『ニュースウィーク』:当事者意識のない無惨な特集。

ニュースウィークがピケティ特集。ぼくも寄稿している。各国の翻訳者に、それぞれの国でなぜピケティが流行ったかをきく、という企画だときいていたけど、実際には英訳者と朝鮮語訳者と日本語訳者しか原稿を書かなかった模様。これは残念。ま、原稿料二万円なら仕方ないか。

でも何より残念なのは、この特集にうかがえる当事者意識のなさ。「ピケティ狂騒曲:ブームの賞味期限」と題して、あの本が「格差是正に向けた議論を深めるか、それとも軽薄なブームで終わるか」と表紙にある。

しかしですねえ。それが軽薄なブームで終わるかどうかは、あんたらみたいな雑誌やメディアがそれをどう扱うか次第、でもあるでしょう。「格差是正の議論を深めるか」? あんたがその議論の場であり、それを深める存在なんじゃないの? 原油価格やスカートの丈ならこんなアプローチもありだろうけど、この話だとそうはいかないはずではないの?

この雑誌は、それを一顧だにしていない。第三者的に「なんかブームだねえ」といって賢しらに冷笑したいだけだ。これまでの他の雑誌記事では、実際の格差についても多少の説明があり、ピケティの議論がどこまで適用できるかについて具体的な解説もあった。この雑誌にはそれはまったくない。つまりこの雑誌のこの特集が述べているのは、自分たちは格差是正について(肯定的にせよ否定的にせよ)真面目に扱う気なんかない、ということだ。妖怪ウォッチやアキバ48のブームを見るのと同じで、ピケティ本の流行を軽薄なブームとしてしか捕らえてませんと自ら語っているに等しい。

それがこの「特集」を、これまで見た中でも最悪の代物にしているとぼくは思うのだ。

そして仲正昌樹が、これを軽薄なブームでしかないと冷笑するつまらない文章を書いている。みすず書房が本書を出したいきさつも(あちこちで語られているのに)見ていない。単なるブーム尻馬商法だと思ってるらしいね(ついでに最近のみすずの経済書充実ぶりも知らないんだね)。アメリカで売れたという評判があったからブームになることは予想できた? へえ。『トワイライト』でそれを期待したソニーにそれを言ってご覧よ。

「ブームに便乗する人たちは『r>g』を呪文のように唱えるだけで、その意味するところについて "白熱討論" するつもりはなさそうだ」と書いているけど、ぼくは多くの人が多少はその意味を理解しようと努力しているように思う。ぼくがあちこちで聞かれる内容も、少しずつ深まっているもの。あの本を買った十数万人すべてがそこまでの努力はするまい。でも、仲正のように、そうした議論がまったく起こらないかのような決めつけをするのは、ぼくにはまったくのナンセンスに思える。いや、すでに世界各地でいろんな議論が起きている。仲正がそれを知らないだけだ。かれがピケティの議論をきちんと読み取ることに何の関心もないことは、この本のまとめとして、リベラル派による分配重視VS成長重視の市場擁護、という代物を持ち出すことからもわかる。でもあれはそういう本ではない。そうでないまともな主張も多い。仲正がいちばん浅はかなところしか見てないだけの話だ。軽薄なとこしか見なければ、それは軽薄なブームだという結論になるのは当然だろう。でもそれは、よくてもサンプリングエラー、悪ければ悪質な歪曲だ。そしてあげくの果てに、ピケティ本はタイトルがマルクスちっくだから売れただけだと言う。

ちなみに仲正が、ピケティ本に対比するため持ち出してきた本というと、アーレントとかサンデルとかネグリだ。てちゅがくしょしか見てないで、経済の本なんか見たこともないのがモロバレ。しかもそれらが売れたけど影響を与えなかった、というんだけど、ぼくはネグリ以外はそれなりにインパクトがあったし、いまなお影響を与え続けていると思う(ネグリなんて「現代思想」とか読んでる連中しか知らんわ。そんなのが比較になると思ってること自体、参照のフレームがおかしいでしょう)。

そしてその「影響」って何だろうか? サンデルが影響を与えるというのは、別にみんなが突然コミュニタリアンになる、ということではないはず。その後の各種の議論の中に、少しでもそうした視点が入り、議論の方法が少し変わってくれば、それは十分な影響だろう。仲正は、ネグリが一過性のブームで何も影響を与えなかったとバカにするのに「左派が期待していたようなハルマゲドンは起こらなかった」だって。いやあ、ネグリごときではあっても、それで一蹴されてはあまりに可哀想だ。仲正みたいな学者の仕事は、そういう影響の経路をきちんと分析することでもあるだろうと思うんだけどね。こんな雑な作文しか書けないから、学者がバカにされるんだよ。ピケティを知らなくて興味もないのは別にいけないことじゃない。でもそれなら、こんな文章をそもそも引き受けるべきじゃないと思う。

「ピケティ、読んでないけど流行ってるのはどうせXXだからでしょー」というブログは腐るほどある。このニュースウィークの特集は、それと大差ないレベル。手に取らなくていいんじゃない? そして、こういうやり方自体が、おそらくいまのマスコミの地位を貶めてその存在意義を失わせているんだということには、もうちょっと自覚的であってほしいとは思うんだ。

ぼくは、ピケティ本の影響(というよりピケティの一連の研究の影響)はかなり大きなものとして続くと思ってる。それを見るにはどこを見ればいいかも、見当はつく。もちろんピケティ本がいつまでもアマゾンのトップで売れ続けるわけはない、という意味ではいつかブームは終わる。でも本の影響というのは見るところがちがうだろ。でも、本当にこのブームが軽薄な一過性のものに終わったら、ニュースウィークは自分がその一翼を担ったということは忘れるんじゃねーぞ。