カレントアウェアネス-E
No.228 2012.12.13
E1375
震災の映像記録の活用に向けて―権利の壁と世論形成<報告>
2012年11月24日,東京大学本郷キャンパスで,公開フォーラム「震災の記録をどう活用するか―膨大な映像記録を中心に」が開催された。筆者を含め,約120名が参加した。
このフォーラムは,東日本大震災の記録の中でも主として映像を対象に,その収集・保存より活用に重点を置き,課題の共有や突破口を探るための議論を行うことが目的とされた。しばしば言われるように,活用に際して最大の課題となるのは“権利の壁”,すなわち映像の著作権や,写された人の肖像権およびプライバシーなどである。今回のフォーラムでは,この“権利の壁”を乗り越える方法のひとつとして“世論形成”が浮かび上がった。
冒頭の国立国会図書館の大滝則忠館長および国立公文書館の高山正也館長からの来賓挨拶に続いて,司会を務める東京大学教授・副学長の吉見俊哉氏からフォーラムの趣旨説明が行われた。吉見氏は,震災アーカイブの取組は,現在,記録を残すという第一ラウンドから,それらをどのように活用するのかという第二ラウンドの途中に移っていると位置づけた。
基調講演では,東京大学客員教授の御厨貴氏が,月日の経過とともに震災直後の感覚は忘れられていっており,本やドキュメンタリーでは“記憶の封じ込め”が行われているのを感じると述べ,当時を思い出すための映像記録の重要性を説いた。そして,その活用において一番の課題となる“権利の壁”についてざっくばらんに議論したいと期待を語った。
その後,計8機関からの事例報告が続いた。NHKは震災後1か月間の取材テープの整理・提供や「東日本大震災アーカイブス」について,TBSテレビは震災放送映像のデータベース化や未放送の素材映像の取扱いについて報告した。福島テレビは古いフィルムを活用した番組「フィルムメモリー」を,河北新報社は新聞報道と市民による記録を合わせたアーカイブの構築を紹介した。同社の八浪英明氏の「アーカイブというと終わった話にも聞こえるが,私たちにとっては現在進行形。毎日起きている事柄の記録を取っていかないといけない。それを忘れないでいただきたい」という言葉には胸を打たれた。
また,東北大学「みちのく震録伝」の報告では震災関連のファクトデータを活用したシミュレーション映像が,Yahoo! Japanの「東日本大震災写真保存プロジェクト」では震災から1か月足らずで公開に至ったことが紹介された。311まるごとアーカイブスは電子教材開発など防災教育へのアーカイブ活用を紹介するとともに,「コンテンツを本当の意味で二次利用するためにはしっかりしたメタデータが必要」と強調していた。釜石市は二度とこの悲劇を繰り返さないという決意や,テレビ局には震災直後に自治体が自ら記録することが困難だったという事情に配慮して映像を無償提供してほしいという期待を述べた。
続いて,国立情報学研究所の高野明彦氏,東京大学教授の玉井克哉氏及び目黒公郎氏,NDLの柳与志夫氏を加え,総勢13名による討論が行われた。
まずは“権利の壁”が話題となった。知的財産法などを専門とする玉井氏の「著作権法を100%厳密に守るのは現実的には困難」という発言を受け,御厨氏が「1,000人いて反対するのは1人という場合にどうするか」と問題提起を行った。対して,Yahoo! Japanから「公開はやめようかという議論もあったが,震災直後というタイミングもあってか支持が得られた」,河北新報社から「新聞社の取材したものが新聞に載ることについては広く理解が得られているが,ネット公開やアーカイブの場合は違う」など様々な意見が出た。
後半ではアーカイブの社会的活用や目的・意義についても議論された。目黒氏は災害データの分析結果を例に挙げて活用方法を具体的に見せることの重要性を説いた。フロアにいた被災地自治体の職員らは,被災地ではアーカイブの優先順位は低い状況だが防災教育という目的は理解を得やすいこと,アーカイブへの取組を通して地元の文化・伝統を客観的に見ることができたこと,自分たちでアーカイブしたいという意識を啓蒙することが大切なこと,などの経験を語った。
フォーラムを締めくくるにあたり,吉見氏は次の3点が重要であるとした。1つ目は国全体でどれだけの映像記録があるか把握する必要があること。2つ目は震災アーカイブの目的や効果を広く具体的に伝え,多くの国民に「公共性の高いアーカイブだからオプトアウトでいいじゃないか,使ってしまおう」という考えを理解してもらえるよう“世論形成”を行っていく必要があること。そして3つ目はアーカイブを進めていくと“ひとづくり”にもなること,である。
最後に吉見氏は,「新聞やウェブなどでこのフォーラムのことを広めていただきたい。世論形成が重要。今日この場にいるすべての方々に担っていただきたい」と願いを述べた。
(関西館図書館協力課・林豊)
Ref:
http://cidir.iii.u-tokyo.ac.jp/_userdata/event/20121124.pdf