ハロウィーン文書
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1. はじめに。
1998 年 11 月頭、それはマイクロソフトがアメリカ司法省と丁々発止の法廷闘争をくり広げる一方で、フリーソフト/オープンソースがしだいに勢いをつけてきて、ただのホビイストのお遊びから実際のビジネスや業務での使用にも耐える本格的なシステムとして認知度を高めていたときだった。そのときいきなりネット上にあらわれたのがこの文書である。
オープンソースソフトの代表格の一つである Linux はじょじょに各種サーバ市場に入り込み、NT の立場を脅かす存在になってきていたが、公式には MS は、「あんなのマニアのおもちゃ、ぼくたちはお金持ちの企業さん相手、格がちがうよ、はなから相手にする気はないね」的な発言をしてきていた。ところがこの文書では、MS はなんとオープンソフトをはっきり脅威として認識したうえで、どうやってそれを自分たちも見習うべきか、そしてどうやってこの動きをつぶせばいいかについて、詳細な見当と提言を行っている。しかも、その手段としてすごい腹黒い陰謀まで提案されているではないか!! ひょえーっ! まあみなさんの喜んだこと喜んだこと。そしてなんと、マイクロソフトはこれが本物だと認めている!
おりしもこの文書がリークされたのは 10 月末から 11 月頭。欧米では魑魅魍魎が跋扈する祭日であるハロウィーンの日だった。したがってこの文書も、ハロウィーン文書と名付けられた。だってその中身もまた、魑魅魍魎というかなんというか。あまりにできすぎなので、かえって陰謀じゃないかと心配する人たちも(当然ながら)いる。
注釈をつけているエリック・レイモンドは、古参ハッカーで、いまはオープンソース運動の理論的な指導者としてのほうが名高いかな。文書の中でも引用されている「伽藍とバザール」 と 「ノウアスフィアの開墾」はかれがその地位を不動のものにした、すでに古典的な論文。
前置きはこのくらいでたくさん。あとは実物を読んで、その意味するところをじっくりと考えていただければ幸甚。
2. これがブツだ。
- ハロウィーン I (1999/02/23更新)
最初のそもそもの文書。オープンソースについての紹介とかなり詳しく徹底した分析、そしてそれに対してマイクロソフトとしてとるべき手段が、率直かつストレートに書かれている。「プロトコルを脱共有化せよ!」すごい。 1998 年 10 月末に、ESR にリークされたとのこと。当初はノーコメントだったマイクロソフトも、後にこれが本物であることを認めている。
1999/02/23:原文にコメントが追加されてアップデートされたので、翻訳も更新。変更としては、Tom Nadeau という人が別のところで書いたコメントからの引用がいくつか入ったのと、元マイクロソフト社員からのコメントというのが数カ所入ったこと。また、ESR 自身のコメントもちょっと増えた。
このうち、Tom Nadeauのコメントはあまりおもしろくない。反 MS 的な、揚げ足取りに近いコメントも多い。でも、この元マイクロソフト社員のコメントは、内部事情がわかってとても興味深い。「元マイクロソフト社員」で検索をかけると、この追加箇所は一通り見つかるので、ぜひごらんあれ。
- ハロウィーン II
その後、さらにリークされてきた文章。これはオープンソースのなかでも Linux に焦点をしぼっている。比較的ふつうの技術評価文書で、みんなの期待するような陰謀はあまり出てこない。どうしたマイクロソフト! きみらしくないぞ!
しかしエリック・レイモンドは冷笑しているけれど、これは Linux の技術アセスとしては本当によくまとまっている。単なる技術だけでなく、関連企業動向まできっちりおさえてあるし、比較もかなり公平でマイクロソフトびいきもないし。ぼくはこれに勝る文書を寡聞にして知らない。Linux コミュニティとしては、マイクロソフトに感謝してもいいくらいだ。この文書があれば、たぶんどこの会社でも Linux 導入はすごくやりやすくなるよ。だってマイクロソフトがこんなに絶賛してるんだもん。
- ハロウィーン III
この件に対してマイクロソフトオランダ支社から 11 月 5 日に出てきた正式コメントに、エリック・レイモンドが注釈をつけたもの。回答はかなりきちんとしたもので、まあこれだけ守勢を強いられる中で、よくぞここまで答えました、という感じ。さすがマイクロソフト、いい人材を雇っています。日本の MSKK には絶対にこんな骨のある回答は出せない。
一方の注釈だけど、明らかにエリック・レイモンドはちゃんと読み返していない。感情的に書き殴ったのがほぼそのまま。ちょっと嫌みと個人攻撃が多い。論点はわかるが落ち着け落ち着け! 広報担当者をいじめたって始まらないぞ!
(付記:その後、この広報担当者から「あれはあたしじゃなくて、MS の上からきたものなのであたしの名前は web からはずしてー」と泣きが入ったそうな。たぶん罵倒の嵐が入ったんだろうなー。かわいそうに。でもなんかこれってさ、中村正三郎の電脳曼陀羅の時の経過と似てない? やばいことは現場を盾に使って、矢面に立たせちまえ――これって実は、世界的なマイクロソフトの方針だったりして(笑))
- ハロウィーンへのコメント from the Linux World
Linux 勢から、ハロウィーン文書の訂正や追加情報、そして視点としての不足部分についてコメントが寄せられたので、紹介。著者は Debian JP の吉山氏(TNX!)いまのハロウィーン文書でも、そこいらのいい加減な紹介よりはよほどきちんとしているんだけれど、だれがなにやってるかわからない Linux の世界では、部外者がざっと見ただけではどうしても見落としは出てしまう。さらに指摘されてる Linux の欠点の多くは、みんなもわかってていろいろ手をうってるんだよ。それが伝わらずに、あれが Linux だということでそのまま流布してしまうのも悔しいので。
- ハロウィーン IV(1999/02/22)
マイクロソフトに「ロビンフッドたち」と茶化されたので、仕返しにエリック・レイモンドがロビンフッドじたての風刺劇をつくったもの。いやあ、まあいいんですけど。これはお遊びですんで。
- ハロウィーン V
yomoyomo氏が訳してくれました。毎度 TNX! 山形はほとんど手を入れてません。
- ハロウィーン FAQ(1999/07/04)
yomoyomo氏が訳してくれた、ハロウィーン文書 FAQ でございます。山形はちょっと手を入れただけです。
- ハロウィーン VII(2002/11/14)
忘れた頃に、という感じ。ベルリンで、マイクロソフトが Linux がらみでやった市場調査のアンケート結果が回覧されたとのこと。そのアンケート結果でござい。マイクロソフトは「共有ソース (Shared Source)」なんてやってたんだね。知らなかった。
- ハロウィーン VIII(2003/01/14)
各国政府で、オープンソースソフトの採用・検討の動きが広がっているのに対する対応策を練った文書。
- ハロウィーン IX(2003/08/14、未訳)
SCO による Linux の知的財産権訴訟の背後にはマイクロソフトが暗躍している、という文書。長いので訳すひまはなかなか……
- ハロウィーン X(2004/03/04)
SCO の内部文書リーク! ホントにマイクロソフトが暗躍していた! しかもものすごい金が動いている!
3. この文書の意義だが……
この文書の意義は、まずなにはともあれむちゃくちゃおもしろい、ということがある。おお、マイクロソフトめ、かような絵に描いたみたいな悪辣なる陰謀を企んでおったかぁ、許せーん! という感じ。だが、それで喜んでいると非生産的なだけなので、十分に注意してほしい。
(ここはいろいろ言いたいことがある。たとえばエリック・レイモンド自身、アンチマイクロソフトは無益だといいつつも、あちこちでマイクロソフトバッシングまがいの発言を繰り返しているところとか。あと、こいつらの Netscape のソースコード公開についての分析は、むちゃくちゃ鋭い。あんなのダメだよ、という分析だけど、すべて正しいだろう。が、それは見ればわかるだろうしなにせ急ぐので、またいずれ加筆する。ただ、この下のポイントはたぶんほかからは出ないだろうと思うので指摘しときたい。)
3.1 アメリカにおける「戦略」というものについて
この文書はある意味で、すばらしい文書だ。この文書はちゃんと戦略というものを明文化し、それを組織的に共有しようという明確な意志があらわれている。そしてそれにはちゃんと実効性があり、(少なくともこの組織にとっては)きわめて有益な代物となっている。
- 社内的なご機嫌うかがいや遠慮が一切ないこと。エリック・レイモンドは、ビル・ゲイツのごきげん伺いがある、と指摘している。それはまあ事実かも知れない。でも文書Iの最後にある「対応策」のところで、行われている、現社内体制の問題についてのビシバシした指摘をごろうじろ。こういう冷徹な自己評価ができなくて、問題解決はあり得ないのだ。これができるということは、たぶんマイクロソフトはまだまだ巻き返しをするだけの潜在力を持ってるってことだ。あなどってはいけない。
- つまらない道徳的な判断がまったくないこと。確かにエリック・レイモンドがいうとおり、プロトコルの「脱共有化」なんて、感心できることではない。しかしながら、とりあえずそういう道徳的な判断はさておき、実際にそういうことを考えられるというのはものすごい強み。
- つまらんプライドにとらわれないこと。相手の強みをきちんと認めて、とりいれるべきところを積極的に採り入れようと提言しているところ。プライドの高いバカは、そのプライドさえ効果的につついてやれば、そこから一歩も動けなくなるんだ。だから攻撃相手としては実に楽。それがなくて、敵だろうとなんだろうとすぐに見習えるやつはどんどん成長するからこわいのよ。
これを受けて、実際にこの戦略をやるかどうかは経営判断になる。かれらは「これはあとで総スカンにあいそうだ」と思うかもしれない。でも「総スカンにあったところでその時点で相手が叩きつぶせればわれわれのメリットになる」という判断だってできる。そしていったん後者の判断が下されたら、総力をあげてこれが実行に移される。こわいよ。そういうオプションをはなから考えられなかった連中なんか、ひとたまりもないよ。
そしてそれが失敗に終わったら、責任者(経営陣)がきちんと責任をとってやめるだろう。
日本では、まずそういうことにはならない。といっても、日本のこの手の報告書がないわけではない。たくさんある。しかしながら、それは似て非なるものなんだ。仮に日本でこの文書が書かれたら、どんな内容になるか。たぶん、こんな中身になるだろう。
- オープンソースとはなにか
ここはたぶん、Linuxについて、どっかのくだらない三文インストール本の受け売りがずっと続く。日本でこの手の話を企業向けに書いたりする連中のなかでLinuxでもFreeBSDでも実際に使ったことのあるやつは2%くらいしかいない。そんなやつらの書くものって、まあだいたい見当はつくでしょ。「有識者インタビュー」と称して、肩書きだけにだまされてなにも知らない「せんせい」とかに話を聞いちゃったりするだろう。
- オープンソースのメリットと限界
そりゃ安定してるとかいいこともあるけれど、でもまぐれですよ、いやあそんな趣味人のやってる片手間 OS なんかダメですよ、というのがひたすら唱えられる。やっぱまともな企業さんはねえ、ちゃんとした大企業のソフトじゃないとねえ、なにかと心配でしょうし、シェアものびないだろうとか、アプリケーションがないとか、デスクトップには食い込めないとか、サポートがないとか、そんな話が繰り返される。
というのも、こういう報告書の多くは、別に本当になんとかしようという目的で書かれるのではなくて、ただの精神安定剤で、別になにかしようという気がないけれどなんかしたような気分にひたりたいために作られるものなの。だからコンサルは、あんたんとこの製品はまずいとか、めったに書かない。ヨイショに終始する。
- XXXXXX社としての対応
ここは絵に描いたような決まり文句が繰り返される。わかってないやつがわかりたくないやつのために提言するものって、決まり切ってるから。こんな感じだ。
- 製品品質のさらなる向上による差別化
- 顧客とのコミュニケーションの一層の重視
- コアコンピタンスの確立(先週『ダイヤモンド』かなんかに挙がってたよくわからんお題目を並べる)
- アジャイル経営にむけた機動的な組織体制への移行(こっちは『ハーバードビジネスレビュー』からいただき)
そしてこの報告書は、どっかにしまいこまれて二度と日の目を見ないだろう。
では日本では、この文書に出てくるような腹黒い手口は使われないってこと? まさか。もっと悪質で政治的な癒着や裏取引を使った陰湿な手口がいくらも出てくる。ただし、それは絶対にこういうはっきりした組織的な形はとらない。現場のだれかが自分の判断でそれを行うか、あるいはトップのだれか一人が、明文化することなしに自分だけで考えて裏でいろいろ手をまわす。そして実際にそれが裏目に出た場合には、いわゆるとかげのしっぽ切りが行われて終わりだ。
一方で、日本ではそういう判断を下して、手を汚すことを辞さないトップがいれば、かなり柔軟にいろんなことができるんだ。しかしそれがいないと、みんな「どうしようどうしよう」でなにも決まらず、組織としての方針がまったく出なくなる。いまの日本政府を見るとそれがよくわかるでしょう。そして組織として腐り始めたときにも、そこでは絶対に自浄作用は働かない。自分のどこがまずいかを内部チェックするシステムは昔もいまもほとんど存在しない。プライドゆえにほかから学ぶ道も閉ざされている。
そういう日本の組織と、アメリカのこういう組織とを比べてどう思うね。けんかして勝ち目があると思う? 一回目は勝っても、二回目は負けるよ。そしてこっちは一回負けたら、そのまま負け通しだよ。だからアメちゃんはこわいんだ。そしてだから、日本も戦後のプライドがない時代は本当にこわかったのよ。
言い換えると、この文書には戦争のできるような戦略立案能力がはっきりあらわれているわけ。5万人くらい殺してもこういうメリットがある、というのをとりあえず考えられるという能力。そしていざとなったら実際にそれだけ殺すことも辞さない能力。効果があがらなければどこかでやめる判断力。そしてその殺したことに対して責任がとれる覚悟と能力。たかが一企業に、それだけのものがあるんだ。
日本でも人が死ぬような判断は下される。いやむしろ、判断を下さないが故に人が死ぬ場合のほうが多いだろうね。あるいは、人が死ぬのは別に意図したことじゃなくて、ただの副作用だとか。そしてそこでは、人はいつまでたっても殺され続けて、それでもだれもなにもしようとしないで責任のがれに終始するだろう。そして事態は改善されずに終わる。
さてどうしたもんかね。もうちと不況が続いて、日本がもっと追いつめられれば……でもこの話題はまたいずれ。
4. その他取り扱い上の注意
4.1 Disclaimer
翻訳は正確無比だという自信はあるけれど、内容について保証はしないし、これでなにかして被害を被っても、だれもいっさい責任をとらない。ご利用は自分の責任でやること。
4.2 リンクなどについて
リンクを張らせろとかいうしゃらくせぇメールはよこすなバカ野郎! ケチなんかつけねーから、どこへでも黙ってさっさと張れ! そういうメールをよこしやがったら、断るからな。いちいち相手の身元を確認していいの悪いの判断するほど暇じゃねーんだ! そんなけちくさい真似するくらいなら、最初っから無料でこんなもん全訳したりしねーぞ! 黙って張る分にはなんの文句もつけないぞ。
丸ごと転載するつもりなら、連絡をよこしていただけると修正があったときに連絡がいくかも知れない。約束はしない。
こう書いてもまだわからんバカな連中が多いので、もっとくわしく説明しておいたので読むがよい。
あと、リンクを張る場合にはこのページにしていただいたほうがいいだろう。文書がどんどん増えてきているし、この先どうなるかもわからないので。
バグ報告は歓迎。変換ミスとか誤解っぽいところとかあればご指摘くださいな。
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