通信ネットワークが、従来インフラと呼ばれてきた電力や水、港湾や鉄道より重要だと思ったのでしょう?


それは、“経済発展のために必要な産業が変わった”からです。

今までは、経済発展のために必要な産業は製造業でした。「経済発展には工場が必要だ」と思われていたのです。

工場を誘致するためには、安定した電気と水の供給が必須です。加えて、部品を輸入し商品を出荷するための港湾、および、そこからの道路も重要です。


しかし、もしも“経済発展のために必要な産業”が製造業ではなく、“金融業”や“IT業”や“小売り業”だとしたら?

海外のメーカー(たとえばコカコーラ社)が、バングラディッシュでコークを売りたいと思った時、「その営業所で先月、何ケース売れたか?」という基本的な売上情報を得るだけでも、現地までいかないと情報が手に入らないとしたら? 

営業所のそばに不動産を確保して社員を常駐させないといけないとしたら?? そんな国に進出しようとは思わないですよね。

海外の投資家や銀行家だって、自分の投資(融資)したお金がその後どうなってるか知るためには、再度現地にいかないとわからないなんて、ありえません。

グラミン銀行だって同じです。今日何人借りにきたか、いくら返済が行われたか、携帯電話があれば、それを日々管理できるようになる。金融にとっての基礎インフラはダムや道路ではなく“通信”なのです。


ちなみに、これがビジネスと援助の違うところです。援助で井戸を掘ったら、その後その井戸が解体されて売り払われちゃっても、援助者はせいぜい1年後に「あれ、使われてるかな〜」と気にするくらいです。

しかし、ビジネスや投資、融資なら確実に“その後どうなったか?”を毎月、みんな気にします。だから通信ネットワークが必須のインフラとなるのです。


つまり、「工業化以外の経済発展モデルがでてくると、インフラと呼ばれる産業が変わるんだ!」というのが、ちきりんがこの本を読んで学んだことでした。

さらに、この「インフラの定義が変わる」ことは、日本にも影響を及ぼします。なぜなら、インフラがダムや道路や橋であるなら、それは“土建国家にっぽん”“製造業の国にっぽん”にとって非常に有利な分野だからです。


そうなると、ODAのお金は「日本政府→現地政府→日本のゼネコン」というふうに流せます(もちろんその一部は、英語の話せないゼネコンを補佐する商社、および、現地政府高官のポケットに流れます。)


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しかし、「必要なインフラは携帯ネットワークだ!もう土建業じゃないよ!」と言われると?

残念ながら日本のゼネコンにはお金が流れてきません。じゃあ、携帯端末を作っている日本のメーカーやドコモなどに流れるか?

流れませんよね。ご存じのとおり、日本のけーたいは、世界で使うには向いていないです。

グラミンフォンの創立に関しては、北欧の企業が重要な役目を果たしています。

そのうち韓国製の端末が大成功する可能性だって大いに想像できます。携帯がスマートフォンに代替わりすれば米国のIT企業の独壇場となるでしょう。


ここまで書いてきたことを絵にするとこんな↓感じです。



下段は、日本が経済発展をしてきた時のモデルそのままです。

その経験とそのモデルを活かして、日本は国際援助をやってきました。しかし、今、途上国の経済発展モデル自体が変わろうとしています。工場ではなく、金融やITや小売り業で経済がたちあがっていくのだとしたら?

工場だけが生産性が高く、工場のためのインフラを整える土建業を中心産業として経済発展してきた日本は、日本の経済成長という意味だけではなく、国際援助の側面でも、その立脚点を失いつつあります。


今後、途上国の開発支援をしたければ、土建技術でも工場技術でもなく、携帯ネットワークや金融業務のノウハウと提供が必要なんだぜ!と言われたら・・・日本には出番がなくなってしまうのです。

もちろん、お金を出すことはできます。

実はグラミンフォンにはひとつだけ日本企業がでてきます。それは丸紅で、資本出資者として登場します。日本がこれらの市場に今後も関わっていく方法はただひとつしかありません。それは「金を入れて、儲ける」という投資業務なのです。


ここまで読むと賢明な皆さんにもおわかりでしょう。「経済成長モデルが変わり、必要なインフラが変わりつつある」というのは、バングラディッシュではなく、今まさに日本で起きていることだということに。

工場で画一的な商品を間違いなく組み立てて大量に出荷するというモデル、
山を切り崩し海を埋め立てて港や空港を作り、巨大な建造物を建てまくって成長するというモデル、
そのために必要であったインフラ、すなわち、画一的に訓練された人員を育てる教育、
お上の考えを日本全国津々浦々まで通達する中央集権機構、
形のないものに価値を認めず、モノ作りと技術にこだわりまくる伝統意識(?)の伝承・・・


この国は“あの産業”に必要なインフラをとことん整備することで、世界第 2位の経済大国を築いたのです。

けれど、世界に向けて「その方法を教えてあげるよ!」と言っていたら・・・世界の成長モデルは、日本よりすっかり先に行っていました、というお話・・・


「経済成長に必要なインフラが変わることの意味」は、実はバングラディッシュの話でも、途上国の経済援助の話でもなく、今まさに日本について考えるべき話なんだと。

それがこの本を読んでの感想です。



そんじゃーね


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