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ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』2005年版追加章について

銃、病原菌、鉄表紙

山形浩生

 草思社の倒産で一時はどうなるかと思った『銃、病原菌、鉄』邦訳だが、無事に復活して文庫にもなって、まずはめでたい。おもしろい本だし非常に含蓄があるので、これが入手困難になるのは大変痛かったもので。

 しかし、アマゾンのレビューを見ていると、変な記述に出くわした。これだ:

翻訳されていない一節 (Tsiroeht Emag)

 訳されなかった章がある? そんなバカな。草思社が(愚かにも)参考文献をカットしたのに怒ってみんなで訳したときに、原書はちゃんと見ているがそんな章はなかったぞ。(なお、草思社も知恵をつけて、その後参考文献をウェブで公開したうえ、文庫版にはちゃんと載せているのでご安心を。)それも日本人に関する章で人間宣言がどうしたこうした? そんな最近の話を扱っているわけもないと思って、コメントにもそう書いたんだが……

 調べてみると、2005 年版から追加になった章だとのこと。ちゃんと実在したので、これについてはぼくのまちがい。すみませんでした。

 で、その中身なんだが、このレビューアーが怒るような変なことが書いてあるんだろうか、と思って入手してみました。そしてそれを翻訳したのが以下のもの:

日本人とは何者か?&2003 年エピローグ (pdf, 137kb)
日本人とは何者か?&2003 年エピローグ (html 版)

 で、訳してみた後にレビューアーへのコメントだが

ということで、ダイアモンドは鳥類学者ではないという点も含め(付記:鳥類学者ではあるそうです。失礼)、全体に問題がたくさんあるレビューだと思う。

 確かにこの章、日本には毎日考古学がらみの新聞記事が流れるとか、縄文人はきれい好きだったと日本人考古学者が自慢するとか、どっから出てきたんだと思えるような記述がいくつかあって、首をかしげる部分も大きい。そして訳しながら、なんでダイアモンドはこんな章をわざわざ追加しようと思ったのか、かなり解せなかったのだ。

 でも、ああいうレビューが出ると言うこと自体が、まさにダイアモンドの懸念に根拠があることを示しているとは言えるだろう。さらに、このレビューアーがほめている wikipedia の記述を見ると、ここに書かれた解釈以外の説もまだまだ有力だし、分子遺伝学的な知見でも、朝鮮半島からの弥生以降の流入だけでは説明しきれない部分が結構あるようだ。いまの朝鮮人と昔の朝鮮人はちがったのだというダイアモンドの指摘で整合性のある説明はつけられないのかな。いずれにしても、気がついていなかった新しい章に気がつかせてくれた点については、改めて感謝したい。

 ついでに草思社は(そしてまったく期待はしていないが訳者の倉骨彰も)文庫にするにあたって、この新しい章についてまったく言及しないというのはあまりに手抜きではないかと思う。それが存在すること、そして収録しないことにしたのはなぜか、というあたり、きちんと説明すべきではないか。

 ……というわけで全訳完成。が、日本に関する章よりも、個人的にはこの 2003 年版エピローグの出来の悪さにかなり失望。

*1: 原文は以下の通り:

Before the end of WWII, when Emperor Hirohito finally told the Japanese people that he was not of divine descent, Japanese archaeologists and historians had to make their interpretation conform to this account.

レビューアーさんは、ここでwhen というのが、Before the end of WWII というのと Emperor Hirohito finally told~ というのとを等価でつなぐものだと読んでしまったので、人間宣言が終戦前だったと書いてあるものと誤解したんですね。実際は、when は the end of WWII と Emperor Hirhito finally told~ を等価で結んでいるだけで、before はその後の日本の考古学者や歴史家の話を指すもの。

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