Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

円高雑感

色々あって、また一月ほど更新ができませんでした。どうもすいません。

さて、菅vs小沢の戦いになった民主党代表選は、結局菅総理の勝利に終わったわけですが、その間に急激に円高が進み、代表戦で菅総理が勝利した直後は、このまま無為無策を決め込むのでないかという観測から、1ドル=82円台まで円高が進みました。就任直後に為替介入に踏み切ったため、今は85円台まで戻しています。

円高阻止のための為替介入では円を売ってドルを買うため、市場には介入で売られた円が残ることになります。円が市場に残るとその分市場のマネーが増えますので、それを防ぐためにこの円を日銀が吸収する(国債などを売って市場の円を減らす)ことを不胎化、それを行わずに市場のマネーが増えたままにしておくことを非不胎化と言います。非不胎化を行うと場のマネーが増えますので、それだけ金融緩和になり、デフレ対策となります。
この非不胎化を今回日銀が行っているという報道がありました。*1

 [東京 15日 ロイター] 関係筋によると、日銀は、15日の外為市場で実施した円売り/ドル買い介入で供給した資金を吸収せず非不胎化する方向。

 日銀は15日、政府・日銀がドル買い/円売り介入を実施したことを受け、「強力な金融緩和を推進するなかで今後とも金融市場に潤沢な資金供給を行っていく方針」との総裁談話を発表した。


日銀、介入資金を吸収しない方向=関係筋 | Reuters 日銀、介入資金を吸収しない方向=関係筋 | Reuters 日銀、介入資金を吸収しない方向=関係筋 | Reuters



しかし、実は為替介入に使う円を調達する方法が、2000年以降は変更されています。円を調達するには「為券(ためけん)」といわれる政府短期証券(国債の一種)を発行するわけですが、1999年まではこれを日銀が直接引き受けていました。そのため、介入で売られた円を日銀が吸収しなければ(非不胎化すれば)、そのまま金融緩和になりました。
しかし、2000年以降、政府短期証券は市場で販売するようになりました。つまり介入で売られた円は元々市場から調達されたものですから、円を市場に放置しても市場のマネーは増えず、金融緩和になりません。
だから、「日銀は、15日の外為市場で実施した円売り/ドル買い介入で供給した資金を吸収せず非不胎化する方向」という言い方は、1999年までなら正しかったのですが、2000年以降は間違った言い方になります。

この話を、経済学者の高橋洋一氏が簡潔にまとめています。結局、今回の為替介入が円高阻止に繋がるかどうかは、日銀が金融緩和しているかどうかにかかっていて、金融緩和がないのであれば、介入の効果は一時的なものに終わるでしょう。

 菅直人首相が民主党代表に再任された直後、為替マーケットは菅政権に円高の洗礼を浴びせた。15日朝、東京外国為替市場の円相場は続伸し、一時1ドル=82円台を付けた。その後、政府が6年半ぶりに為替介入し85円台にまで円安に振れた。

 一般に、為替介入は「日銀砲」と俗称され、日銀が行っているとされている。しかし、実は政府(財務省)の外国為替資金特別会計による外国為替平衡操作だ。具体的には、その当日の朝、財務省から日銀に介入指示があり、日銀はその指示に従って外貨債などを金融機関から購入する。外貨債などの購入のための資金調達は、「為券(ためけん)」といわれる政府短期証券を市場で発行している。

 介入によって需給関係が変わるので、一時的に為替レートは動く。しかし、その効果は永続しない。為替レートは、二国間の通貨の交換比率なので、中長期で見ると、理論的には資産の相対価格の理論に従う。資産の相対価格は、それぞれの資産の予想収益率と存在量で決まり、相対的に予想収益率が高く存在量が少ないほど、資産の相対価格は上昇する。

 ところで、1999年以前、為券は日銀が全額引受していたが、2000年以降、市中消化になっている。つまり、以前は、介入のために為券を発行すると自動的に通貨供給増(金融緩和)となっていたが、最近は介入に際し通貨供給増とはならない。

 これと為替の理論的な見方をあわせれば、財務省による介入は一時的な効果がある。しかし、日銀が新たな買いオペをしないで、通貨供給増がないと、通貨の相対的な存在量に変化はないので、介入の効果は続かないのだ。各国ともに、リーマンショック以降、猛烈な金融緩和を行い、通貨量を増やしている。その中で、日銀だけが通貨量を増やしていないので、円が相対的に希少になって円高になっている。これが、円高の根本原因であるので、日本は金融緩和による通貨増を行わなければ、円高は直らない。

 15日の財務省介入で、一部の報道では「介入は非不胎化」と報じられた。これは、日銀が通貨供給増ということを意味しているが、疑問だ。日銀の政策として通貨供給増つまり金融緩和であれば、政策決定会合の議決が必要だ。議決なしで日銀が流したとすれば、情報リークで問題にもなりかねないからだ。

 円高とデフレはコインの裏表の関係だ。通貨を絞るから他国通貨より高くなる。また、通貨を絞るから国内物品に対して高くつまりモノの値段が安くなるのだ。その意味で、円高の最良の対策は、通貨量の増加であり、これは同時に最良のデフレ対策でもある。(嘉悦大教授、元内閣参事官・高橋洋一)


【激震2010 民主党政権下の日本】介入効果を持続させるには通貨供給量を増やせ 最良のデフレ対策にもなる - 政治・社会 - ZAKZAK 【激震2010 民主党政権下の日本】介入効果を持続させるには通貨供給量を増やせ 最良のデフレ対策にもなる  - 政治・社会 - ZAKZAK 【激震2010 民主党政権下の日本】介入効果を持続させるには通貨供給量を増やせ 最良のデフレ対策にもなる  - 政治・社会 - ZAKZAK


また、この円高については、物価変動を踏まえた実質実効為替レートで見ると、かつての円高ほどひどくないという意見もあります。例えば経済学者の伊藤隆敏氏はこのように述べています。

 −−円相場と株価の先行きは?

 ◆円相場に影響する米国経済は成長率が下がり、低空飛行が続く可能性がかなり高い。商業不動産の指標がずっと弱く、住宅市況も回復の兆しがない。米国が良くなるまで円高圧力は続く。今後半年は1ドル=80〜90円の水準だろう。株価も結局、米国と連動しており、良い材料は乏しい。

 −−政府による為替介入の可能性は?

 ◆タイミングと手法が重要。市場が「本当に行き過ぎだ」と思う水準で思い切った大規模介入をすると雪崩を打って円安に動く。単独介入でも効果はある。ただし、今の為替水準では、各国は介入に納得しないだろう。

 −−なぜですか。

 ◆円は対ドルで95年4月の1ドル=79円75銭が史上最高値だが、その後の物価変動を踏まえた実質実効為替レートで見ると、現在は当時より30%近く円安だ。企業も海外に工場を持つなど円高対応力は増し、赤字で輸出するレベルにまでは至っていない。10年前には100円を攻防線に大規模介入したが、今なら攻防線は73〜74円だ。


どうする円高・株安:東京大公共政策大学院・伊藤隆敏副院長 − 毎日jp(毎日新聞) どうする円高・株安:東京大公共政策大学院・伊藤隆敏副院長 − 毎日jp(毎日新聞) どうする円高・株安:東京大公共政策大学院・伊藤隆敏副院長 − 毎日jp(毎日新聞)



この実効為替レートというのは、ある通貨の為替レート面での強さを見るものです。円vsドルのような特定の2通貨間の間の強さ・弱さではなく、主要な他通貨との間の強さ・弱さを、国家間の貿易量を考慮して総合的に計算したものです。各国の物価変動を考慮しない名目実効為替レートと、物価変動を考慮した実質実効為替レートがあります。
実効為替レートについては、日銀のサイトに詳しい説明があります。

 「実効為替レート」は、特定の2通貨間の為替レートをみているだけでは分からない為替レート面での対外競争力を、単一の指標で総合的に捉えようとするものです。
(注1) 例えば、一口に「円高」と言っても、円が米ドルに対してのみ上昇している場合と、多くの他通貨に対して上昇している場合(「円の独歩高」の場合)とでは、円と米ドルの2通貨間の為替レートが同一でも、日本の価格競争力、ひいては貿易収支等に与える影響が異なってきます。
 具体的には、円と主要な他通貨間のそれぞれの為替レートを、日本と当該相手国・地域間の貿易ウエイトで加重幾何平均したうえで、基準時点を決めて指数化する形で算出します(これが「名目実効為替レート」です)。


(中略)


 また、対外競争力は、為替レートだけでなく、物価の変動によっても影響を受けます。例えば、日本の名目実効為替レートが不変でも、貿易相手国・地域の物価上昇率が日本の物価上昇率を上回っている場合には、日本の相対的な競争力は好転します。こうした点を考慮に入れた物価調整後の実効為替レートが「実質実効為替レート」です(「実質実効為替レート」の推移については、図2をご覧ください)。

 具体的には、円と主要な他通貨間のそれぞれの為替レート(名目為替レート)を、当該相手国・地域の物価指数に対する日本の物価指数との比を乗じて実質化(実質為替レートを算出)した上で、それぞれの実質為替レートを貿易ウエイトで加重幾何平均して、基準時点を決めて指数化する形で算出します。


「実効為替レート(名目・実質)」の解説 「実効為替レート(名目・実質)」の解説 「実効為替レート(名目・実質)」の解説



この日銀のサイトには、名目実効為替レートと実質実効為替レートのグラフがあります。


「名目実効為替レート」の推移
http://www.boj.or.jp/type/exp/stat/img/exrate9.gif


「実質実効為替レート」の推移
http://www.boj.or.jp/type/exp/stat/img/exrate10.gif


このように名目実効為替レートでは大幅な円高が進んでいますが、実質実効為替レートは円高にはなっていません。この違いは、物価変動を考慮しているかどうかの違いです。日本はGDPデフレータを見ても分かるように、10年以上に渡ってデフレが続いています。一方、日本以外の主要国はマイルドなインフレが続いているため、このインフレ率の差が名目実効為替レートを円高にしている要因です。つまり、今日本を苦しめている円高は、デフレが姿を変えて現れたものだということになります。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/6/68/GDPDeflator01.png/250px-GDPDeflator01.png


経済学者やエコノミストの中には、実質実効為替レートを理由に今回の円高は問題ではないと主張する人もいるようですが、このように実質実効為替レートの意味をきちんと考えれば、円高の原因はデフレであるということを示しているのであって、この円高が問題ではないことを示しているのではないことが分かるでしょう。

*1:この報道を含む非不胎化を巡る記事が、「6年半ぶりの為替介入 - 生活の記録 6年半ぶりの為替介入 - 生活の記録 6年半ぶりの為替介入 - 生活の記録」にまとめられています。