A Girl's Guide to Geek Guys
ミッキー・ハルピン & ヴィクトリア・マート
久霧亜子 訳
出版者コメント:許可をとらずにこの記事をコピーするでない! 考えてもごらんよ――オリジナリティのかけらもないではないの。しかも、初出の Bunnyhop にリンクすらはらずに、この記事をむしってった連中が何十人もいるんだよ。意地悪してるみたいでいやなんだけどさ、ごめんね。
――セス
出版者コメントその 2:この記事は、著者たちの見解および経験を述べたもので、本誌の見解とは関係ないのだ。さらに、この記事が書かれたのは 1994 年だってのはお忘れなく。ジェインウェイ船長になんで触れてないとか新シリーズのスタートレックなんたらがどうしたとかいうお怒りの手紙を送る前に、そこんとこちょいと考えておくれよね。
ほうほう、女々しく引きずってた、あのザ・サンドボックスのベーシスト失恋痛手からやっとやっと立ち直ってきたな。さてどうする? よさげな野郎はみんな、ピチピチの人形向け超ミニ姿で情緒不安定のかたまりみたいな、似たり寄ったりの背伸び高校生もどきをとっかえひっかえしてるか、あるいは月々のお小遣いをくれる、どっかのおっかないおばちゃんと永久同棲に入ってるではないの。さてどっちにしようか。妻という名の牢獄か、あるいは屈辱の一夜限りの情事か?
こんな見込みありげ男不毛の荒野のさなかに、突如として浮上してくるのが、これまであなたのまったく考えもしなかったような男なのだ。中身のある男、物静かで落ち着いた男、独自の文化を持つ頭脳的な生き物――つまりは、おたく。
おたくはオルタナ系音楽が好きな子が多いけれど、コンサートとかはあまりいかないほうが多いな。むしろ、友だちと群れて、最新のハードウェア動向を議論したり、ビル・ゲイツのものまねとか練習してるみたい。ほら、好きなバンド名の入ったTシャツを着て、「このコンサートに行ったぞ!」とさりげなくひけらかす人がいるでしょう。おたく男はいろんなソフト会社のロゴの入ったTシャツを着て、自分が最新のリリース?を知ってるのを自慢するわけ。仲間内ながらもちょっとした競争が、おたく間ではこういうところで観察されるんだ。自分でも着てみると、話しかけてくるかもしれないよ。
もちろん、おたく男をめっける最高の場所はインターネットだな。おたくって一人残らず、サイバースペースで女の子と出会って、メールロマンスを繰り広げるなんて妄想をひそかに抱いてるんだから。そうすれば自分が自信のある活動(コンピュータ)と、すごく自信がない活動(人づきあい)とを組み合わせられるものね。おたく男のほとんどにしてみれば、サイバーデートってのは一種のむずかしいテレビゲームみたいなものなんだけれど、なんせプレーヤーが少ないので悩んでるわけ。相手の悩みはこっちの強み、でしょ?
こういう男の子って、世の中の仕組みについていろいろ変な考えを持ってたりするし、なかでも女の子のことになると、特にそれがひどかったりするでしょう。それには理由があって、おたく男ってのは人付き合いの経験が限られているので、行動モデルを別のところに求めるしかないからなのだ。実世界の社会規範を欠いているがゆえに、ある種のナラティブで心理的転移を経験して、それに基づいて自分の相互作用をモデル化しようとするんだな。だから、ある種のメディアイメージやテーマは、あたしたちにとってはただの娯楽でも、この子たちにとっては極度に様式化されて隠喩化された現実の表象となってきてしまったのね。なかでもいちばん影響力の強いのが、次の話題の……
スタートレックをおさえてなければ、おたく男はつかまらないし、つかまえてもすぐ逃げられるだけね。それもあの黄金期のカーク船長とスポックだけじゃお話にならない。TNG(The Next Generation)もディープスペース9もバビロン5もきちんとおさえとくこと。連邦政治の知識さえ身につけておけば、いつ、どういうふうに行動すればいいかをうまく判断できるでしょう。スタートレックの性的な政治学は実にあからさま。男がテクノロジーと船を仕切って、女はお世話係(医者とカウンセラー)。エンタープライズの性的な緊張関係にも注目。女はぴっちりした制服で、豊かに流れる髪の毛をしている。男ははげかかってるのも多くて、いつも必ずコンピュータ小道具を身につけてるよね。この世界が、おたく男の妄想を隠喩化したものってこと。彼は、自分をおたくっぽいけど英雄的な男の乗組員に投影して、ありのままの自分だけを受け入れてくれる、セクシーで知的なディアンナやビバリーを密かに欲望しているわけね。これが彼にとっての現実の出発点なんだというのを受け入れるつもりがあるんなら、あなたもおたくとつきあう準備万端。
おたくをつかまえるだけだと、まだ道半ばってとこね。つなぎとめておくとなると、これはまた別の話。ありがたいことに、ちょうどヴィクトリア・マートさんからコメントをいただきましたわよ。彼女はおたく男をつかまえたどころか、ほんの数ヶ月前にそれと結婚するくらい賢い方。彼女が新婚の至福の日々をちょっと割いて教えてくれた、おたく飼育と食事についてアドバイスをどうぞ:
おたくは繊細でよく気のつく恋人であり夫です。テクノ人生と折り合いさえつけば、伴侶としては最高ですね。すごく魅力的で、見てくれはぱっとしないしむきむきでもないけれど、つきあううちにどんどんかわいくなって(著者註:まあこの人、新婚さんですので)くるタイプですよ。ぜひおたくをためしてみましょう!
おたく飯
おたくはパッケージ化されたジャンクフード指向が強いです。仕事をして考えるほうが好きで、自炊するのにあまり興味がないからですね。自分のおたくにはちゃんと、自分がただの複製装置ではないということを理解させて、家庭料理をあてがうようにしましょう。チョコレートチップ・クッキーを焼いてあげると、おたくは愛を実感するようです。体重管理には気を使う必要があるでしょう。おたくは一日中、すわってモニタをにらんでいるのですから。
おたくライフスタイル
おたく男は仕事づけで、しかも家に仕事を持ち帰るクセがあります。ほとんどハードディスクと一体化してる、みたいな。少なくとも彼の仕事に興味があるふりくらいはしましょう。一般に、コンピュータについてのがっちりした知識は必須です。これが無理なら、せめてそれらしいしゃべりくらいはマスターすること。おたくの多くは妙に細かくて、どうでもいいような細部のことで変にいきりたちます。理解を示して、ディアンナ・トロイ演技(著者註:前節参照)をしてあげて、共感してあげましょう。
おたくはリラックスするときには、最新のテレビゲームをするのが好きです。Mystでもチャック・イェーガー・エアコンバットでも、好きなのをいくらでもやらせておくこと。先へ進めなくなったり、ミグ3機に待ち伏せされたりしたときには、同情するふりをしましょう。わたしのおたくは、Mystで先に進めなくなった人をインターネットで助けてあげるのが大好きです。そのときも、すぐに答えを教えるかわりに、気の利いたなぞなぞで教えるのが趣味ですね。あと、おたくはSF映画や日本製のアニメ映画をみにいくのが好きですが、男のはけ口としては無害といえるでしょう。
おたく仲間
おたくの多くは、職場の友情を、彼らが冗談まじりにいうところの RL(Real Life、現実世界、またの名を「あの時々青くて、時々黒くてちっちゃな明かりがたくさん点ってる天井のついたでっかい部屋」)に持ち込みます。おたく仲間でいちばんいいのは、自分の女友だちと引き合わせても安心だということですね。向こうは、女の子がまわりにいると最初はもじもじするので、ほどほどにしてあげましょう。だんだん殻から出てきて、相手も自分と同じようなことに興味を持つんだということを理解するようになります。
以上のアドバイスをくれたヴィクトリアに感謝。いっておくと、ヴィクトリアはこの記事のあたしの部分の原稿を読んで、自分の部分を書く前に、旦那に自分がどっちに似ているか、ディアンナかビバリーか、ときいたのだ。ハワード(にくいよっ!)は即座に、前からヴィクトリアがいちばん似ているのはエンサイン・ロー・ラーレンだと返答。これはかわいいキャラで、ちょっと差し出がましいところがあっていつもトラブルの種になっていた人物(なかなか正確な観察)。このやりとりはいくつかの点でなかなかおもしろい。
- ハワードはすでに、ヴィクトリアがだれに似ているかを考え済みだった。
- 何シーズンも前の登場人物を、あっさり思い出せた。
- ヴィクトリアは、マジでそれについていけた。
いやあみなさん、長続きしそうな夫婦、ですねえ。
おたくはこれまでずいぶんと世間にいじめられて無視され続けてきたから、隠れおたくになってる人も多いんだ。だから知らないうちにおたくと知り合いになっていて、気がついていないだけってこともよくある。いじけてたり、理解されてないと思ってることもあるし、だから間合いをつめるときには気をつけること。この点をあげつらってみたり、「あたしをとるの、コンピュータをとるの?」とかいうとんでもない選択は、決して迫らないこと! いい、コンピュータはかれにとって、これまで一生にわたってついてきてくれた相手。それに比べたら、あなたはまだ新参者で、向こうもまだちゃんと理解しきってないんだからね。
おたくは謎が大好きで、挑戦や知的パズルに燃えるタイプよ。謎で知的な挑戦って、まさに自分のことだと思わない? 自分だってちょっとした知的刺激がほしいと思わない? そうでしょそうでしょ。そうだと思ったわ。
じゃ、がんばってつかまえよう!
[EOF]
本論文は、インターネット普及初期に登場してネット界を席巻した名論文の全訳である。初出 Bunnyhop は、インターネット初期の Foxy! や GeekGirl, Reading For Pleasure などと並ぶオンライン雑誌の雄だったが、いずれも 1996 年あたりを境に突然下火となり、初期のパワーと勢いが続いていないのは残念である。これもおそらくはネットのライフサイクルと関連した現象であろう。
本論文で述べられた内容は、確かにここ数年で変わりつつある。それは、ディテールの陳腐化だけにとどまらない。この論文が扱っているような、社会的な価値を持つコンピュータ系の、その中でもさらに生産的なおたくというのは、やはり少数なのだということが、だんだん明らかになってきたということだ。ここで言及されるような良質なおたくの一方で、ネット界にもグレシャムの法則は確実に適用され、どうしようもない、何の魅力も持ち得ない、だれも手を触れたくないクズおたくが確かにいて、しかも実はかなり多数を占め、さらにそれが単に無能で低劣であるにとどまらず、きわめてはた迷惑で実害を伴う行動をとったりするような事例も多々生じており、その意味で本論文はきわめて楽天的にすぎるといわざるを得ない。まだまだインターネットがかなり限られた人のツールであった時代には、多少の説得力はあっただろう。現代ではどこまで有効といえるだろうか。さらに、この論文自体に性差別的役割分担をほのめかす部分がいくつか見られ、むしろ性差別の強化に貢献している点も、多くのフェミニストなどから指摘が行われている。本論文も、時代的な限界から完全に逃れ得ているわけではないといえよう。
しかしこの論文は、たとえば斉藤美奈子が『紅一点論』で展開したような通俗 SF の類型的で性差別的なステレオタイプに関する洞察、そしてそれがおたくに与える影響の分析という点で、かなり先駆的なものであったといえる。さらには、いくつかの行動原理についての観察などでも、鋭さがうかがえる。
そしてなによりも、本論文の最大の功績は、世のおたくたちに一抹の希望をもたらしたことである。本論文にもあるように、これまで(そしていまも)おたくはバカにされ、石をなげられる存在であった。本論文を読んで、実際におたくを相手にしようと思った女性がどれだけいるかは不明だが、おたくの多くはこういう文章の出現によって、自分にも希望があるのかもしれないというほのかな期待を抱くにいたったのはまちがいない。この論文が心のささえだったと述べる人々も一部にはあり、またエリック・レイモンドも「ハッカーになろう」で、おたくの社会生活実現の参照論文としてこの文書を挙げている。この意味で、本論文はある種の「癒し」を提供したといえるであろう。この意義は現代においてもなお薄れるものではない。こう考えて、このたび訳出を決意した次第である。
なお、ここでいわれているおたくは Geek であり、Nerd ではない。Nerd と geek の間には確実に質的な差異が存在するものの、それを明確に言語化するのは困難である。さらに日本語の「おたく」は必ずしもこれらとは一致する概念ではない。たとえば日本でいうアニメおたくは、この論文で検討されている geek の範疇には入らない(が、重なる部分はあるだろう)。こうした細かい概念上の分析については、本論の範囲を超える。
蛇足ながら、現題の Girl's Guide to Geek Guys は、タイトルの単語がほぼすべて G で始まる見事なことば遊びになっているのだが、これを反映するように翻訳するのは、残念ながら訳者の能力を超えていた。この点、読者のご寛容をこうものである。
……という理由でもとは「女の子のためのおたくガイド」という邦題にしていたが、木邑 実氏<[email protected]> の見事な提案により、現在の題名にあいなった。すばらしい。
訳については山形浩生氏に多大なご指摘をいただいた。さらにオンライン化についてもお手をわずらわすこととなり、ここに謝意を表明したい。まだ思わぬまちがいなどもあるかと思うが、ご指摘いただければ幸いである。
久霧亜子